菊の花 僕の席に花瓶が置いてあった。ご丁寧に菊の花まで生けられたそれを前にして、僕は金縛りにあったような気分になる。
恐る恐るクラスメイト達に目を向けると、誰一人として僕の方を見ようとしていなかった。田中も、佐藤も、同じ部活の連中も、昨日まで他愛のない会話をしていたはずの全員が。……触れてはいけない。そんな空気が、教室の中に充満しているようだった。
先生が教室に入ってくると、クラスメイト達は大人しく席に着いた。立ち尽くす僕に目もくれず、先生が嫌に神妙な面持ちで口を開く。
「えー。皆、既に知っていると思うが……」
次の瞬間、僕は弾かれたように教室から飛び出していた。
自宅まで戻ると、ガラス窓の向こうに母さんの後ろ姿が見えた。泣いている。小さな背中を丸めて、大きく肩を震わせて、母さんは仏壇の前で涙を流していた。
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