アレクセイ・コノエの誕生日「おめでとう!」
グラスのぶつかる軽薄な音と、楽し気な笑い声。
「お前たち、彼女はどうした?」
答えのわかり切った問いをかけるコノエはからかいが強く楽しそうだった。
この小さなパーティーに同席する友人たちとて少し拗ねたように唇を尖らせたが、ただそれだけだ。
「彼女よりお前を優先してやってるんだろ、友達だからさ」
「よく言うよ、今年もチョコゼロだっただろ」
「そういうお前だって」
「残念、一個は貰ってるぞ!」
「家族はカウントしないんだからな?!」
ワイワイガヤガヤ、集まった名目など忘れて盛り上がる。もう何度も開催されている恒例行事だ。それに、ここにいるのは結局恋に無縁な男ばかり。
C.E.69年2月14日、この日はアレクセイ・コノエの36歳の誕生日だった。
三十も後半になって今更誕生日も何もないだろうと祝われる当の本人は笑うが、友人たちは揃って「この日に予定があることが大事」だと言って頑なに当日に祝おうとする。当然不可能な年もあるが。どんな内心や理由であれ、誕生日を祝われるのは嬉しいもので、よくも誕生日当日に自分が休みを取れたものだと笑う。
世界はコーディネーターに対するナチュラルの嫌悪とそれに伴う対立で諸手を上げて平穏平和とは言えなかったが、こんな小さな幸せは毎年続くものだと誰もが思っていた。
C.E.70年2月14日、ユニウスセブンが落とされた。
それは、コーディネーター全てにおいて、癒すことのできない大きな傷と戻ることのできない日々への隔絶となった。
C.E.71年、この年、コノエは友人たちと出会ってから初めて自身の誕生日会が開かれなかった。
もう四十が見えてきたのに開かれ続けていた誕生日会がおかしいだけだと何も思わずにいた。いや、忙しすぎて何も考える暇などなかった。そもそも、今日は慰霊の日である。コノエ自身が誕生日を迎えた事実に気づいたのは、書類の年齢欄の記入の時だった。
C.E.73年、コノエは新たに配属された者たちと親交を深めるための雑談に興じた。その中で誕生日の話題へとなる。自身にとっては言い慣れた「2月14日」を口にした瞬間、周囲の空気が変わった。悔しさに顔を歪める者、目を背ける者、曖昧な笑みを浮かべる者や泣き出す者と反応は様々だった。誰も、直前までしていた誕生日の話題など忘れ去っていた。
コノエの中で自身の誕生日が血のバレンタインへと明確に変わった瞬間だった。
それ以後、コノエが誕生日の話題をすることはなくなった。