チ1ドロライお題【フライ】馬車に揺られながら先程のやりとりを思い出す。シュミット隊長は不思議な人だ。我々が命懸けで救った人質に誘いを断られても特段、異を唱えずに彼らの言葉を尊重した。これまで何度も見てきたが未だに理解が及ばない。
「まぁ、そんな事よりも爆薬があそこまで強大とはな」
爆薬を調べるにあたり、参考本に記載されている通りに調合して試験的に屋外で爆発させてはいたが室内となると結果も変わってくる事が分かった。
「火薬の調合を間違えたら巻き添えになりかねない。次からは屋外と室内の効果の差を考えないと」
空気中の酸素も影響してくるが、専門知識に長けている訳ではないから何とも言えない。まだまだ調べる事が多そうだ。
「月明かりの景色。今日は満月だったか…」
ボソッと呟いても誰も反応は無かった。窓から視線を空に向けると満月が輝いている。それにしても月は綺麗だ。松明がなくてもその輝きだけで外を歩けてしまうけれど、怪我を防ぐ為には必要不可欠と言えよう。
「それで本の内容はっと…」
目線を本に戻す。巻末を見ても誰が書いたかを記していない。何故だろう?内容は地球が動いているというもので組織長が探していたものに間違いなさそうだ。
本は凄い代物だ。知らない知識を教えてくれる。それが血肉となり実生活で役に立つのだ。
「例えばこの本も誰かに受け継がれる代物なのか?」
文章の成り立ちに拙さを感じるが不思議な描写で惹き込まれてしまう。地球の運動とは何なのかを説くというよりもこの著者が何に感動したか、もし利益が生じた場合はポトツキという人物に渡すとの記述もあった。一体、何年前の伝言なのか。目的地に到着するまでに何処まで読めるだろう?それにしてもオクジーやバデー二という人物の名前は一向に登場してこない。
もしかしたら最後まで記されていないのではないだろうか。
例えば、この満月の夜は何と書くのか気になる。著者はどう表現するのか。もし、私の横にいたのなら話してみたい。何故、この様な内容を書いたのか。何故、この様な本を作ったのか。何故、危険と思われる行為に至ったのか。情報の解放と繋がるのが分かっていたかの様に私達の前に現れたこの本は何を伝えたいのか。思考がグルグルと回る。同じ事しか浮かばなくなってくるのは睡魔が最高潮という証かもしれない。
何かどうでも良くなってきた。眠い。
「…疲れた…」
蝋燭の明かりのない空間、月明かりだけでは文字を読む目の焦点が霞んでくる。それに加えて、連日の慌ただしさで満足に寝ていなかった事も重なり馬車の揺れで眠気が誘ってくる。本の内容をもう少し把握しておきたいが自然と瞼が落ちてきてしまう。先程の任務の緊張感も解れてしまったし夜中というのもある。体内時計は正直で睡眠時間になると本能がそれに従ってくる。
「眠い」
目的地の村に到着するまで仮眠するか?…しよう。シュミット隊長とレヴァンドロフスキも声を掛けてこないから少しの間だけ。
「……ふぅ」
本を横に置いて目を閉じた。馬の蹄が土をかける音が心地好い。任務を忘れて睡眠に身を投じるのは有意義だ。まだ暗い世界で貴重な安息を、朝日が昇るまで満喫するとしよう。目的地に到着したら嫌でも任務に携わなければねらないから。
「誰も起こすなよ」とか細い声で呟いた。
2025/01/27