ラファアル/雨あの空白の数ヶ月の出来事
(アニメだと"数ヶ月後"の表記無し)
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彷徨いの果てに辿り着いた楽園は何と呼ぶ?雷雨の中で逃げ込んだ朽ちた屋敷、それはかつてヴァンパイアと呼ばれた一族の暮らした家だった。追憶の欠片に触れた者は全員、人間でありながら血い飢えた永遠の生物となってしまう。そして今宵、新たな犠牲者が生まれようとしていた。
夜空を観測していると突然の雷雨に見舞われ、雨宿り先で一時を凌ぐ事になった。ラファウは上着を脱ぎアルベルトが少しでも雨風から防げる様に頭と上半身に被せて、それを手で支えながら「せーの」と掛け声を合図に走り出した。速度をアルベルトの歩幅に合わせ目的地へと急ぐ。
「凄い雨だったね」
「そうですね。僕は雷が苦手なので雨宿り出来る場所がなかったら気が触れそうになってました」
「へぇ?どんな風に触れるのか気になるなぁ」
ズイと顔の覗かれて言葉のアヤだと訂正しようとしたが、この人に隠し事は皆無なのでやめた。
「大袈裟に言いすぎました。ただ単に怖くて耳を塞ぎたくなるってだけです」
耳を塞ぐ、この言葉でも何か仕掛けてきそうな予感はした。この場は僕ら二人だけ。宿場の様に大声を出したら隣室に聞こえる距離でもない限り何を叫んでも誰も知られない空間。小高い丘に佇む一軒の屋敷の周囲は木々に囲まれて都市中心部から隔離されている。まさか観測の為に人里離れた場所を訪れたばかりにこんな事になるとは。今夜の天気が事前に知れた世界ならこの事態は避けられていたかもしれないのに。そんな神の所業のようなものはあり得ないからこの空は面白いのも事実。
「あ」
先生はしゃがみ込んで僕の両手を掴むと両耳を塞がれた。
「こう?」
コクリと頷くと嬉しそうな表情で笑っている。
「え?」
次にこの両手は先生の両耳にも触れて聴覚を隠した。まさか先生も怖いの?もしおんなじだったなら。ちょっぴり嬉しい、かも。
「僕は雷なんて自然が作り出した現象に怖がったりはしないけれど、アルベルト君が怖いと言うのならその感情を共有したいと思ってね」
「あ、ありがとうございます」
「雷が神の怒りでも嘆きでもない。大気の中に含まれる物質と、ってまぁ難しい話はお勉強の時間だけにしておこう。柔らかい手が冷たい。いつまでも玄関にいては、身体が更に冷えてしまうね。暖炉のある部屋を探そう。薪があると良いんだけど」
先生は立ち上がり後ろ手に掴まれた柔らかな両手は拘束されているようでまだ離してくれないまま歩き出した。
「迷子にならないようにお兄さんが手を繋いでてあげる」
「…はい」
見上げても振り向かない表情が気になる。頼もしい背中に抱きつきたい気持ちを抑え込んで雷が鳴らないように祈りながら歩を進める。
「怖くなったらいつでも言って。両耳を塞いであげるから」
「ありがとうございます」
優しい先生は見知らぬ場所でも僕を導いてくれる。でも怖い夜を実家以外で過ごすのは初めてだから正直逃げだしたい程に怯えている。それだけは悟られたくない。駄々をこねたなら、あの雷雨の中を二人で欠け落りる事になるから。馬車があったなら。あ、でも先生は馬車を操れるのだろうか?いつも知識の事は教えてくれるけど何が出来て何が出来ないというのは知らない。博識な先生の実年齢もフルネームも、好き嫌いも分からない。知りたいと思うけど知らなくても良いとも思う。どっちつかずで、まぁ知れたらラッキーな位なのかもしれない。
「父さんが心配。こんな大嵐で家で一人なんて」
「そうだね、今すぐに天候が良くなったのなら急いで帰れるのにね。残念だよ」
「早くやまないかな?」
一つ二つの部屋を確認して場所を把握しながら遂に暖炉のある部屋を見つけた。
「ここだ」
「良かった。薪があるから部屋を明るく出来るし温められる。濡れた服を乾かそう」
室内の壁にある燭台の蝋燭と暖炉の中に残されていた薪に手にしていた松明の炎が宿され、ボワっと灯り始めると少し眩しく感じる。
「良かった」
安堵した声が聞こえるとラファウはブラウスのボタンを全て外すと暖炉の前に広げて置いた。
「風邪を引くからアルベルト君も早く脱いで」
「え」
「ああ。代わりの服がないと、それはそれで風邪を引いてしまうか。ちょっと待ってて」
壁の燭台を手に取り別室へ移動する背中を見送る。数分後に何かが増えていた。
「クローゼットを探したら子ども用の服を見つけたんだ。サイズが合えば良いんだけど」
一枚ずつ広げて身体に重ねてみると一回り大きいが着れなくはなさそうな様子だったので、すぐさま着替えさせた。
「ブカブカだね。手を出してごらん」
「はい」
「裾を捲れば多少の大きさもカバーできる。ズボンはヒモをギュッと締めて、同じく裾をクルクルすれば完成だ」
「ありがとう、ございます」
「ん?」
僕を見つめるアルベルト君の瞳は不思議なものを目の当たりにしたようだった。そうか、僕も着替えたのだから見慣れぬものに興味を引かれているのかな。貴族の服って堅苦しさを感じるが、君の関心を引けるなら毎日でも着ていたくなってしまう。こんな身分になれたならどんな毎日なのだろう?まぁ、世間体を気にしなければならないから一般市民で構わないけど。でなれけば君と出会えなかった訳で、今夜も訪れなかった。
「より先生らしく見えるかな?」
「か、格好良いです!」
瞳を星の様に輝かせている君を喰らってしまいたい。しかしまだ我慢だ。ある年齢に達するまでは。流石に逮捕はされたくない。それまで君への感情を少しずつ種を撒いておこう。いざという時に断られない様に。僕の存在を刻み込んでおくんだ。例え肉体関係を築けなくても魂で繋がっていれさせすれば僕は満足なんだ。肉欲以上に魂欲の方が大事。あわよくば肉塊を頂戴出来たら万々歳という事で。
ちょっと悪戯な質問をしたら困らせてしまうだろうか?でも今、それを聞いてみないと朝になったら別の話題になってタイミングを逃してしまう可能性がある。まだ心が裸の時に答えを導き出していれば、それが呪いとなるのだ。子どもの頃に交わした約束という呪いを。
さぁ、逃がすものか。神が与えた絶好の機会を。君の感情を僕に向けさせるんだ。先生と禁じられた夜を忘れぬ為に。雷雨の恐怖を忘れられる日の記憶になる様に。
「変な事を聞いても良いかい?」
「なんですか?」
暖炉の前に脱いだ衣服をラファウの隣に並べる。いつ乾くだろう?と考える。朝には着替えたいけど天日干しではないし、吊るしていない、自然の風もこの部屋には起こらないから長い目でみないとならない。
「もし、アルベルト君が二十歳になって実家を出る事になったらこの屋敷で暮らさない?この屋敷の所有者だった貴族の一族は去る戦争の時にこの地を手放していてね。もう何年も空き家なんだったから僕が所有権を買い、研究や仲間と談義の為に時折利用しているんだ。誰にも秘密にしてるから、父さんにも話しては駄目だよ?」
なんて用意周到なのだろう?言われてみれば空き家にしては何となく人が生活している気配がしていたような。でも僕と出会う前から利用しているみたいだから僕の為にわざわざ屋敷を買った訳ではなくて安心した。先生は狂気染みた旋律を持っている。
2025/03/06
⚰️(棺)