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    ささじま

    @gsjm173 / デイリーお絵描きの記録用。ラフとか平気であげます。

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    ささじま

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    単発です。幻想小説の真似ごとということで、深く考えないで読むことをお勧めします。2021/2/21

    ##メル燐

    しゃきん。
    意識がそこから始まった。
    目の前に天城燐音の顔が浮いている。いや浮いているのではなく、からだが大きな布で隠されているのだ。さながらてるてる坊主のように。しばらく惚けたように眺めて、それが鏡であることに気がついた。
    天城燐音は肘掛け椅子に座らされていた。見ていないが、焦茶色でつるりとした感触をしていることがわかる。鏡の中に映り込む背後は薄暗く、何か並んでいるようにも見えるが、輪郭がぼけていて判然としない。後ろの方に一つ、高いところに明かり取りの窓があって、その向こうは大通りに面しているのか、人が醸し出す賑やかな空気が伝わってきた。
    今は何時だろうと、鏡を覗き込む。鏡の中に時計はない。あったところで、あべこべの時間を示すだけだと気がついて、天城燐音はぼんやりと覗き込むのをやめて、深く椅子に座り直した。どうしてだか、ひどく億劫だった。
    しゃきん。
    金属が軽く擦れるような涼やかな音が響く。一拍遅れて、さっき聞いた音と同じ音だと気がついた。
    唐突に、目の前の鏡面の奥の暗がりで、銀色に煌めくものがあった。水面下で煌めく魚の鱗を咄嗟に連想する。それにしてはいやに小さく、鋭い。
    鋏だ。あれは美容師が持つ、鋼の鋏だ。
    そうと一度認識すれば、鋼の刃を握る男が暗がりの中に立ち尽くしていることにも意識が向いた。長髪から覗く何もかも見透かして見下ろすような瞳。HiMERUだった。
    「お久しぶりです、天城」
    心地よい低音で、ボソリとHiMERUが呟く。
    「約束通り、髪を切りにきました」
    しゃきん。
    HiMERUの手の中で刃が擦れ合う。
    「……約束通り、な。俺っちは別に待っちゃいねェけど」
    「そうだと思いました。それでも、HiMERUが切りたがれば切らせるのが天城なのです」
    訳知り顔で宣って、HiMERUは暗がりから出てきた。見たことがない黒衣に身を包んでいる。そんな服を着ているから、見つからないのだと言ってやりたがったが、億劫になってやめた。
    HiMERUは天城燐音の背後に立つと、癖っ毛を一房すくっと持ち上げる。それをどこか映画の中の出来事のように、天城燐音はぼうっと鏡の中の出来事を見つめていた。
    「髪は毎日伸びるものだから、持ち主の食生活や健康状態などが如実に現れるそうです。体の日記帳、あるいは、記憶と呼び換えてもいいかもしれません」
    しゃきん。
    HiMERUが弄ぶように、また別の房を持ち上げる。右手の鋏はまだ空を掻いている。
    「だから、HiMERUはこの半年、貴方に会うことはありませんでした。貴方の髪から、HiMERUのいた時間のほとんどが消えるまで」
    一日に髪が伸びる速度は約0.3mm。一ヶ月で1cm。半年で6cm。
    天城燐音は職業柄、毎月ヘアカットを欠かすことはできないから、見た目には変わらない。しかし確実に、日々の糧で髪は伸び、一月に一度、一番古い部分を切り落とす。そうして更新を続けていく。
    「これで、最後の1cm。切り落とせばもう、貴方の中からHiMERUは消えます。それでさよならです」
    律儀なやつだな、と天城燐音は笑った。最初に丸坊主にしてしまえばこんな手間をかける必要はなかったのに、アイドルの頭にそんな無体を働く気にはなれなかったということか。天城燐音と同じように、骨の髄まで呪われているのだ。
    「そんで。お前はどうするんだよ」
    「自分で切ります。それで」
    俺もさよならだ。
    そう言ったように聞こえた。しかし、鏡像の男の口元は暗がりになって、聞き取れなかった。その姿にひどく心がざわついたのに、天城燐音は動けなかった。
    男はもう何も言うことはないと掴んだ毛先に刃を当てて、徐々に刃先を絞っていって。
    じょり。じょりじょり。
    記憶を断ち切る音を頭上から浴びながら、天城燐音は何もできない。膝にかけらた白い布の上に降り積もりる己の記憶を見ながらため息をつくが、すぐに何のためのため息だったか思い出せなくなるだろう。
    最後の時間を噛み締めるように、天城燐音は目を閉じた。
    しゃきん。

    そういう、夢を見た。
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