バキッ、と音を立てて折れた木の板を一瞥してから焦燥しきった兄を見る。ガチガチと噛み合わない歯の間から漏れ出る息。こんな兄は久々だ。
「…華ぎ」
「呼ぶなァァッ!!」
「……」
響き渡る怒声に思わず産毛立った。
腹立たしさと悔しさ、そして何より喪失感に苛まれて彼自身、よく分からなくなっているのだろう。
「…僕は待つぞ」
「……」
兄が絶対に取らないであろう選択肢を口に出す。
小さく舌打ちが聞こえた。
「オメェはァ…いっ、つも…そうだァ…。
分かったような目ェして、いっつもォ…簡単にオレをあしらっちまうッッ!!」
「……」
「なァにが、待つだァァ…。オメェだって探してェんだろ!? オレが!! その選択をすッからってオメェ如きが身ィ引いてんじゃねぇよ!!」
獣のように吠えながらそう言う兄に思わずため息が出る。
昔から何をしても揃わなかった。喋り方も、自らを守る術も、生きる道すらズレていた僕達をあの人が、揃えてくれた。スタートラインを敷いてくれた。
兄は魔術を極め、僕は剣を極めた。
誰の為、などと聞かずとも分かる。
生まれて初めて、兄が何を考えているか分かった。
多分向こうも同じだったろう。
あの人があの時声を掛けてくれなければ、僕達はとうの昔に死んでいたろうに。あの人は大した事はしていないと笑うのだ。
その借りをやっと、…やっとお返し出来ると、思っていたのに。
あんなに存在感のあったあの人は、ものも言わずに泡のように消えてしまったのだ。まるで、初めから居なかったような感覚にすら襲われた。
「…探して何になる。居なくなったのはあの人の意思だろ」
「知らねェよ! 猫みてェに何も言わずに消えやがって!! そんなのでッ…そんなので、納得なんて、出来ねェよッッ! 勝手に、美談にしてんじゃねぇよ、クソジジイ!!」
「……僕は探さない」
「ッッ、だからッ!」
「お前に遠慮しているんじゃない。選択を譲ったんでもない。…鹿華様の帰りを待つだけだ」
また舌打ちが聞こえた。
傍から聞けば、両者共に馬鹿を言っているのは分かっている。師匠はきっと…。
しかしそんな確証もない絶望を塗り固められたくないのだ。まだ、あの人に夢を見ていたいのだ。
だから、僕は待つのだ。探し続けた先で、希望を見出したくはないのだ。
出来れば、……本当に夢が叶ってしまって欲しいのだ。あの人が、また僕たちの傍で笑っている未来があってしまって欲しいのだ。
「…お前は勝手にすればいい。
賛同も反対もしない」
「………ッッ、くそっ」
嗚呼、どうか。
この現実がユメでありますように。
貴方の消えた世界は、随分と息がしづらいのです。