あたたかな蒼穹彼女は身体を折り畳み、俺に対して柔く語りかけた。
「始めまして、羽佐間翔子です」
鼻先に差し出された手からは、つんとした匂いがする。病院だ。
思わず俺が目線を上げると、彼女は俺の瞳を覗き込んでいた。彼女の瞳から蒼穹(そら)が見える。彼女は何処までも翔んでいき─…それを、俺は凍りついた海から見上げている。
「夜の海みたい」
触るな。割れてしまう!
その瞬間、喉の奥から低い音が漏れてくる。俺の、酷く寒々しい海を、誰にも知られたくはない。
彼女はこれ以上拡がらないよう慎重にひび割れをなぞる。酷くあたたかい声。
「あなたのお名前、甲洋、ってどう、かな」
「わたしの家族になってくれる?」
その言葉の重さを識っている。
俺は初めて、彼女の指が震えていることに気付いた。
332