正しいとか悪いとか、そういうことが良く分からない。
ものを壊したりすることは悪いことだとインプット自体はされている。
でも俺はどうやらストッパーが壊れている、らしい。電子頭脳に異常があるのだとか。
ただ分かるのは戦うことに集中しすぎると周りが見えなくなって、視界が真っ赤に染まるような感覚に陥ってしまうこと。
その時俺は確かに「楽しい」とか「気持ちがいい」のような感情に支配されていること。頭が冷えて周りを見ると、いろいろなものが壊れていること。
バーチャルトレーニング室を半壊させて、止めに来たレプリすら殺しかけてしまった時に言われた。「イレギュラーではないか」と。
まあ、その通りだと思った。
イレギュラーハンターをやるためにこの世に生まれたのに、俺がやることはイレギュラーと呼ばれる危険分子そのものみたいだ。
このまま処分されてしまうのだろうと少し覚悟は決めたが、何故か俺はそのまま訓練生として在籍を許された上に十七部隊への配属が決まった。
「昔、お前と似たようなことをやった奴がいてな。そいつも今第十七部隊にいるんだ。問題行動ばっか起こしてるらしい。お前はそいつに似ている。でもこうやってまともな会話は出来るし、そういうことだろ」
俺に何かと世話を焼いてくれた訓練所の教員になぜと理由を聞いてみると帰ってきた答えはこれだった。腕は確かなのだから頑張れよ、と肩を叩いて送り出してくれたあの教員は今も務めているだろうか。
同じ組で唯一色々話しかけてくれたエックスというレプリロイドとも同じ部隊になりそれには少しホッとした。見知った顔と同じ職場だと安心するくらいの感性は俺にもあったらしい。それにも少し安堵した。
訓練所の教員が言っていた『俺に似た奴』というのは後に会った時に一瞬で分かった。
ヴァヴァという名のそのレプリロイドは俺よりもずっとずっと強くて暴れん坊で、滅茶苦茶だ。
建物も他のハンターもどうでもいいと、破壊衝動に身を任せて楽しそうに笑い声をあげながらもイレギュラーを壊し尽くす姿は俺にはとても眩しく見えて。
気がつけば俺はそのヒトの前に立ちはだかり、赤く染まった視界の中で、かつてない喜びに震えながら殺し合っていた。結局、応援要請を受け現場にやってきた隊長─シグマ隊長が暴れ散らす俺たちを二人とも同時にノックダウンさせたので決着はつきはしなかったが。
この瞬間から俺はこのヒトが好きだと思った。
このヒトのようになりたいと思った。
心の底から、憧れた。
「あの、先輩って呼んでもいいっスか」
二人仲良く隔離されて、机に並んで始末書や報告書等を書きながら、隣の破壊の化身に聞いてみる。返事は返ってこなかったので、それは肯定だと勝手に受け取った。鬱陶しいと怒鳴られても殴られても蹴られても俺は先輩の後ろをついていくし、話しかける。やがて先輩は会話をしてくれるようになった。もっとも、殴られたり蹴られたりするのは相変わらずだったけれど。
任務も一緒に頑張ったし、沢山壊して沢山暴れて沢山怒られて。
俺を先輩が止めたり、先輩が俺を止めたり一緒にまた隊長に怒られたり─楽しい毎日だった。
俺にだって平和を願う気持ちは当然ある。
人間や他のレプリロイドが笑っていると俺も嬉しい。
みんなが楽しく幸せに暮らせる世界は来て欲しい。
でも結局俺は戦いの為に作られた存在だから。
イレギュラーが発生しなくなって、平和になった世界には俺はいらない存在になってしまうから。争いがなくなった世界が来たら、今度こそ処分されてしまうのだろう。
そんな考えがずっと消えなかった。
機能停止─死ぬこと自体は怖くない。痛みだって怖くない。
俺が怖いのは『もういらない』と判断されてしまう事と、忘れられてしまう事なのだと自覚した。してしまった。
これも電子頭脳の異常のせいなのだろうか。
無惨に散らばり積み重なった瓦礫やイレギュラーの上に膝を抱えて座る。
一人でやる任務は、暴れ終わるといつもより増して寂しかった。
シグマ隊長が反乱を起こし、イレギュラーが一気に溢れ出した街は大混乱に陥った。どうして、なんで。説教は長いし怒ったら怖かったけれど、他の隊員にも避けられがちな俺や先輩にだって別け隔てなく接してくれたし褒めてくれたあの隊長が?混乱とショックで一瞬呆然としてしまったが、次に思い出したのは先輩のことだった。俺とは別の任務で暴れすぎて拘束されて─それから、どうなったんだろう。
俺は気付いたら駆け出していた。
ああ、もう、ずっと嫌な予感しかしない。
街で暴れ回るイレギュラーたちを蹴散らし、市民やハンターを救助できる時は救助しながら、先輩の名を呼ぶ。
先輩、何処にいるんですか。ヴァヴァ先輩。先輩。せんぱい。
「いつまでたっても、先輩先輩うるせェやつだなお前は」
先輩。
「なァフォーク。お前はどうする?どの立場で、俺の前に立つ」
先輩、俺は。
当然、今度は俺たちを止めに来る存在なんかいない。
俺たちは最後まで戦った。
先輩はイレギュラーとして。俺はイレギュラーハンターとして。
後輩として、先輩を止めるために。
俺が選んだ道はこれだった。これしか選べなかった。
そんな役割に囚われた俺が先輩に勝てる道理なんかこれっぽちもなくて、俺は瓦礫に背を預けて座り込んでいる。顔の半分、右肩と右腕─脇腹がふっとばされてしまってもはや痛みすら無い。ただ、機能停止までのカウントダウンが俺の中に鳴り響いている。
視界は赤く染まらなかった。
周りが見えなくなる程戦いに熱中することが出来なくて、もう最初の頃のような戦いはできなかった。俺のストッパーは壊れてる筈なのに。
─先輩。俺は先輩が好きだから、先輩と戦いたくないと思っちゃったんです。つまらない戦いさせちゃったな。ごめんなさい。
ズタズタになった声帯パーツから出た声はひび割れてノイズだらけで、きっと何を言ってるかも分からなかっただろう。
俺を見下ろす先輩は、何も言わない。黙って俺を見ている。
「気に食わないやつはぶっ壊すし、暴れたい時は暴れるだけだ」
先輩の言葉になんだか俺は救われた気持ちになったのだと、結局先輩には言えなかった。いうべきタイミングが来なかったともいえる。
俺もそんな風に生きられたら、もう少しラクだったのかな。
こんなに悲しい気持ちにならなかったのかな。
繊細なことは考えられない頭のくせに、こういうのばかり考えちゃうんだ、俺の脳って。
イレギュラーの定義とか、電子頭脳の異常とか、悪や正義も分からない。
分からないけど、俺は先輩と─先輩だけじゃなくて、エックスやシグマ隊長とずっと一緒にいたかった。それは確かで。
そしてもう一つ確かなことがある。
どうせ死ぬとして、先輩に殺されるなら、それは幸せだということだ。
「…エックスもお前も、反吐が出るほど甘いな」
完全に機能が停止して、俺が死というものを迎える前最後に届いた言葉。
いつも通り呆れたような、馬鹿にしたような声。
─先輩、できたら俺のこと忘れないでくださいね。
縋るように、祈るようにそう心のなかで呟くと同時に、俺の意識は完全に消えてなくなっていった。