ラファアル/狂王鉄壁の城壁は崩れない。どうにかして君という城を陥落させたい。先生と生徒の関係性を断ち切りたいと思わせろ。あの頃から十年経過した今も交流を続けてきてはいるが、君への好奇心は尽きる事がない。立ち位置は無意味なのだ。教師として契約を終えている僕は一人の男として君を攫いに来ている。玄関の扉をコンコンコンと叩けばそれが合図。さぁ、月夜を見に行こう。指を絡ませて口付けをして。手が頭に移動すれば指が髪を乱してグシャグシャにする。嗚呼、こうなってしまったなら観測どころではなくなってしまう。可哀想に、折角の満月を見逃す戦略を取るとは。自ら陥落しにきてるようなものではないか。敵国の王子に身を差し出すとは愚かなり。
「ん、せんせい…早く…」
「何を?」
きっと君の事だから先の行為よりも観測を選ぶのだろう?陥落寸前でいつもこうだ。口付けて髪が指で乱されてもそれ以上は行われない。彼にその気が無いのかは分からない。既に身体を暴いていれば力づくでも組み敷けたものを。君の攻略をどこかで誤ったのかもしれない。アルベルトという城は難攻不落であるが、好奇心を人質にしてしまえば困難ではない。こうして口付けをする関係性となれたのだ。先生としての職権乱用をして君を僕の方へ導いたのだ。幼かった君の純粋さを逆手に取って。もし十八歳からの攻略だったらこうはならなったかもしれない。ある程度の知恵と思考力、判断力を培ってしまっているから。
「何って観測ですよ。ほら、口付けは終わりました」
この様な具合で僕の思考をすり抜ける。甘い雰囲気は何処に行ったのだろう。そもそも甘くないのかもしれない。君からしたら口付けを終えたら観測が始められると認識していたら僕の負けだ。一人で今夜こそはと期待しても相手がその気で無ければ意味が無い。僕はいつだって本気で陥落させようとしているのに、恥じらいもせず躊躇いもせずに義務的なのが楽しいと思ってしまう。一歩分たけ後退させられれば玄関の扉を閉めて外には出させないのに。ツンケンした態度をいかに蝋燭が炎の熱で溶けるかの様にドロっとさせるか考えるだけでも楽しい。その手を引いて抱き締めてしまえたら。首筋に歯を立ててしまえたら。皮膚越しに見える血管を破いてしまえたら。喉が鳴りそうになるのを堪える。
「全く。いつになったら口付け以上のご褒美を貰えるのかな?」
そう簡単に陥落されたらつまらない。君からのご褒美と称せば僕の戦略は通じるかもしれない。敢えて優しくするのだ。間違っても強姦紛いな行動を取ってはならない。悪魔でも無血開城の様にしなければ。君の心と身体を傷付けたくないから。しかし本音はそんな事を無視している。
無理矢理にでも身体を暴きたい。僕しか見えない様に。見えない鎖で繋ぎ止めておきたい。
「何か言いました?」
外へ出た君の耳に届いているのか、いないのか。
「何も?何だか雨が降りそうな空だね」
「ついさっきまでは星が綺麗に見えてたんですが」
「というと、僕が訪れる前に空を確認してくれていたのかい?」
君の言い分からして確信めいた発言をした。普段は迎えに行くまで、夜の外出は行わないと知っている。夕食の買い出しも昼間から夕方の日が出ている間だから。
「え?いや、」
「じゃあ今夜は観測不可と言う事で家に戻ろうか?」
君の手を奪って玄関の扉を開ける。暖炉の炎と酸素が反応してパチパチと音を立てていた。その上に鍋に焚べられた料理は観測後に食べられるものだろうか。
「離してください」
室内に入っても手を繋いだままで居心地が悪そうな君の表情がまるで先程の空の様だ。
「ずっと怪訝な表情だけど?」
「貴方が観測以外の事を考えていたからです」
「以外とは?」
「!もう良いですっ」
払う様に手が離された。これは怒っているな。原因は?口付けの時は同意だった。観測に至るまでモタモタしていたから天候が悪くなったと思っているのだろう。仕方ないじゃないか。観測よりも優先したい事が発生してしまったんだから。その場の雰囲気を感じとれないまだ子どもな君に欲情してしまっているなんて。恋とは何とも恐ろしい現象か。知の探求が第一と信条を掲げていたのにこのザマだ。
「そう怒らないで。謝るから。…ごめん」
僅かな時間でも観測が出来たかもしれない事に感情を怒りに変えてしまった。全て先生が悪い訳ではないのに。
「未来の空の感情が分かればよいのに」
「感情か。面白い例えだね」
僕の反応を面白がってそうなのが腹が立つ。こっちは真剣に言っているのに。まぁ、誰も天気の感情だなんて表現はしないかもしれない。
「所で、夕飯は何?とても腹が喜びそうな匂いがするけど」
う~、と静かに唸りながら怒る僕とは対照的な先生の態度には慣れたが実際目の当たりにすると、更に反論を重ねるか呆れるかの二択になってしまう。
「蓋を開けてからのお楽しみです」
鍋の様子を見に行こうと踵を返す。すると背後に温もりを感じて嫌な予感がした。抱き締められている。
「な、」
「君の蓋も開けて見ても良い?」
その言葉は何を意味しているのか。流石に君もそこまで無垢ではないだろうが、敢えて無垢のままだと思っていよう。今はまだその時ではないのだから。
「?先生は味見をしたいんですね?」
ほら、気付いていない。
どうかこのままの関係でいたい気持ちと、反対の気持ちが相反している。
嗚呼、この卑しい感情をあの炎に焚べる事が出来たなら。
2025/03/16
⚰️(ひつぎ)