Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    tobun

    @misomisoshiruko

    ささくう、いちくう小説など。
    好きなものを好きな時に

    ☆quiet follow Yell with Emoji 🆕 Ⓜ 💿 🎊
    POIPOI 13

    tobun

    ☆quiet follow

    いちくう19×19。ブクロドラパを聞いて想像したお話し。元ネタは公開済みで、そちらを大幅加筆修正しています。前編・中編・後編になりそうですが、最後まで書ききっていないため後編のアップは未定です。ちょくちょく修正するかも…すみません

    #4人のグータッチ
    #作品でグータッチ
    #いちくう
    ichikuu

    過去のいざこざと真っ赤なバンダナ【前編】 昔……俺がゴリゴリの取り立て屋だった頃、こんなどうしようもねぇ俺に心の底から謝ってくれた男がいた。
     ソイツは俺よりも小さくて無鉄砲で短気で口が悪くて品もなくて遅刻ばかりだしなんだったら人格も破綻してるような奴だけど、決して悪い奴じゃなくて。やってる事はめちゃくちゃなのに言ってる事は案外マトモで、荒れて閉ざしていた俺の心にスッと入り込んでくる不思議な男だった。
     そんな男との出会いはやっぱりめちゃくちゃで、絡まれたと思ったら仲間の奴らに骨を折られ、結局警察が来て散り散り。後日もう一度俺の前に現れたかと思えば腰を直角に曲げての最敬礼。いやいや待て待て、全くもって意味が分からねぇ。
    『すまねぇ……』
     そう言って決着をつけに来たと言ったかと思えば持っていたエモノで自ら骨を折る。おいおい、だから全くもって意味不明だっての。逆にこえーよ。なんて、内心思ったりもしたが。
     だけどやっぱり不思議なもんで、コイツの言い分聞いて「まぁ、そうか。だったらいっちょヤるか」みてぇな、そんな気になっちまって。その日のうちに土足で俺の心に踏み込んできた挙句勝手に「ダチ」認定してきたコイツ──空却──が俺に与えてくれたものはあまりにも強烈で、だがとびきり新鮮で、だからこそ離れて過ごした時間が長くても俺の中でずっと腐らず、潜在的に残っていたんだと思う。
     ……っとまぁそんなわけで、空却は破茶滅茶ではあったが、俺にとっての唯一無二の親友でもあった。


    ***


     そして月日は流れに流れ、フェスから二週間後の事。イケブクロは都市計画の件で揉めに揉めていた。イケブクロの街だけじゃねぇ。俺ら家族もそれに巻き込まれるようにして険悪な空気が漂っている。会長や現役世代、そして孫世代の奴らや二郎と三郎の意見がパッキリわれちまったからだ。どうして俺の気持ちが分かってくれねぇんだとか、何でついて来てくれねぇんだ、とか。今まではこんな事なかったじゃねぇか、って。
     急に反発しだした弟達に混乱もしたし腹も立ったし怖くもあった。あんなにも激しく俺の意見を否定する二人がまた離れていっちまうんじゃねぇかって……。
     だが、都市計画の方針はもう決まってて、それに従うしかねぇし、何より俺は会長の意見に賛成だった。
     冷静になって考えれば俺の意見こそ自己中心的で押し付けがましいものだと思えたが、あん時の俺にはそれが精一杯で、最適解だと疑いもしなかった。弟達は俺の全てで、絶対的に守らなきゃならねぇもので。もちろん弟達だって生きてる訳だから自我がある。弟達には弟達の人生がある。幸せになる権利だって、それを自分の手で掴み取る権利だってある。何より、前回のバトルを終えて、弟達にはその実力がついてきてるってのを実感した筈なのに……。
    「…………はぁ」
     親父がいなくなってから何年もずっと、アイツらを食わせるためだと我武者羅に突っ走ってきた。それは長男の俺にとってあまりにも当然の事で、この先も「家族を養う」というのは俺の中で消せやしねぇものだ。もう本能レベルで身体に染みついちまってるから。
     それに、全てを失ったってまた作り上げられるっていう根拠も自信もある。俺が空却と出逢い、様々なチームを経てアイツらとチームを組んで今日までこれたように。大変ではあるが、地べたさえ見てなきゃ決して不可能じゃねぇ。
     そう。不可能じゃねぇが、後に続く人間達の為に道を耕しながら突き進むのはマジで大変で。平和な日々からの転落。掛け替えのない家族、兄弟、ダチからの度重なる裏切りや別れ。そんなクソみてぇな世界と弱ったメンタルで突き進む覚悟があんのなら出来なくねぇ。
     けど、だ。俺はアイツらにもブクロの皆にも出来ればそんな苦労はして欲しくねぇ。じゃあ与えられるがままに綺麗に耕された道を歩けば良いかって? なぁ、それも違ぇだろ……。駄目だ、いくら考えても矛盾する。
    「……もう一度資料読み直すか」
     もしかしたらドン底からの成功体験ってやつは厄介なのかもしれねぇ。それに縛られすぎていつの間にかアイツらの気持ちはもちろん、俺自身ですらも置いてきぼりになっちまってたんだろうか。
     そもそも、アイツらと暮らしてぇっていう俺の「我が儘」は文字通り独りよがりの「我が儘」だったのか? なんて、そんな事は考えたくもねぇ。
     けど、思い返せばそれこそ「俺が正しい」んだと信じてやまなかった理想だ。俺はあの時からなんも成長しちゃあいねぇ。それどころか悪化してる気さえする。
    「わかんねぇ……」
     考え過ぎて鈍る頭と心を気力で奮い立たせ、二郎と三郎が各々纏めてくれた資料と、さっきまで俺が纏めた資料に交互に視線を落とす。それぞれの言い分と解決策。一つ一つを見れば「なるほど、そりゃそうだ」って理解出来るのに、異なった意見を皆が納得出来るものに纏めあげるのは今の俺には出来そうにねぇ。加えてアイツらの協力も必要で、となると今のギクシャクとした関係を修復しなきゃならねぇ。
    「つってもどうしたら……」
     どうしたら分かってくれんだよ。
     アイツらに久々にあんなにボロクソ言われて正直物凄く堪えてる。あん時みたくまた関係が拗れたら。でも俺ならまた一から作り直せるし。俺が頑張れば言わなくたってアイツらなら分かってくれる……。
     いや、本当にそうなのか?
     当時のトラウマや成功が映像となってグルグルと頭の中を駆け巡る。こんな現実から目を背けてぇ。けど今向き合わなきゃ絶対この先後悔する。そうしてふと、とあるシーンでピタリと静止した。

    『すまなかった……』

     最敬礼のまま俺に向かって謝罪をした親友の姿。見た目の派手さからは考えらんねぇくらい真っ直ぐな瞳で。クソだ鬼だ死んじまえって罵られる事は多々あったが謝罪なんて久しくなかったからあん時はマジで驚いちまったけど……。心の底からのお前の謝罪があったからこそ今の俺が在るのもまた事実。
    「そうか。そうだよな、空却……」
     言葉は刃だ。けど、言葉がねぇと伝わるモンも伝わらねぇ。まずは謝ろう。謝って、それからどうしたら良いか話し合って決めたら良い。上手くいくかどうか分からねぇけど、このままゴリ押しするよりかは絶対に良い未来が待ってる。だって俺らは兄弟で、血は等しく赤い。
    「ふー……よしっ!」
     煮詰まってた脳味噌が少しだけクリアになった。まだ全然方向性なんて決まってねぇし、アイツらが俺の話を聞いてくれるかなんて分からねぇけど。言葉は争うだけのもんじゃねぇ。俺らは形だけの家族なんかじゃねぇ。
     それが分かったなら俺はきっともう大丈夫だ。現時点で縛られるのも過去に胡座をかくのもヤメて、俺は────

     俺は二郎や三郎の兄でもなく、ブクロの代表でもなく、「俺として」先に進むべきなのだと。


    ***


    「って事があってよー』
    『へぇ。そりゃ良かったじゃねぇか』
     スマホから空却の笑い声が聞こえる。ながら作業でもしてんのか机か床にでも置いてんだろう。声が少し遠くて「ちゃんと持って話せ」と言えば直ぐに「嫌だ」と返ってきた。ったく、そういうとこは相変わらずだ。
     本気の兄弟喧嘩から早二週間。ブクロ同様ナゴヤの復興も落ち着いたのもあって久々に電話を掛けてみたのが三十分前の事。スリーコール目までは緊張し、それ以降はイライラしながら待った。お前はいつも待つのは嫌いつってるけどよ、俺だって別に好きじゃねぇっての。俺からの電話だぞ、さっさと出ろよ、なんて勝手な事を思うのはコイツ相手だからだってのは自覚している。自覚したところで別に悪ぃとは思ってねぇけど。
    『よぉ、いちろ〜』
     結局空却が出たのは切ろうとした直前で。それにホッとしたのか「まぁ出ただけマシか」と気持ちが切り替わる。我ながら単純だ。
    「お前、人格破綻してんだから電話くらいさっさと出ろよな」
    『ぁあ〜? 拙僧がいつ出たって出なくたって拙僧の自由だろうが』
    「こっちの時間だって有限だから有効活用してぇつってんだ」
    『んだよ、文句言う為に掛けてきてんならこのまま切っちまうぞ』
    「……はぁ。ったく、わ……って謝らねぇぞ!」
    『ヒャッハハ! で? 随分と久しいがどうしたってんだよ、一郎さんよぉ』
     心なしか嬉しそうな空却の声に心が弾む。なんだかこういうやり取りも懐かしいな、なんて。スマホ越しなのがもどかしいくらいだ。
    「それがよぉ。ブクロの都市開発でちょっとやらかしちまって。あ、その前に……いや、これを先に言うべきか?」
    『……そう言う事か。まっ、ダチの話しを聞くのも立派な修行ってなぁ! 拙僧が特別に聞いてやっから、焦らず一つ一つ吐き出してけ』
     それからはイケブクロの街の事とか、兄弟の事とかをダラダラ話した。サビでもある兄弟喧嘩の事を話したら何が楽しいのかゲラゲラ笑い出してやっぱりコイツは色々破綻してんな、なんて思いもしたが。
    「俺さ、正直言うと二郎と三郎がガチで喧嘩してんの見てちょっと羨ましかったんだよな」
    『ほーん』
    「あんだけやり合ってんのに数秒後には普通に話して笑ってんの。意味分かんねーって」
    『兄弟なんてそんなモンなんじゃねぇの? まっ、拙僧は一人っ子だでよう分からんけど』
    「ははっ、まぁそうだよな。ん? いや、お前親父さんとよくやり合ってんじゃねぇか」
    『ぁあ〜? あ〜、まぁ腹は立つが家族だもんで腹立てっ放しっつー訳にはいかねぇからな』
    「それそれ、そーいうやつ。だから今回のやつとかさ。ああやって俺も弟達と言い合えるんだって分かったら安心しちまったわ」
     言い合っても良いんだ。本心ぶちまけてもクソみてぇな事言っても俺らは離れ離れにならねぇんだって分かったから。きっとこれも一種の成功体験で、トラウマの克服でもあって。何より──
    「ガキん頃はよく二郎と喧嘩してたの思い出して、あーそうそうコレコレって。腹立ってんのにどっかで懐かしんでる俺もいて」
    『へぇ』
     空却のおざなりな返事に思わず笑った。お前さぁ、分かんねぇからって適当すぎんだろ。そう指摘すれば「結局テメェは何がしてぇんだ」って真面目なトーンで核心ついた言葉を返されちまった。
    「え?」
    『だぁから、テメェは何がしてぇんだっての。拙僧にわざわざ世間話だけしに電話寄越した訳じゃねぇんだろ?』
    「いや、それはまぁ……そうなんだけどよ」
     俺が何をしたいか。そんなの数えきれねぇ程ある。今まで弟の為と切り捨ててきたもん全て、とは言わねぇけどやれるだけやってみたい。だが、そんなのは無理だから今は一つだけ。
    「……二郎も三郎もさ、一人でも案外平気そうでよぉ。暫く俺が萬屋あけててもイケっかなって思って」
    『で?』
    「俺も旅に出る事にした」
    『…………ヒャッハ! いーじゃねぇか! 拙僧もブクロに行ったしなあ』
     さっきとは打って変わり空却の楽しげな声が鼓膜に響く。それはもしかしたら、ブクロの地に根を張った俺が旅なんつー突拍子もねぇ事を言ったからかもしれねぇけど。だが俺は本気だ。この地で色んな物を見て、触れ、感じたい。アイツらが自分の足と目で感じてきた世界を俺だって知りてぇよ。兄貴が知らねぇままってのも情けねぇからな。それに生憎自分が見たモンじゃなきゃ信じられねぇ質だからよ。
    「だから……」
     長い階段を一段一段踏み締め、最後の一段に右足を置いた。普段から体を動かしてはいるが階段となれば訳が違う。額から腹へ、首から腰へ垂れる汗にうんざりしながら暫く歩き回る。一度しか来た事はないが、その記憶を頼りにしてとある場所を見つめた。
    「………………」
    『………………』
     いた。赤い髪をした不良僧侶が俺に背を向けながらだらしなく座っている。親父さんが見たら「くぉ〜ら空却! サボるんでない!」なんて激怒するかもしれねぇ。その原因が俺ってのはちょっと気まじぃけど。
    「まぁ、なんだ」
     若干口篭りながら改めて自分の心と対峙する。バトル前のような高揚感と少しの不安。今、俺の目の前にいるのがお前じゃなかったら抱かなかっただろうこの感情。
    『………………』
     ……なぁ。なぁ、空却。
     お前は知らねぇかもしんねぇけど、お前が俺に残してったモンはマジのマジでデカくてさ。俺を否定せず命を預けてくれたお前といたからこそ俺は自分を信じて自由にやりたい事が出来た。一番辛い時期にお前から沢山与えられて、包み込まれて、ついてきてくれて、そんなんだから自分の傲慢さに気が付くのが遅くなっちまったのはアレだけど。……ああ、いや違ぇ。これじゃあお前を責めてるみてぇだよな。そうじゃなくて、つまるところ、俺がまだまだ未熟だったって事だ。お前あん時言ってたもんな?
    『未熟な自己は未熟なダチと高め合うべし』って。巻き込んじまって悪ぃけどよ、だから、その……、さ。
    「迎えに来た」
    『はぁッ!?』
     猫みてぇに丸まっていた空却の背中が一瞬ピンと強張り、そして恐る恐る俺がいる方へと振り向いた。
    『………………』
     空却の大きな目がこれでもかってくらい開いて、やがて俺の好きだったあの笑顔に変わる。辛くても人生は捨てたモンじゃねぇって思えたこの笑顔。俺の太陽。……なんて言ったら気持ち悪ぃって頭叩かれるかもしれねぇけどよ。でもそんくらい俺の中でデカい存在なんだわ、お前って人間が。
    『ハッ、お前本当……』
     耳元離しかけたスマホから震えたような声色で空却が言う。それから暫くゲラゲラ笑って、落ち着いたかと思えば両腕をガバっと開いた。
    「ほ〜んと、待てが出来ねぇなぁ! 一郎さんはよぉ!」
    「ッ、うるせぇー!」
     気まずさすら忘れて駆け出した俺を見るや否や、空却がこれでもかってくらい大きく笑った。


    ***


     煎れて貰った緑茶の氷がカランと涼しげな音を立てた。馴染みはねぇが、本能レベルで懐かしさを感じるい草の匂い。時折吹き込む風からは草木の青々しい香りが漂い、ブクロと違って自然の音色しか聞こえてこねぇ。だだっ広い寺の一室に俺だけポツンと残され、あまりにも静かだから時の経過を忘れちまうほどで。
     あー……、空却が出てってからどんだけ経ったんだか分かんねぇ。十分……いや、二十分は経ってるか? 出された緑茶の氷が徐々に小さくなり、グラスに水滴を纏い、それだけが時間の経過を表していた。
     湿気を含むのにどことなく涼しい風がまた一つ静かに部屋へと入り込む。
     なんつーか……この雰囲気すげぇラノベっぽくね?
     異世界転生物か? 恋愛物か? コメディ……ではなさそうだよな。いずれにせよ今までの俺からしてみりゃ、この状況は非現実的な現実でラノベみはあるんだが。にしても静かだ。寺ってのはこんなに静かなもんなのか? 煩ぇ空却からは全然イメージが出来ねぇな……。いやでもアイツも静かな時は死んでんのか? ってくらい静かだったもんな。あまりにも静かだから左馬刻の野郎が「違法マイクでも喰らったのか?」って割とガチで心配したなんて事もあったくはいだし。
     なんて馬鹿な事を思い出した瞬間、突然現実に引き戻されて喉が乾く。目の前にある美味そうな緑茶に惹かれるのはそりゃ当たり前だ。
    「あ~……うめぇ~」
     放置されたが故にキンキンに冷えた緑茶を一気に流し込む。緑茶ってのも結構美味いもんだな。前にもここに来て飲ませて貰った事はあったけどよ、そん時は熱いやつで。それはそれで美味かったけど普段から冷たいモンばっか飲む俺はこっちのが好みだ。
    「美味いだろ、そのお茶」
    「うぉっ!?」
    「驚きすぎだっつーの」
    「いや、急に現れっからよ……」
     驚いた事よりも思わず美味いって声が漏れちまった事への恥ずかしさが勝る。そうだ、コイツは昔っから神出鬼没なとこがあるんだった。見た目も言動も煩い癖に気配消すのも上手いから困る。前世はアレか? 忍者か? ……忍者かぁ~。まぁそれも悪くねぇか。
    「おい。またくだらねぇ事考えてんだろ」
    「考えてねぇ」
    「ハッ。まぁ良いけどよ。っし、それ飲んだら飯行くぞ。親父が食ってから行けって」
    「え? 良いのか?」
    「おう。拙僧はいらねぇつったんだけどよ。どうせ野菜食わねえんだろつって煩ぇからよぉ」
    「ははは……親ってのはどこも一緒だな……」
     俺が言わなきゃ積極的に野菜を摂ろうとしねぇ三郎の顔がデカデカ過る。
    「とっとと食って唐揚げでも買って行こうぜ」
    「お前なぁ。胃袋に隙間さえありゃ唐揚げ唐揚げって……」
    「ぁあ? パワー不足で拙僧が行き倒れちまっても良いってのかァ?」
    「お前が行き倒れるタマかよ」
    「ヒャッハ、まぁな!」
     一ミリも褒めてねぇよ。そう言えば「堅苦しい事言うな」って背中を叩かれた。全然伝わってねぇ気がすっけど、なんかもう良いかすら思う。こういうやり取りも相変わらず俺と空却のペースで心地が好い。つまり、重症だ。
    「で? どうすんだ?」
    「どうするって?」
    「だぁから! どこに行くんだっての」
    「あー……それがよぉ……決めてなくて」
    「決めてねぇだぁ!?」
    「あ、ハハ、いや……悪い、取り敢えず必要なモンだけ詰めて来ちまったから」
     やっぱまずかったか? もっとちゃんと下調べして行きてぇ場所とか、泊まる場所とか、そういうの抑えて。そうだ、乗る電車の時刻とか……あ、待て待て。地方だと電車よりもバスだよな? よくそういう番組もやってるの見るぜ。つってもなぁ、あんまそこまで決めてっと結局「やっぱ今行かなくても良いか」になっちまいそうだったし。
    「おい、何ブツブツ言ってんだよ」
    「あ、いや悪い。やっぱちゃんと決めときゃ良かったなって。そっちの方が親父さんも安心だろうし、今からでも決めて出ようぜ」
     そう言ってバックパックの中から地図を取り出す俺の手を空却が止めた。
    「馬鹿。拙僧は目的地が決まってねぇ事に驚いたんじゃねぇ」
    「は?」
     いや、だったら何でだよ。そう聞いたら本日何度目かの馬鹿笑いをかまされた。俺別に何も変な事言ってねぇっての。って感情が伝わったのか、腹を抱えてヒィヒィ言い出したからもう駄目だ。俺、お前の笑いのツボが偶に分かんねぇよ。
    「おいおい無意識かよ。さっすが、『待て』が出来ねぇで有名な一郎さんだなァ!」
    「変な言い方すんじゃねぇよ」
    「まぁ聞けって。良いかぁ、一郎? 昔っから『こうだ』って決めた事は突き進んでたテメェが、今回はアテもなくフラっと来ちまったんだろ?」
    「そうだけど……悪いかよ」
     空却と旅出来たら楽しいだろうなって思ったから取り敢えずココに来ちまっただけで。まぁもし居なかったり駄目だったりしたらそん時は一人で巡って、またココに立ち寄れば良いかって。それだけはしっかり決めてたんだけど。こっぱずかしさが勝って言えなかった。
    「だぁから悪かねぇっての。頑固故に視野の狭かったテメェがこうして肩ひじ張らず自由にやろうとしてるってのに驚いたってだけだ!」
     良い事じゃねぇか、成長成長! そう言って俺の背中を無遠慮にビシバシ叩く。痛ぇっての。
    「……成長、か」
    「おうよ」
     すっかり俺の隣に座り込んだ空却が笑う。いつもの、太陽みてぇな笑い方で。
    「まぁ、そうだな。お前が言うなら素直に良しとすっか」
     そう言って俺も釣られて笑った。不思議だな。空却が笑うと一瞬にして心の隙間がまた満たされていくんだから。あん時から俺はお前に貰いっぱなしで、だからこそ俺はお前に何か出来てやれてんだろうか? って……柄にもなく不安になっちまうんだよ……。


    /*/



     昼食は実に静かなものだった。
     コイツの事だからギャーギャー煩ぇんだろうなって思ってたけど拍子抜けだ。事実俺らと飯食う時は喋ってる事が多いし。だけどどうやら家と外じゃ違うらしい。背筋を伸ばし、一口一口大切に食べ物を口に運んでいく。それはそれは綺麗な姿で、そんな空却に見惚れてる自分にハッとする。コイツは生まれながらに愛情と教養と躾を受け、大切に育てられたんだと。
     なんつーか生い立ちの差を見せつけられちまったみてぇで、俺は本当にコイツの隣にいても良いのか? ……なんて。いや、そんなん今更だし、ンな事言ったら「拙僧がいたいからいるだけだ」って言われちまうんだろうけど。
     でも俺だって、お前が僧侶として過ごしてる時も隣に立ってて恥ずかしくねぇような男になりてぇだろうが。……あ、いや……コレじゃあなんか重てぇか? そもそもこんな事考える事自体何か違ぇのかもしんねぇけど……。
    「一郎君、うちの馬鹿息子を頼んだよ」
    「ハァ!? なぁに言ってやがんだクソ親父! 頼まれるのは拙僧じゃなくてコイツだっての!」
    「何を言うとる、こんのたわけが!」
    「アダッ! テメッ、何も殴るこたぁねぇだろうが!」
    「いや……あの……はは、俺が勝手に来ちまったんで……すんません、世話んなります」
     「さぁ行くぞ」って時に始まった親子喧嘩に意識を引き戻される。食事の時とは打って変わって喧しくて、そのギャップに脳がバグっちまうぜ。空却も空却でいちいち突っかかるなっての。親父さんなりの社交辞令じゃねぇかよ。二郎と三郎もまぁまぁヤベェが、こっちはこっちで遠慮がない分相当ヤベェな。とは言え流石に親子の口喧嘩に俺が「うるせぇ!」って拳骨する訳にもいかねぇし。萬屋で培ってきた愛想笑いを浮かべて空却を制す。
    「空却もいつまでも騒いでねぇで、ちゃんと親父さんに行ってきますしろよ。折角わざわざ下まで見送りに来てくれてんだろうが。そういうのはちゃんと受け止めた方がお前の為でもあんだぞ」
     俺がそう言うと空却はムッっとしながらも直ぐに「行ってくっからよ。見送り……あんがとよ」と小さく、だけどしっかりと目を見て言った。そうそう。コイツは伝えればちゃんと言う事聞くんだわ。なら最初からそう言えよ……とは思うが、二郎や三郎と同じで喧嘩がコミニケーションになっちまってんだろうな。今だから分かるけどよ、喧嘩ってのはある種の信頼だもんな。
    「なっ!?……コホン。うむ。こちらの事は気にせず、気を付けて行ってきなさい」
     親父さんの咳払いにハッとして、俺は慌ててお礼を告げる。
    「有難うございます。じゃあ二週間ほど、世話んなります」
    「んじゃー、とっとと行こうぜ! 拙僧と一郎の『はねむーん』」
    「だっ、おい馬鹿! 変な言い方すんじゃねぇって言ってんだろ!」
    「ヒャハハ! 似たようなモンだろーが!」
    「全然似てねぇよッ!」
     言い逃げのような形で走り出した空却の後を急いで追った。つっても、そう大した距離じゃねぇから余裕で捕まえられたんだけど。それなのに心臓がバクバク騒がしい。これからの期待か、それともさっきアイツが変な事を言った所為か。親父さん、ちょっと驚いてたっつーか呆れてたもんな……。ううわ、恥ず……。マジでアイツのデリカシーってどうなってんだよ。
    「ったく。お前あんま親父さんの前で変な事言うなっての。恥ずかしいだろうが」
    「あ~? 恥ずかしいってのは『他人に顔向けできねぇって思う』ってこった。それとも何かぁ? 拙僧との旅は恥じるに値するもんだって言いてえのか?」
    「そっ、んなんじゃねぇけどよ……だからってハネムーンはねぇだろ」
    「はねむーんだろうが新婚旅行だろうが弾丸旅行だろうが旅は旅ってな! 行く事に意義があるんだ。名前なんざどーだって良いんだよ」
    「はぁッ!? ったく、言ってる事滅茶苦茶だな……」
     まぁでも確かにコイツの言う通り旅は旅か。いやでも待てよ?
    「おい。あんまそうやって言いふらすんじゃねぇぞ。本気にしちまう奴らだっているかもしんねぇだろ」
     今の世の中色々と面倒臭ぇしな。ただでさえ3rd.バトル控えてるってのに、俺らの所為で変な情報操作なんか起きちまったらチームメンバーにも迷惑かけちまう事になる。俺も空却もリーダーなんだから、それだけは絶対ぇ避けなきゃならねぇし。
    「……なんだよ」
    「ん?」
     空却のじっとりした視線が刺さる。怒ってる訳でも、呆れてる訳でもなく、なんつーか俺の良心を責めるみてぇな。……正直俺はこの手の表情に弱ぇ。
    「ンなに嫌なのかよ」
    「ハァッ!?」
     いやいや、何でそうなんだよ。俺がやめろつってんのは事実と異なる事を言うなってだけで。変な風に言うなって、だけ……で。
    「別にお前が嫌とか、そういうんじゃねぇよ」
     そう。別に空却が嫌だとかそういうんじゃねぇ。第一、嫌だったら真っ先にお前の所なんて来ねぇだろうが。しかも二週間も二人きりで過ごすってのに、嫌な奴となんて出来っかよ。だったら一人で好き勝手やるか、そもそも旅なんざ出てねぇし。
     つーかその顔やめろよ。何でお前がそんな悲しそうな顔してんだっての、らしくねぇだろ馬鹿。何も俺はお前にそんな顔させたい訳じゃねぇのに。
     え、もしかして俺、今めちゃくちゃ面倒臭ぇ事言ってんのか? いやだって、幸先悪くなんのも癪で、空却が笑ってねぇのも癪で、いや別にずっと笑えっつってる訳じゃねぇけど、俺の所為でそんな顔させちまってるってのが嫌で。
    「空却とだから行きてぇって思ったし、空却とだったらどこ行っても楽しいって思えたからよ……嫌なんかじゃねぇ。だから変に勘違いすんな」
     勘違いなんてされたら、それこそ嫌だ。今も昔も、お前は俺にとって冗談抜きで大事な奴なんだよ。
    「ハッ、ンだよ」
     ちょっと拗ねたみてぇに目を細めてじっとり寄越していた視線からは陰鬱さがなくなった。かと思いきやパッと表情を変えて大きく笑って見せる。すげぇ不本意だけど……コイツのそういう変わり身の早さに目を奪われんのも毎度のことで。
    「拙僧の事大好きじゃねぇか、一郎さんはよぉ!」
    「だっ!? ……いやまぁ、嫌いじゃねぇけど」
    「ヒャッハハ。プロポーズの返事ありがとよ!」
    「プロポーズぅ!? いやまだそれ続いてたのかよっ!」
     あまりにも突拍子のねぇ事を言われて、道端にも関わらず思わず大声が出た。おいおい、誰にも聞かれてねぇだろうな? キョロキョロ辺りを見渡すも、特に歩いている奴らはいない。なんとかセーフだ。
    「プロポーズってお前なぁ……」
     付き合ってもねぇのに。
     いや付き合うってなんだよ。ねぇだろそんなの。ねぇわ。ねぇけど……絶対とも言い切れねぇ。だってお前の隣はこの世の誰よりも心地好い。弟達とは別に、楽しさも辛さも共有してぇし、ダサいとこだって見せられる。
     あと、本当はちょっとブクロとナゴヤって距離は気にしてる。あん時みてぇにもっと簡単に会えたらって。そうやって考えるとちょっとばかし胸が痛むけどよ、立場も環境も違えどまたこうして肩を並べてんだったら御の字か。
     いやいやだからってハネムーンだとかプロポーズだとか。ンだよそれ。ダチに擽ってぇ言葉ばっか言いやがって。お前、俺が知らねえ間に、その……待て待てンなわけ、いやでも二郎との曲も妙に大人びてたっつーか。
    「………………」
     胸が痛む。心臓もうるせぇ。こんな感情なんて知らねぇ、知らねぇよ。
     締め付けられるような、ザワつくような。苦しいような、だけど嫌な感じじゃねぇ。初めての感覚だ。おい、もしかしてこれも空却曰く成長ってやつなのか?
    「……なぁ」
     そう尋ねようとしたものの何となく気まずくなって止めた。俺の少し前を歩く空却の赤髪がふんわりと揺れ、田舎の街並みによく映えると思った。ブクロの時にはそんな風に思った事なかったのに。それでも何度も何度も目を奪われて、今もまた視線を外せないでいる。
     短くてとんがった赤髪は意外にも柔らかくて。また前みてぇにぐしゃぐしゃに撫でても良いか? いや……まずいよな。今の俺は何だか変だし、こんなにお前に触れてぇって思った事なんてねぇから。
     慣れないことして浮かれてんのもあるんだろうが……あんま気ぃ緩めねぇようにしねぇとヤバそうだな。
     両頬を叩いて気を引き締め直す。俺だってアイツ等に恥じねえよう、いつだって誇れる兄貴でいられるよう、世界を広げねぇといけねぇんだわ。渇を入れ、もう一度空却の背に視線を向ける。よし、大丈夫だ。いつも通り、平常心。
    「うっし、それじゃあまずは……」
    「うおあッ!?」
    「ああ? なぁにビビってんだよ」
    「いや悪ぃ……」
     ふざけんな、全然平常心じゃねぇじゃねぇか。どうしちまったんだよ。バトルん時のがまだ平常心でいられてんだろ。
    「おい、いちろー?」
    「あ、いや、空が広くてよ……ハハ、ブクロとは全然違ぇ景色だからちょっと見惚れてたっつーか」
    「はぁ? 田舎の景色なんざ珍しくもなんともねぇが、まぁクソみてぇなビルよかマシだわな」
    「クソみてぇなビルって……」
    「いよぉ~し! アッチで車捕まえようぜ!」
    「車っ!? お前まさかヒッチハイクするつもりじゃッ」
    「そのまさかだ! 旅って言やぁヒッチハイクってなぁ!」
    「マジかよ」
     俺以上に楽しそうに燥ぐ空却を見て溜息を一つ。あー、何だか考えるのが馬鹿馬鹿しくなっちまったわ。ハネムーンだろうがプロポーズだろうが、ヒッチハイクだろうが行脚だろうが、コイツと一緒ならそれで良い。俺が空却と一瞬にいてぇから。俺とお前の時間を少しでも共有してぇ。またあの頃みてぇに馬鹿やって、無茶やって、ああやっぱ俺らって最高だな……って。
     そう噛み締めながら空却に視線を移す。
     ……って、いねぇし。
    「だぁぁあ、おい、待てって、空却!」
    「おっせ~ぞ、いちろぉ! さっさと来いよ!」
     相変わらずすばしっこい空却の背を追いかけしみじみ思う。やっぱ行脚はなしで、と。



    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏☺💯💒💒☺☺☺☺👏👏👏💞💞❤💜💞😍👏👏💞💞☺❤❤💕😭💘❤💜💷💷😊😊😊😊💯😭💒☺👏👏👏😍🙏😭👏👏💞💘❤💜💕💖💖💖👍👍
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works