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    まろんじ

    主に作業進捗を上げるところ 今は典鬼が多い

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    まろんじ

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    星の声20

    ##宇奈七

    「俺がクロロスなら、お前はさしずめベイバロンだ」
    「あら、新約聖書ね? 素敵。今度からわたくしのこと、そう呼んでくださらない?」
     ベイバロン──大淫婦バビロンは、新約聖書の一節『ヨハネの黙示録』に登場する女だ。獣に乗って現れて栄華を欲しいままにし、その手に持った金の杯は姦淫で汚れているという。
    「でも、わたくし……ベイバロンの知っている悦びを知りませんの」
     花の顔がちらりと、空っぽに見えた。だが、俺が怪訝な表情をしたのを読み取ったのだろう。彼女は、すぐにまた悩ましい顔をして身を寄せて来た。
    「ねえ、あなたなら教えてくださる?」
     こうして、男たちは篭絡されていくわけか。ハ、と俺は笑い声を漏らした。
    「冗談ではない。俺は、お前のような女に何も教えてはやれないよ。どこをどう見ても、女とはかけ離れた人間だろう」
     そうねえ、と彼女は首を捻った。
    「だけど、男の方でもないでしょう?」
    「それはそうだ。だが、この身長で女らしくしていては、目立ち過ぎて仕事に障る。男の振りをした方が怪しまれずに済む。それに」
     それに──奴といないのなら、女である意味など──。そう言いそうになって、俺は口を噤んだ。
    「強いて言うなら、俺は人殺しだ。男でも女でもない」
     彼女は一瞬、琥珀の瞳を丸くした後、くすりと笑った。そのとき見えた顔は、思いの外幼かった。
    「面白いわ。あなた、とっても面白い方」
    「それは、差し出す金をどんどん増やしていく男たちと同じ、という意味か?」
     ううん、と彼女は首を横に振った。
    「面白いは面白いでも、あなたのは……そうね。お気に入りの本を、わたくしがお家の本棚で見つけたとするでしょう? 楽しく読み進めていたんだけど、続きの巻が途中で見つからなくなるの。探しても探しても見つからないの。早く見つけたいんだけど、でも探すことそのものも楽しいの」
     彼女の言っていることの意味は、よく分からなかった。ただ、その光景を思い浮かべると、妙に胸が痛んだ。
     腹の子が産まれて生きていれば、四つになっていた。絵本も好むようになる年頃だ。我が子が読みたがる物語は、一体どんなものだったろうか。腹の外からでも、何か読み聞かせてやればよかったろうか。
     変だ、と同時に外から自分を見る俺が言った。こんなことを思うのは変だ。今まで、街で小さい子どもや親子連れを見ても何とも思わなかったというのに。とうに諦めて、悲しむこともやめていたはずなのに。どうして、この女は俺に、こんな感情を喚起するのだろう。
    「だから、あなたにはまたお会いしたいわ。きっと、会える気がするの」
     またね、とカウンターを立った彼女の背を、俺は見えなくなるまで目で追いかけた。
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