魚心あれど 一人で夕食を終え、一人で湯浴みも済ませた川端が歩く度にキュ、キュと廊下に敷かれた目の詰まった絨毯が僅かに悲鳴を上げている。日常の大半を彼と共に過ごす横光は今日に限って川端の隣、ひいてはこの帝國図書館どこを探してもあの襟巻きの柄でさえ見つけることは出来ない。
誘拐されただとかいう話ではなく、横光は今朝起きてきた川端に「町での飲みに誘われたから夕食から朝までは居ない」「だから生憎だが、今日は一人で眠ってくれ」と告げたのである。
ほんの少しの酒でたちまち睡魔に襲われる川端とは違い横光は、量を弁えれば楽しく呑む事が出来る人間であった。きっと行ったことのない町での酒呑みも、師友ならば新しい発見をする良い機会に違いないと手を振って送り出したのが数時間前。
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