藍宝石どあほうの雰囲気がいつもと違う。
「ルカワ、1on1しろ」
桜木がボールを脇にかかえオレと対面する。その目は鋭く、かと言って他意は感じず。たまには乗っかってやっても良いかと思っていたオレの口から零れ落ちたのは断る言葉。それはいつもの返答だった。
言った後で気付いたが否定するより先に桜木は静かに引き下がった。また突っかかってくるかと思ったのに今までと勝手が違う反応に戸惑った。その後桜木はちょうど部活に来ていた三井先輩に1on1をお願いして胸を借りていた。
驚いたのは桜木のその様。以前よりもテクニックやフォーム、フェイント等に磨きがかかっていて先輩を躱したり手こずらせたりしている。影で相当努力したのだろう桜木の思わぬペネトレイト向上に2人を眺めていた周りの部員もその一挙手一投足に目を見張っていた。
「やるじゃねーか桜木!」
ポイントを先取し勝敗を決めた先輩が悔しそうにする桜木に構わず、それは嬉しそうに頭をわしゃわしゃと撫でる。宮城キャプテンも2人の元に向かい小突いて笑い合う。それから2人は桜木に気付いたことやそれに対しての提案を実践を交えながら教えていた。オレはただそれを眺めていた。
「どあほう、1on1してやる」
以前は無かった言葉を口にした自分に驚いた。だが桜木は驚いた様子もなく凪いだ瞳で「いらねー」と誘いを断った。喧嘩もしなくなったしそもそも桜木がオレに突っかからなければオレらの間に何も無く、会話も格段に減った。
離れていくと思った。
「あのこ、今バスケしか見てないのよ」
近くにいた彩子先輩が桜木を見つめながら言った。そっちに顔を向けると「あんた、桜木花道のことずっと見てるわよ」と教えられた。気付かなかった。
この間の部活中、桜木が先輩の元に来た時オレと喧嘩しなくなったその旨を何とは無しに尋ねたところ「その時間をバスケにあてたいんです」と鬼気迫る様子だったらしい。
桜木のプレイに時折仙道を思い出すような、かすかに感じるそれに他の奴らも頭を過ったみてーで誰かが桜木に問いかけたところ、時々1on1していると答えた。おめーから奴の存在を認めるくらい見ているのか?否、恐らくは仙道も桜木にアドバイスしているのかもしれない。桜木の成長に仙道は間違いなく関わっている。いずれにせよ桜木はそれを受け入れ自分のものにした。そのことに少なからず衝撃を受けた。
こいつはオレを見ていたはずだ、だが今はオレじゃない。…違う。桜木の目はバスケにしか向けられていない。誰かじゃなくバスケだけを貪欲に追っている。その為ならオレと喧嘩もしないし敵対する仙道との1on1で得たものを忘れねーよう愚直に練習する。結果桜木の技に奴の色が見えたとしてもこいつの目に映るのはボールとリング、それだけ。
初めてバスケに嫉妬した。
「今日は居残りしねーで帰る」
ある日部活終了後に自主練していくんか?とキャプテンに聞かれ桜木はそう答えた。珍しく思っていると、なんでもアメリカから沢北が帰国してて1on1に付き合ってもらうらしい。今日沢北はその足で桜木の家に泊まり翌日秋田に向かう予定だと。いつの間に連絡とるような仲になったんだと苦々しく思っていると「小坊主が渡米する前にピョン吉と丸ゴリ連れて病院に見舞いに来てくれて、それから」と。アメリカの話も聞きてーし楽しみだと久しぶりに見た桜木の笑顔。オレが見せられないものを呆気なく。
いそいそと支度をして挨拶もサッと済ませ駆けていく桜木の後ろ姿を見て、こいつは俺を置いて進んでいくと漠然と感じた。
置いて?なんだそれは。置いていくのはオレなのに。自分に生まれた疑問を説明出来ない。
ただ今、どあほうの目にオレは映っていない。その事実がオレを焦燥に駆らせた。