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    和泉守兼定×陸奥守吉行
    【あらすじ】
    和泉守と陸奥守は普段から喧嘩ばかり。解決策として二振りに遠征が命じられる。
    【お断り】
    この本は刀剣乱舞のファンフィクション(二次創作)です。
    実際する団体・個人・歴史など全く関係ありません。
    全て書き手が楽しく妄想した作品です。
    閲覧、購入によって気分を害した又は何らかの被害を受けたとしても責任を持ちません。
    それでは始まります。楽しんでいただけますように。

    ##いずむつ

    【web公開】酷暑の遠征、ふたりきり。 プロローグ

    「おおっ、遠征部隊が! 遠征部隊がもんてきちゅうね!」
     お決まりの台詞を発しながら玄関先に元気よく飛び出したのは、今日の近侍・陸奥守吉行だった。
    帰還したのは、季節の収穫物である鯵を釣りに行っていた和泉守兼定、堀川国広、長曽祢虎徹、浦島虎徹の四名。
    「はあ? 今日の近侍おまえかよ!」
    「わしかておんしなんぞ出迎えしとうないぜよ。ほがなお綺麗な着物で釣りち、よぉ行けるのう」
    「馬鹿にすんじゃねえぞ。オレはなぁ、今日5匹も捕まえたんだ! これで景趣交換も捗るし、主だって大助かりってもんよ! なぁ国広!」
    「そうだね兼さん!」
    「おんしはまぁた堀川くんを手伝わせちゅうがじゃろ?」
    「違エ! オレが釣れなくて困ってたら、こっちで引いてるよって竿を交換してくれただけだ!」
    「ププーッ ほぉれおまんひとりじゃ釣れんかったんじゃ! おんし動作がうるさいき、魚も逃げて行くじゃろう」
    「~~ッ、このやろッ!」
    「和泉守ッ! 陸奥守ッ!」
    隣で黙って見ていた長曾祢が我慢ならずついに怒鳴った。
    和泉守は頭に血が上って陸奥守の胸倉を掴み、拳で殴る寸前だった。
     普段からこの二振りは喧嘩ばかりしていて、口の回る陸奥守に言葉で反撃できなくなると暴力をふるうのが和泉守だった。
     一度殴り合いが始まると一振りで仲裁に入るのは難しく、危険度も増す。
     和泉守と陸奥守の本気の喧嘩の後は、手入れ部屋にこの二振りと仲裁に入った男士も一緒に運ばれることもある。
    「……すみませんでした、長曽祢さん」
    和泉守は渋々と、振り上げた拳と胸倉を掴んでいた手を放して、長曽祢に向き合い頭を下げた。
    元主が新選組の局長と副長なこともあってか、和泉守は長曾祢の事を一目置いており素直に頭を下げる事ができる。
    「みんなで仲良くできるといいよな、亀吉」
    心配そうに見守っていた浦島は、肩に乗せた亀吉を両手で抱きながら呟いた。
    「そうだっ」
     浦島は玄関の端に置かれている紙と鉛筆を手に取ると、さらさらと何かを書き始めた。


     本丸の玄関には歌仙の活けた季節の花と一緒に目安箱が置かれている。
    他にも大浴場や食堂、談話室などに目安箱は設置されていた。
    「最近やけに箱の中身が多いな。まぁ予想は付くが……」
     長谷部が玄関の目安箱を開くと、二つに折られた紙がこんもり満杯になっていた。
    「目を通すのに少々時間がかかりそうですね。先を急ぎましょう」
     へし切長谷部と前田藤四郎は、箱の中身を回収箱に移し替えて次の場所に向かった。






    第一章  緊急主命、二振りの遠征


     夕餉が終わる頃、現世へ出ていた審神者がこんのすけと共に本丸へ帰城した。審神者部屋へ入り一息つくと、長谷部から留守中の状況報告や目安箱の意見をまとめた物を渡され、小さく息を吐いた。
     次に審神者は長谷部へ、問題の二振りをここに呼ぶよう命じた。
     数分後、少し俯きながら二振りの男士が入ってきた。
    「君たちを呼んだ意味、わかるね?」
    「おう……」
    「おん……」
    審神者の目の前に正座をする和泉守と陸奥守は縮こまっていた。
    「和泉守が顕現してから今日までの間、特に目安箱への投書が増えたんだけど、ほとんど全部君たちの喧嘩への苦情だった。これは見過ごせない事態だよ」
    「すまねぇ、けど……!」
    「すまん、けんど……!」
    「あっ、テメェまたオレが喋ってる時に被せやがって……!」
    「おんしこそまたわしの話の邪魔しよって……!」
     同時に言葉を発した二振りがまた喧嘩を始めてしまった。
    「はいストップ、ストップ。目安箱には“喧嘩をやめて欲しい”と沢山来ている」
    「「ぐっ……」」
    二振りは同時に奥歯を噛みしめ、チラリとお互いの顔を見合わせると即、フンッとそっぽを向いた。
    「まったく、仲がいいんだか悪いんだか……」
    「オレたちのどこが!」
    「わしらのどこが!」
    「お前はオレと同時に喋るんじゃねぇよ! 黙りやがれっ!」
    「ガタガタほたえなやッ! 今はわしが喋っとるじゃろ!」
    直ぐに手が出てしまう和泉守が、陸奥守の両頬を片手で鷲掴みしてむぎゅっと押さえた。
    タコ唇になった陸奥守が力いっぱい両手で和泉守の手をどかそうと藻掻く。
    「んうーっ! ふぃひひひゅうふ!」
    なにしゆうが、と言ったらしい。
    「へっへー。お前の間抜け面が見れて気分良いぜ」
    和泉守が小馬鹿にするようなニタニタ笑いをして顔を近づけた瞬間、陸奥守は和泉守のトレードマークであるピョンと跳ねた毛を掴み、思い切り引っ張った。
    「あででででッ 引っ張んじゃねぇぞくそッ!」
    和泉守も益々頬を押さえつける手に力を加えた。
    「ふゅふぉー!」
    くそー、と陸奥守も髪を引っ張る手を強めた。
    次の瞬間、頬を押さえる事に夢中になりすぎた和泉守が陸奥守を畳の上に押し倒してしまった。
    陸奥守も倒れながら和泉守の髪を引っ張ったせいで、和泉守が自分の上に倒れ込んできてしまい……。
    「「……!」」
    互いの唇の肉感が、生々しいほど伝わってくる。
    審神者は咄嗟に、見てはいけないと袖で視界を遮った。
    「「うげぇぇ……ッ!」」
    ゲホッ ゴホッ と二振りが咽る。
    そしてゴシゴシと乱暴に手の甲で唇を拭った。
    「くっ……、何でこんな目に……」
    「しょうまっことのうが悪いぜよ……」
    冷や汗をぼたぼた垂らしながら二振りがゼェゼェと息を乱す。
    「……話を戻そう。君たちの相性が悪いのは百も承知だ。けれどこのままでは普段の任務にも後々支障をきたすだろう。男士の数が増えたとはいえ、ずっと君たち二振りを組ませないわけにはいかない。当番も共にしてもらわないと、ほかの者達の非番の調整も難しい。分かるね?」
    「あぁ。……」
    「おん。……」
    「……ふー、どうしたら君たちは折り合いをつけられそうかなぁ」
    「……分からねぇ。オレ、直ぐ頭に血が上っちまうからよぉ。手が出ないように物理的に離れるしかないんじゃねぇか……?」
    「それじゃあ堂々巡りだよ……。困ったねぇ。陸奥守はどう思う?」
    「わしもさっぱり検討つかんのう。そうじゃ、現世の子どもらぁちゅうんは遠足や修学旅行で親睦を深めるち聞いたぜよ。けんどこがぁに共同生活しゆうに反りが合わん。ちゅう事は、考えるだけ無駄……」
    「それだ」
    「「えっ」」
    「二振りに急遽、遠征を命じる」
    「「はぁーーッ?」」
    和泉守と陸奥守が揃って詰め寄ったが、審神者は動じることなく話を続けた。
    「場所は、現世の武蔵国のこの辺り。一泊二日でどう?」
    「どうって言われてもよ! 大体何しに行くんだよ?」
    「遠征と言っても肩肘張らないで夏の思い出作っておいで」
    「ちょい待ちや、せめて何かひとつ目的を与えとうせ。わしらだけで思い出っちゅうんは難易度高いぜよ」
    「別に仕事しに行くわけじゃないし、観光して遊んでおいでよ。あ、せっかくだからお墓参りしてきてもらおうかな」
    「おつかいなが……」
    「オレ、現世の移動手段よくわかんねぇ」
    「お、いい機会だから練習も兼ねようか!」
    審神者は電子機器の薄い板を指でつつきながら、二振りに説明する。
    「この駅から電車に乗って、ここで降りて。温泉旅館もいくつかあるから好きな所に決めて良いよ」
    「おい本当に遠征するの決まりかよ……」
    「お寺はこの辺にあって、曲がり角はこことここ。あとは道なりに進んで」
    和泉守は懐から懐紙と筆ペンを取り出し、メモを取る。
    「現世のお金も十分に持たせるつもりだけど、寄り道しすぎてあまり散財しないようにね」
    ——墓参りとっとと済ませて宿で別々の部屋で過ごせぁいいか
    ——サクっと墓参り済ませて顔合わせんよう別行動して過ごすぜよ
    二振りは律儀に墓参りは行うつもりだが、その後は思い出作りなんてするものかと同じ意思を抱いている。
    「それじゃふたりとも、遠征よろしくね」

     翌日十一時頃。現世では山の日と呼ばれる日にふたりは出掛けて行った。
     審神者の指定した時刻の電車を一本逃し、目的の駅に直接空間移動してショートカットを行う。
    「お前のせいで逃しちまっただろうが!」
    「おんしが朝から目玉焼きにかけるもので絡みゆうからじゃ!」
    「オレが起こしに行かなかったらずっとて寝てやがっただろ!」
    「起こしに来たちゅうてもおまんも起きるの遅れちょったやないか!」
    「オレは昨晩暑くて寝付きが悪かったんだよ。お前もだろ?」
    「わしは真面目に調べものしちょってちっくと夜更かししただけぜよ。おまんは楽しみすぎて眠れんかったがやろ?」
    「ばッ 違ェよ!」
     賑やかなふたりの声は、宙に浮かんだ異空間に吸い込まれる。
     急に静かになった本丸の上空は青空が広がり、庭の木々からジワジワと鳴く蝉の声が周辺によく響いた。








    第二章  二振り、いざ参る


     
     山の木々は濃い緑の葉の表面で力いっぱい直射日光を受け止め、青空に手を広げるようにして枝を伸ばし佇んでいる。
    そして山から流れてくる透明度の高い冷水は大きくゆるやかな弧を描いて町まで下る。
     時折水鳥が降り立つその川から数メートル離れたところに、町の小さな駅がある。
     乗客は現在一人も待っておらず電車もまだしばらく到着する予定はない。
    構内の事務所で昼飯を腹に納める駅員が一人居るのみで、がらんとした、けれど蝉の喧騒が駅を取り囲む。
     ホーム上の屋根が誰の為でもなく日陰を色濃く作っていた。                       
     じわりと湿った熱く息苦しい空気が微動だにしないこの空間に、凛とした涼やかな風が波紋のように広がった。
    ベンチの設置された壁側、屋根から少し下の所にぐわんと空間の捻じれがふたつ。
     一つ目の空間の捻じれから現れたのは、長身色白でキリリと黒眉の吊り上がった浅葱色の瞳の色男。
    浅葱色のだんだら羽織と臙脂色の袂がしなやかに舞い上がる。乳白色の馬乗り袴から覗く漆黒のブーツで、トンッと華麗に着地した。僅かな光も反射する烏の濡羽の長髪、腰元の刀をひじ掛けにして立つ。
    二つ目の空間の歪みからは、褐色肌で二つに枝分かれした眉尻が特徴の、夕日色の大きな瞳、快活そうな男が現れた。
     瞳と同じ夕暮れの空色の着物は胸元を大きく開けており、黒い胸当てを左胸に着けて右胸の前で紐を結んでいる。
    六つに割れた腹筋の三段目あたりからへその下まで包帯が巻かれている。
    両手首にも包帯が巻かれているが、怪我をしているわけではない。
    夕陽が落ちる海のような深い紺色のはばきには太ももからふくらはぎに向かってふんわりふくらみがある。
    とび職の履くズボン、ニッカポッカに似ているそれは、雄大な波模様が描かれている。
    そして両素足の甲にもぐるぐると巻かれた包帯。藁草履は履き慣れているようだが、ほつれた様子はない。
    腰からふくらはぎに向かって白い尻尾のような飾りが垂れ下がる。
    髪は赤茶けて四方八方ピョンピョンと元気に跳ねていた。
    髪の流し方のせいか、ぴんと立った犬の小さい耳に見える部分がる。
    襟足は尻尾のように一本束になって長く、こちらも毛先をピョンピョン跳ねさせながら肩甲骨の方まで伸びている。
    「あーーーー」
     浅葱色の瞳の男は苛立った様子で、叫び声とも唸り声とも言えない声を発した。
    「何でオレがお前なんかと組まなきゃならねぇんだ! おい、陸奥守! お前が主に余計な事言ったのが悪い。どうしてくれんだよ!」
     浅葱色の瞳の男は人差し指を相手に向けて責め立てる。
     陸奥守、と呼ばれた男は吞気に伸びをひとつすると、睨みつけてくる浅葱色の瞳とは目を合わせずに喋った。
    「仕方ないやお? これも任務じゃ。わしかておまんなんかと一緒は嫌じゃのう」
    「へぇーーそうかよ。じゃあ今ここで斬り合いしようぜ。どちらかが怪我で倒れれば、任務放棄できんだろ」
     和泉守は腰にある鞘に手を添わせる。
    親指で鍔を上に押した瞬間、チャキッと音が出ると同時に鎺から先の研ぎ澄まされた刃がチラリと覗く。
     陸奥守はますます呆れた顔で呟いた。
    「ばっかじゃのう」
    「あぁん?」
    「和泉守は自尊心があると思っっちょったのに、わしと組むがは嫌っちゅうだけで任務放棄する気なが?なっさけないねゃ~」
    「~~ッ! うっせえぞ!」
    「うるさいのはおんしじゃ。ほれ、しゃんしゃん行くぜよ。和泉守早よせえ」
     陸奥守は頭の後ろで手を組みながら歩き出す。
    「お前に先導されるのは気に入らねぇ……!」
     和泉守は陸奥守を追い越すように早歩きで追いかけた。
     陸奥守も追い越されるのは癪なようで、頭の裏で組んでいた手を下ろし、握りこぶしを大きく前後に揺らしながらスタスタ歩く。
    和泉守と陸奥守が肩同士をぶつけ合いながら改札口まで進むと、季節外れの桜の花びらが渦巻いてふたりを包んだ。
     花吹雪が収まるとふたりは着流しの姿に変わっていた。
     和泉守は赤と黒の二色使いの着物。
    黒い生地の方の股下には七宝柄が入っている。
    灰色の帯は縁が白梅鼠色。
    そこに瞳と同じ浅葱色の紐を腰にゆったり巻いて、紋の入った飾りで留まっていた。
    下駄の鼻緒は着物と同じ七宝柄。
    台は黒く艶めき、白い素足によく映える。
    下ろしていた髪は一つにゆるく束ね、肩の辺りでちょうちょ結びにした赤い髪紐で結ばれている。
     陸奥守は紫黒の着物。
    股下から踝にかけて荒れ狂う波飛沫が白で描かれている。
    そして波模様の後ろに金色で描かれた水面。
    それらは両方の袖の先にも入れられている。
    黒い帯にも金色で波が描かれており、黒鳶色のベルト式ポーチを帯の上から巻いて、左の腰にぶら下げられていた。
    髪は先ほどと変わらず、トレードマークの犬の耳のような癖毛がピョンピョンと元気に跳ねている。

     この駅は今時珍しく自動改札口になっていない。
     改札口の脇にある駅員の事務所の窓口で、主に持っていくようにと渡された定期券をみせるふたり。
    駅員はふたりをまさか人間じゃないと疑わず改札口に通した。
     そう、彼らはヒトではない。

     彼らの主は審神者と呼ばれる者である。
    末永く大切にされた物に宿る付喪神を顕現させ、会話や敵との戦いを命じる事が出来る。
     和泉守と陸奥守も本体は刀であり、刀に纏わる歴史や言い伝え、人々の強い想いなどが集まって生まれた付喪神だ。
    今はこのように人の身を与えられて生活をしている。
     そして見ての通り、このふたりは仲が悪かった。
    売り言葉に買い言葉。決してどちらも譲らない。
    ふたりの、初めての持ち主——つまり今では元主——は、幕府を守る側だった新選組副長土方歳三と、倒幕寄りの人間であり、荒しい時代のために革命を起こそうと駆けまわった坂本龍馬だ。
     仲が悪いのもその為か、と思われたが本人たちは天性の性格的に相性が悪いらしい。
    片方が左に行くと言えば、もう片方は右に行くと言い出す。
    何がそんなに気に入らないのか、今までも度々些細なことで口喧嘩を起こしていた。
     今、彼らは横断歩道の白線の前に横並びで立ち止まり、威嚇し合っている。
    赤信号で立ち止まっているのだ。
     蝉の大合唱も、ふたりのばかデカい声の前では無音に等しい。
    「だから! オレは左だっつってんだよ!」
    「いんや、ここは右ぜよ! えい加減にしいや」
    「お前ちゃんと地図見てんのかよ。オレのメモによれば左だ、間違いねぇ!」
    「おんしのメモ汚いにゃあ。わしのメモ見てみぃ」
    「何で同じ所に行くのにメモが二つあんだよ」
    「わしもあの後調べて用意したぜよ。おんしはいまひとつ頼れんきのう」
    「なんだと」
    「主の口頭の説明だけじゃ細かいく(所)が分からんき、ちゃあんとインターネットで調べちゅうよ」
    「ぐっ……」
    「おんしはまっこと、流行りの電子機器の扱いが苦手ながにゃあ」
    「流行りモノはオレで十分なんだよ。あんな薄い板指で叩いてるよりも、オレを振りかざす方がかっこいい!」
    「使えんもんは時代遅れじゃ」
    「やんのかてめぇ……」
     信号は既に青に変わっており、チカチカと点滅し始めた。
    「ッ、勝負は後だ。急げ陸奥守!」
    「言われんでも……!」
     付喪神であってもきちんと交通ルールを守るのは、審神者の教育の為か、ふたりの律儀な性格ゆえか。
     横断歩道を走り渡り終えた先で、陸奥守のメモを再び見つめるふたり。
    「今じゃと左は工事中。右に曲がって遠回りせにゃいかん」
    「仕方がねェ。右に行ってやるよ」
     和泉守は悔しそうに渋い顔をしたが、素直に右に曲がって歩みを進めた。
    その様子に陸奥守はエヘンエヘンと嬉しそうに頬を緩める。






    第三章  喫茶店で一休み


    「……暑い……ッ!」
     和泉守は苛立ちながら太陽を睨みつけ、袖から着物とお揃いの赤と黒の扇子を取り出し、パタパタと音を鳴らして乱暴に仰ぎ始めた。
    額に汗が浮き出て、耳の裏辺りから首筋に汗が流れ落ちる。
    不快感は最大限だった。
    「そぁがに汗かいて放っちょいたらいかんぜよ。汗疹が出来きゆうと痛痒くてたまらんき、ちゃぁんと拭きや」
    「拭いてぇが、ハンカチがもうビショビショなんだよ」
    「うっわ汚い、なして顔に近づけてくるが! 替えのハンカチぐらい持ってこんかべこ」
    「んだよ、お前なんか拭くもの持ってンのか? 言っておくが、てめぇの汚ぇ青海波の手拭いなんざ、渡してきようものなら斬り刻んで捨ててやるからな」
    「誰がおまんに渡すか」
     陸奥守は着物と同じ波模様の扇子を取り出してパタパタ仰ぐ。
    暑さに比較的強いのか、陸奥守は和泉守ほど汗を滝のように流してはいなかった。
     街路樹のないアスファルトの道は照り返しが酷い。
    黒は熱を吸収しやすいので、髪も着物も黒い和泉守は、灼熱の太陽の熱を一身に浴びて我慢の限界だった。
     和泉守がピタッと立ち止まる。
    続いて陸奥守も和泉守の横に立ち止まって、どうかしたのかと顔を向ける。
    「……おい」
    「なんじゃ」
    「あそこの看板、喫茶店じゃねえか?」
     和泉守が指さす方へ視線を向けると、今歩いている真っ直ぐなアスファルトの道沿いに『カフェ・クイーンローズ』と描かれた木製の看板が見えた。
    「ほうじゃな」
    「入ろうぜ」
     和泉守が数分前から口数が減り、息切れをしながら足取りもフラフラしていた。
    その事に気づいた陸奥守は、和泉守の提案に即賛成した。
     本当はあまり寄り道するなと主から言いつけられていたが、任務遂行の為には隊員の体調を気にかけるのは大切な事。
    それに陸奥守自身もそろそろ水分補給がしたかった。
     決して和泉守が個人的に心配だからではない、任務の為じゃと自分に言い聞かせて陸奥守は和泉守と看板の方角に向かって歩いた。

     カフェ・クイーンローズは元は西洋風の邸宅であり、現在はデートスポットとして雑誌に載っている。
    もちろんふたりは知らない。
     看板の近くまでたどり着くとレンガの道になっており、店先におしながきの書かれたボードが置かれていた。
     ふたりは立ち止まって一通り目を通す。
     定番ローズソルトアイスと、今日は日替わりランチで夏野菜カレーがおすすめらしい。
     ミントブルーの壁に白い窓。
     建物はバラの木に囲まれていた。
     ドアには凸凹が特徴のガラスの窓がはめられ、黄金に輝くドアノブが付いていた。
     和泉守はそのドアノブに手を伸ばして丁寧にドアを開いたた。
    カラン、とベルが控えめに音を奏でた。
    「いらっしゃいませ」
     中からニコニコと愛嬌のある従業員が出迎えてくれる。
    「何名様ですか?」
    「ふたりで」
     和泉守が答えると、
    「こちらへどうぞ」
     店員は店の奥の席へふたりを案内した。
     案内された席は、小物や本、花が飾られた棚で仕切られ、半ば個室のようになっている。
     ふたりの他に客はいなかった。
     英国のアンティーク調の白いテーブル。
    その脚先まで細かな彫刻が施されており、滑らかな表面は照明が反射していた。
     そのテーブルに合わせたアンティーク調の一人掛けソファーは、落ち着いた雰囲気が漂う革張り。
    座ると尻の方が後ろに下がって太ももの位置が上がる斜面のある作りになっていた。
    深く腰掛けたふたりの前にキンキンに冷えた水がシンプルなウォーターグラスが置かれる。
     和泉守はすぐにグラスを持ち上げ、ゴクゴクと咽喉を鳴らしながら水を飲み切った。
     陸奥守もグラスに唇をつける。
    グラスを傾けた拍子にカランと音を立てて氷は回り、グラスから手に伝って水滴が流れ落ちた。
     和泉守はおしぼりを広げると、手だけではなく額や首周りも拭いた。
    それを見た陸奥守は、オヤジくさい、と思いつつも汗の不快感はよく分かるので、同じように額や首周りをおしぼりで拭いた。
     和泉守はテーブルに置かれたメニュー表を広げると、陸奥守にも読めるように横向きにした。
    「昼もまだだったし、何か食おうぜ。何にすっかな~」
    「この暑さじゃ。スタミナと塩分が大事ぜよ」
    「ローズかつカレーとローズソルトアイスか」
     まるで軍議をするように、メニュー表を捲り指をさして話し合うふたり。
    「わしはボードにあった夏野菜カレーにしようかのう。お、チェリーの乗ったクリームソーダも美味そうじゃ」
    「クリームソーダか、いいな! アイスと一緒に……は、流石に冷えすぎるか」
    「けんど食べたいやろう? わしがクリームソーダでおまんはアイス注文しとうせ。シェアするぜよ」
    「まぁ、腹が減っては戦はできねぇ。ここは手を組んでやる」
     ふたりはガッシリと握手を交わした。
     和泉守がテーブルに置かれたベルを鳴らすと急ぎ足で店員が注文を取りに来た。
    「ローズかつツカレーひとつと、ローズソルトアイスをひとつ」
    「デザートは食後になさいますか?」
    「はい、お願いします」
     その後和泉守は陸奥守に「お前の番」といった意味で目線を合わせる。
     陸奥守は和泉守のアイコンタクトを受け取ると自分の注文を始めた。
    「夏野菜カレー一つ、クリームソーダ一つ。同じく食後でお願いします」
     店員は注文を取り終えるとふたりの注文を復唱し、厨房へ戻って行った。
    「しかし、お前と喫茶店に来る羽目になるとはなぁ」
     和泉守は頬杖を突きながら窓の外を見つめる。
    「ひとまず休戦じゃ」
    「あぁ」
     ふたりの間に沈黙が訪れると、店内に流れる優雅なクラシックがよく聴こえた。
     昼だというのに客がいない。
    今日は朝から最高気温を更新しており、人間は誰も出歩いていないのだ。
    野良猫も涼しい場所に隠れ、カラスや雀すらも見かけない。

     陸奥守は椅子を立ち、棚にある本の中から雑誌を一冊選ぶと自分の椅子に戻っていった。
    特にやることのない和泉守は、気だるそうに頬杖を突いたまま、陸奥守に話しかけてみることにした。
    「それ、なにが書いてあるんだ?」
    「これはこの辺の観光名所が載っちゅう雑誌じゃな。今月の行事、花火大会の事も載っちゅうよ」
    「へぇー」
    「お、和泉守! えい店見つけたぜよ」
     陸奥守は声を弾ませながら、和泉守の前に雑誌を開いて見せた。
    「……帽子屋?」
    「そうじゃ。おまんは黒髪やき、余計太陽の熱がこもるじゃろ。カンカン帽買わん?」
    「へぇー、結構洒落てるな」
     和泉守は雑誌の記事を眺めながら満更でもないといった様子で答える。
    「主や本丸の皆への土産はここで買うかの」
     陸奥守は夢中になって雑誌を捲り、随時和泉守に提案する。
    「花火大会……」
     和泉守は花火大会が気になっているようだ。
     陸奥守はページをペラペラと捲り、花火大会の特集記事を開く。
    「おおっ! ラッキーじゃ。今晩見られるぜよ!」
     和泉守の頬が緩む。
    「日没まで時間あるし、どっかで暇つぶししようぜ」
    「ちくっと現在地からは遠いけんど、日帰りが出来る温泉があるぜよ!」
    「お、いいねぇ。この汗も流してさっぱりしたいからな」
    「えっと、バスは……おお! こん近くにバス停あるみたいじゃ!」
    「けど時間あるか?」
    「時刻表は……次は十四時ちょうどじゃな」
    「今の時間は……っと」
     和泉守は壁に掛けられた時計に目をやる。
    「十二時半過ぎか。余裕だな」
    「おん! 決まりじゃ」
     そうして話し合いを進めるうちに店員がトレーに料理を乗せてやってきた。
    「うまそう」
    「ほいたら、いただきます!」
     ふたりは手を合わせた後、銀の先割れスプーンでカレーとライスを共に掬い、大きな口に突っ込んだ。
    「……うめぇ!」
    「ん~~」
     カツは肉厚でじゅわっと口いっぱいに旨味が広がる。
    一緒に食べたスパイシーな香料の辛口のカレーも濃厚な味わいで、ライスもふっくら炊かれていた。
     夏野菜カレーは、薄切りの牛肉のほかに、ナスやトマト、オクラや玉ねぎが大きくカットされてゴロっと入っている。
     ふたりは食べる事に集中して次々に頬張り、あっという間に完食した。
     空になったお皿を下げられ、次にデザートが運ばれてくる。
     和泉守は目の前に置かれたローズソルトアイスの器を、すぅーっと陸奥守の前に差し出す。
    「約束だからな。先に一口食え。スプーンは自分の使えよ」
    「当り前じゃ。おんしと間接キスしとうないぜよ」
     そう言って陸奥守も和泉守の前にクリームソーダを差し出した。
    「あ、ストロー、もう一本貰っておけば良かったな」
     再びベルで店員を呼ぼうとした和泉守を、陸奥守は制止する。
    「もうすぐ十三時半になりゆう。時間のロスじゃ。この際、酒の回し飲みと同じっちゅう事にしてそのまま使いや」
    「はぁ? 本気で言ってんのか?」
    「但しちゃあんと拭いちょき」
    「……仕方ねぇ」
     和泉守はアイスをひとくち食べ、ストローでひとくち飲んだ後、備え付けの紙ナプキンでストローを拭いた。
     陸奥守は戻ってきたクリームソーダからストローを人差し指と親指でつまんで引き抜くと、アイスと緑色のソーダ水を混ぜて、グラスに口をつけて飲んだ。
    「てめぇ……」
    「なんじゃ」
    「オレの口付けたストローを汚ぇモンみたいに扱いやがって」
    「なに言っちゅう。こうすれば間接キスにならん。今、閃いたぜよ」
    「オレの口は汚くねぇ! おら食えよ!」
     和泉守は自分のスプーンで塩アイスを掬うと、陸奥守の口の前に突き出した。
    「いらんぜよ! しわい!」
    「ははぁん? さては、照れ隠しだな?」
    「べこのかぁ! 何を言い出すが」
    「じゃあ、食えるよな? オラどうした」
    「やめぇや! 間接キスさせようとすなや」
    「お前の口より汚くねぇ」
    「おおん? おんしの口より綺麗に決まっちゅう!」
     意地になった陸奥守はクリームソーダのアイスをひと口掬うと、和泉守の口元に差し出した。
     両者睨み合ったまま微動だにせず秒針の針が進んでいく。
     クリームソーダの入ったグラスは雫がコースターの上にぽたりと落ち、氷が溶けた拍子にカランと鳴った。
     ふたりは同時に壁時計の方角に瞳だけ動かす。
    バスの時間までグズグズしてる暇はなかった。
     再び両者睨みつけながら目線を交わし、僅かに手が震えそうなのを堪えて、それぞれの前に差し出されたスプーンを口の中に迎え入れた。
     そのあとは黙々と自分の選んだデザートに集中して器を空にする。
    ふたりは結局間接キスをしてしまったことに内心悶絶していた。








    第四章  ふたりでバスに乗る



     アイスを食べ終わった和泉守は、ぶるりと身震いした。
    汗も引いて、冷房の効いた空間にずっといるので身体がだいぶ冷えたらしい。
    「そろそろいぬるぜよ」
     陸奥守は伝票を手に席を立つ。次いで和泉守も椅子から腰を上げた。
     ふたりはレジに並んで立つと、自分の食べた金額分の金貨をトレイへ出して会計を済ませた。
     カラン、とベルを鳴らしながら出入り口のドアを開く。
    一気に蒸し熱い空気の壁がふたりに向かって押し寄せた。
    「だいぶ涼んだとはいえ、あっちぃなァ」
     和泉守は日差しに顔を顰めながら扇子を取り出し、顔に日陰を作った。
    「ほうじゃいずみ、走るぜよ」
    「えっ、あっ、オイ!」
     陸奥守に手を掴まれながら下駄を鳴らして小走りになる。
    「もうバス来ちまうだろ?」
    「帽子! このすぐ傍に店があるんじゃ!」
    「帽子なんて別に……」
    「いかん! おんしは髪が黒いき余計熱が籠るじゃろ。帽子ばぁしかぶらんでどないするがよ」
    (あれ? いま“いずみ”つったか? っていうか手! ……別にいいんだけどよ)
     自分よりも遥かに体調を気にかけてくれる陸奥守。その様子を見て手を振りほどく気力は失われてしまった。

     サッと帽子屋に入ると、陸奥守の視線に止まったカンカン帽がふたつ。白い藁で編まれたカンカン帽は黒の帯が巻かれている。
    「この色、わしらの軽装に合わせてもそがぁに浮かんじゃろ」
    「ふーん。ま、いいんじゃねぇか?」
    「自分で選ばんで平気か?」
    「オレはバスが気になってんだ。それにまぁ、お前の見立てを信じてやるよ」
    「ほうか! ……うん、サイズもピッタリじゃな! おおの、はよ会計済ませんと」
     店から出たふたりの頭には揃いのカンカン帽が乗っていた。
    「おっ、頭のてっぺんの熱が少しマシになった気がするぜ」
    「ほんまか!?」
    「あぁ。そんじゃ、走るぜむつ!」
     今度は和泉守が陸奥守の手をとり、全力で駆け出す。
    十四時ちょうどに停留所にレモン色の丸みを帯びたバスが到着した。
    陸奥守の手を引きながらバス入口の階段を一段飛ばしで登り切るとドアが静かに閉まった。
    そのまま中央にある二人掛けの椅子へふたりは腰を下ろした。
    「間に合ったな」
    「あっ! わし窓際がえい!」
    「はぁ? ったくそっから見えるだろうが」
    「えーー」
     そんなに窓際が良ければ、席はどこも空いているのだから適当に座ればいいと和泉守は思ったが、口にはしなかった。
     何となくふたりで行動を共にすることが慣れてきたと感じていた為、今更別行動を取らなくてもいい気がしていたのだ。
    すると陸奥守が閃いたと言わんばかりに手のひらに握り拳をポンと置いて目を丸くした。
    「ほうじゃ。席が空いちゅうから別々に座るかの」
     こんな時まで以心伝心かよ! と和泉守は内心つっこみを入れつつ、黙って陸奥守を引き留めた。
    「ここに居ろ」
    「えー、何でじゃ」
    「お前すぐどっか行っちまうからな。隊長には隊員の監視義務があるだろう」
    「誰が隊長なが?」
    「誰って、オレだろ?」
    「ずっとわしかと思っちょった」
    「はぁ? ありえねぇだろ。隊長はカッコイイ方が映えるからな」
    「わしかてかっこえい」
    「ぬかせ。てめぇはどっからどう見ても田舎モンの芋侍だろうが」
    「おんしは田舎のヤンキーぽく見えゆう」
    「んだと?」
    「ほれその目付き! ガラが悪いちや」
    「くっ……、お前が怒らせる様なこと言うからじゃねぇか」
    「おんしも大概失礼やきね。さっき“むつ”ち呼んじゅう時はこじゃんと優しい目ェしちょったがやのににゃあ!」
     和泉守の体温が急上昇して頬がカッと赤くなった。
    「んお? 顔が真っ赤になってしもうたのう。さてはおんし、照れちょるな!」
     陸奥守のニタニタ笑いをすごい剣幕で睨み返すも、赤い頬のせいで無効であった。
    「もういっさん“むつ”ち呼んどうせ」
     普段の喧嘩の腹いせにと、ニタニタしながら陸奥守はどんどん窓際に和泉守を追い詰める。
     羞恥心が一周回って怒りに変わった和泉守は、陸奥守の肩を指が食い込むほど強く掴むと顔を近づけ、その耳に吐息を混ぜながら甘く囁いた。
    「む、つ」
     思いがけない美声が耳奥に吹き込まれ、耳たぶを真っ赤にさせながら思わず和泉守を突き飛ばしてしまう。
     ゴンッ と窓へ和泉守は頭をぶつけた。顔の前にずれてしまったカンカン帽をかぶり直す。
    「おい!」
    「耳元らあて言うとらん」
    「だからって突き飛ばすこたぁねぇだろ」
    「おんしと居るとのうが悪い」
    「あぁ?」
    「おんしの傍に居るとすぐカアッとなって体中が熱ぅてかなわん。きっとストレスのせいじゃ。それに、おんしの顔見ちょると頭がやわになりゆうからうまく喋れん。近寄るがも避けたいぜよ。自分が自分じゃのうなってしまう。やき、わしはおんしが嫌いなんじゃ」
    「オレだってなぁ! てめぇを見てると心の臓がやけに早いっつうか。病気にでもなりそうなくらいバクバクしちまって体が熱いんだよ。隣でじっとしてると落ち着かねぇ。喧嘩でもしてた方がマシではあるが、主はまた妙な主命寄越しやがる。ったく、どうすりゃいいんだよ……」
     和泉守はムスッとしながら窓辺に肘をついて景色に視線を移す。
    田園風景と昔ながらの民家を見送っていると、少しずの様子が栄はじめた。
    ようやく温泉街へ入ったのだ。
     和泉守が腕を伸ばして降車ボタンを押した。
    “次、止まります”という無機質なアナウンスが社内に流れる。
    金貨を投入口にいれて降りると、まばらながら人が行き来していた。
    「見てみぃ! 提灯がずらっと飾り付けられちょる!」
     陸奥守はバスでの喧嘩も忘れて興奮しながら和泉守に呼びかける。
    「あぁ、花火大会の準備か? 風流じゃねぇか」
     和泉守も祭りの雰囲気に高揚し、腕を組みながら胸を躍らせていた。
     石畳の道は突き当りの大きな神社の鳥居まで伸びている。道の脇は土産屋、飲食店、宿などが並んで建っていた。夜になれば出店が現れてより賑やかになるだろう。
    「よし、まずは宿だな」
    「温泉も入りたいにゃあ」
     ふたりの下駄がカラン、コロンと軽快な音を奏でる。
     上空は積乱雲が急速に発達し、巨大なカリフラワーのような雲が出来ていた。
    涼しい風が土産屋に並ぶ華やかな風鈴を一斉にちりりんと鳴らす。








    第五章  露天風呂付き客室



     旅館の目星を付ける為、ふたりは街中の甘味処や土産屋を物色しつつ歩き回った。ふたりの手にはいつの間にか温泉まんじゅうやハート型のおせんべいが握られていた。
    「すげえよな、この猪目型のせんべい」
    「猪目やのうてハート型じゃ。写真映えするっちゅう代物ぜよ」
    「ふーん。ま、そんな代物に頼らねぇでもオレはいつでも映えてるからな」
     和泉守はせんべいを二つに割って、片方を陸奥守に渡した。
    陸奥守は大きな口でせんべいを頬張り、満面の笑みでボリボリと粉砕した。
    「しっかし、だいぶ雲行きが怪しくなってきたなァ」
     和泉守が見上げる先には黒く分厚い雲が広がり、雷鳴も少しずつ迫ってきていた。時折木の枝を揺らすような突風が吹き上げる。
    「降り始める前に宿決めようぜ」
    「ほうじゃのう」
     少し歩みを早めながら坂道を登ると、葉紋という旅館が見えてきた。
    「はもん?」
    「刃文みたいじゃな!」
     ふたりは言葉の響きが気に入り、この旅館に決めた。
     入口外装はごく普通の瓦屋根で六階建ての旅館だが、客室に豪華な露天風呂が付くなどカップルに人気の宿泊施設だった。もちろんふたりはその事を知らない。
     自動ドアが開きロビーに足を踏み入れた瞬間雷が落ちた。空気を切り裂く爆音が鳴り響き、それを合図に滝のような雨がけたたましく降る。
    「危なかったな」
    「うひゃー、危機一髪じゃのう」
     フロントへ向かって空室を確認すると、最上階の梅という部屋が空いているらしい。恋人プランなら割引が使えるそうだ。
    「恋人って……」
    「えいやか。こがなもん形式やき。それに少しでも安く抑えたいやお?」
    「……それもそうだな。じゃあこれで」
     梅と書かれたタイルの付いた鍵を渡され、エレベーターに乗り込む。
    チンッ とベルが鳴りドアが開くと、そのフロアには僅か四つしか客室がなかった。
     柔らかい絨毯を踏み長い廊下を突き当りまで真っ直ぐ進むと、目当ての客室を見つけドアに鍵を差し込んだ。
     間取りは入ってすぐ右にトイレがあり、目の前には十畳ほどの和室が広がる。壁際には六十インチの液晶テレビが備え付けられていた。
     和室に入って左の障子を開けるとそこは洋室になっており、クイーンサイズのベッドが外を眺めるように二つ並んでいる。
     ベランダは露天風呂が置けるほどゆとりのある空間が広がり、しっかり屋根も伸びているので今の雷雨でもあまり濡れていなかった。この空間と部屋は曇りのない透明なガラスの壁一枚で仕切られていた。 
     青々とした竹の葉がベランダの手すりに迫る。
     ふたりはどちらが先に露天風呂に入るかジャンケンをして決めた。
     勝った陸奥守は大はしゃぎでベッドの上に軽装をポイポイと脱ぎ、露天風呂の左脇に設置されている曇りガラスで覆われたシャワールームへ向かった。
    和泉守は脱ぎ捨てられた軽装を端を整えながら折りたたむ。ついでに着替え用に備え付けの浴衣を二着、洋室のクローゼットから取り出した。

    「丸見え……」
     ベッドに足を投げ出して寛ぐも目の前は露天風呂とシャワールームなので居心地が悪い。曇りガラス越しには陸奥守が頭を洗っている姿が見えている。
     はぁ、とため息を零しつつ和室へ退避した。テレビをつけて用意された茶菓子を開けていると、バンバンとガラスを叩く音がする。「なんだ?」と見に行くと陸奥守がガラス窓に両手をつけながら、和泉守の事を上機嫌に呼んでいた。
    「いずみ! 雨凄いのう!」
     四角に形取られた黒の大理石の浴槽から胸筋、腹筋、下半身ぎりぎりを晒しながら立っている。
    「こんな夕立の中よく呑気に入ってられるな。寒くねぇか?」
    「むほほ。いい湯加減じゃ!」
    「へぇへぇ。そりゃよかった」
     風呂から上がった陸奥守は和泉守の用意してくれたバスタオルに包まれガハハと笑う。
    「こじゃんと楽しかったぜよ!」
    「んじゃ、オレも入るか。あんまジロジロ見んなよ」
     そう言って和泉守も軽装を脱ぎ、シャワーを浴びて露天風呂に浸かる。
     視線を感じて振り向くと、陸奥守がじっとこちらを真顔で眺めていた。
    「何見てやがる」
    「話し相手が居らんとつまらんぜよ」
    「テレビでもつけりゃいいだろ」
    「うーん。にゃあ何か話しとうせ」
    「何かってなんだよ」
    「おんしとは本丸じゃしょっちゅう喧嘩しちょってまともに会話できんかった。けんど今やったら落ち着いて話せる気がするぜよ」
    意外な言葉に和泉守は目を丸くしたが、確かにこんな機会は中々ないと思い、静かに瞼を閉じて普段素直に言えない気持ちを己の中に探した。
    「お前と喧嘩以外の会話方法がよく分からねぇ」
    「今日は結構普通に話しちょったやか」
    「そうなんだけどよ」
     和泉守は湯を両手で掬って顔を浸した後、雫を手の平で拭い、ふぅーっと深く息を吐いた。
    「今日は非日常的だから、色んなモノに気を取られて普通に会話できるのかもしれねぇな。けど、明日帰ったらその後はまた、お前とは殴り合いの喧嘩になっちまうかもしれねぇ」
    「おんしは、わしと喧嘩しとうないがか?」
    「……分からねぇ。喧嘩するのが当たり前みたいなとこあったし」
    「ほにほに」
    「お前は? オレの事憎たらしくてぶん殴りたくなるか?」
    「ほうじゃのう……。時と場合によるかのう……」
    「だよな。喧嘩のない会話ってぇのが意識するとむず痒いっつうか」
    「わしら野蛮じゃな」
    「まったくだぜ」
     ふたりは苦笑する。
     いつの間にか雷は遠くへ逃げて雨が上がり、夕陽を映したオレンジの雲と、七色の大きな橋が掛かっていた。
    「おい、こっち来いよ。虹が出てるぜ」
    「ほんまなが!?」
     陸奥守は浴衣を着たまま露天風呂のあるベランダへ裸足で駆けて出てくる。
    「ほあーー。すっごいぜよ」
    「こんな立派な虹めったに見れねぇぞ」
    「ほにほに! 夕焼け雲も綺麗ぜよ」








    第六章  花火



     十八時になると部屋に夕飯が運ばれてきた。食前酒や美しく盛られた前菜、刺身、和牛ステーキなどが和室の机の上に次々に並べられてゆく。
    「ほいたらとりあえず乾杯するかの」
    「おう」
     カチャッ と軽くグラスを合わせて一気に食前酒を流し込んだ。
    「ッはぁーーっ いただきます!」
    「いただきます! うまそうじゃ」
     ふたりは箸を持ち手を合わせると、さっそくご馳走に箸を付ける。
     その頃、少し開けた窓の外ではお囃子と花火の音が鳴り始めた。
    「これ食ったら見に行こうぜ、花火」
    「おん! ほんに祭りの音っちゅうがはえいのう。夏じゃ夏!」

     フロントに鍵を預けて外へ出ると薄暗くなっていた。
     ふたりは出店で売られていたケミカルライトの腕輪に心を惹かれ、今日の記念にと水色、オレンジの腕輪をそれぞれ二本ずつ買うことにした。
    和泉守の色と陸奥守の色のケミカルライトが二本、腕で隣り合い共に光る。
     出店の群れが途切れ大きな橋の所までやってくると、花火見物に来た家族出れや若いカップル集団が見えてきた。
     和泉守と陸奥守も橋の空いている場所に陣取り花火を鑑賞することにした。
     彩鮮やかな菊花火や牡丹花火が打ちあがり、数秒遅れでドン、ドン、と破裂音が木霊した。
     陸奥守はふと、和泉守が大砲が嫌いな事を思い出してチラリと隣の顔を覗き込む。
     花火に夢中になって目を輝かせる和泉守は打ちあがる花火の光に照らされて楽しそうに頬を緩ませていた。
     いらぬ心配だったと胸をなで下ろし、陸奥守も花火に視線を移す。
     和泉守は陸奥守がちゃんと楽しんでいるのか気になりこっそり横目で隣の顔を盗み見る。
     八重芯菊が打ちあがると同時に陸奥守の顔もぱぁっと明るみに晒され、楽しそうに見上げる大きな暁色の瞳がキラキラと反射した。
     和泉守は思わず陸奥守の顔を凝視する。
    ——とんでもねぇ綺麗なモン見ちまった。
     喧嘩している時の顔ばかり覚えてしまって、こんな雰囲気の中にいる陸奥守は普段と違う顔を見せてくるので和泉守は驚いてしまう。
    「どういた? いずみ」
    「いや、なんでもねぇ」
     “まもなく有終の美を飾るスターマインの登場です”というアナウンスが川辺に響いた。いよいよ花火大会も終盤だ。
     連続して打ちあがる花火に照らされて周囲は昼のように明るくなる。
     ふたりの目には花火とお互いの横顔が焼き付いた。
     花火大会が終わり、和泉守と陸奥守は人の流れに合わせて帰り道を黙って歩く。
    隣り合って花火を鑑賞したり歩く事が急に気恥ずかしくなり、妙な緊張感からまた喧嘩したくなってきてしまったのだ。
    ——まずい。このままじゃ喧嘩吹っ掛けちまう。
    ——こらめった。気まずいのう……。
    「ほうじゃ! わし頭冷やすき、ちっくと遠回りして帰るぜよ! ほいたらまたあとでのう!」
    「は!? おいこら、待ちやがれ!」
     和泉守の伸ばした腕をひらりと避けた拍子に車道へ少しはみ出してしまった陸奥守。車のライトがこちらへ走ってくる。
    「陸奥守!」
     咄嗟に陸奥守を捕まえて腕の中に仕舞うと歩道側にグルッと反転した。車はふたりを避けつつ去って行った。
    「ばかやろう!」
    「すまん、けんどこがな体制は嫌じゃ」
     陸奥守は和泉守を押しのける。
    「くそッ、また喧嘩しちまったじゃねぇか。黙ってついて来い」
     陸奥守の手を強引に繋ぐと、苛立ちを隠さない荒々しい足取りで夜道を歩く。
    その間陸奥守も仕方なく手を繋がれ引っ張られながら歩いた。
     繋いだふたりの腕には揃いのケミカルライトが光っている。







    第七章  短い夜



     旅館のロビーに着くと、和泉守は陸奥守の手を離した。そしてそのままフロントで鍵を受け取りエレベーターに乗る。陸奥守も和泉守に置いて行かれないようついて行った。
     部屋に戻るまで和泉守はずっと不機嫌だった。
    今は話しかけるのもやめておこうと思った陸奥守は、知らん顔を貫いた。
     ふたりが部屋に入ると自動で部屋の照明が付き、オートロックのドアは鍵が掛かった。
     和泉守は和室のテーブルに鍵を放り出すと洗面所に向かい手を洗う。
    陸奥守も手を洗おうと和室の座布団で順番待ちをして和泉守と入れ違いに手を洗った。
     和泉守は目も合わせずベッドに向かい、うつ伏せに倒れる。もう今日はこのまま寝てしまうつもりだろう。
     陸奥守も手を洗い、洗面所と和室の電気を消してベッドに向かう。
    洋室の夕陽のようなメイン照明を消し、枕元の小さな照明を付けた。
     和泉守は寝返りをして陸奥守に背を向ける。陸奥守は自分のベットの上に胡坐をかいて座り、和泉守を見つめた。
    「いずみ」
     呼びかけに返事は無い。
    「さっきは、ありがとう。いずみ」
     抱きしめられた事に気を取られて礼を言えていなかったことを思い出し素直に気持ちを口にする。
     和泉守は変わらず黙ったままだった。
    「今日は楽しかったぜよ」
     ひとり言の体で和泉守に話しかける。
    「オレも」
     和泉守がボソッと呟いた。
     陸奥守はごろんと横になった。
    「おぉ、本丸の布団よりふかふかじゃの!」
     和泉守は寝返りを打ち、楽し気に笑う陸奥守の方を向いた。
    「この布団欲しいよな」
     和泉守も笑みが零れた。
    「こうしてる時は全然喧嘩しねぇし、普通に喋れんのにな」
     和泉守は枕を抱きかかえる。
    「温泉の時も今も、体の緊張が解れちゅう時は大丈夫やに」
    「……なんでお前見ると緊張したりしちまうんだろうな」
    「嫌いっちゅうことやお?」
    「うーん。どうも違う気がすんだよな」
    「違うて?」
    「なんっか心の中に引っ掛かるっつうか。何て言やいいんだ」
    「嫌いやないち言うたら、好きなが?」
     その言葉を聞いて和泉守は急にまた体中に熱が籠った。
     陸奥守も自分の発した言葉にカアッと赤面してしまう。
    「いや、この話やめようぜ。嫌いとか好きとか背中がムズムズすらぁ」
    「ほにほに。もう寝てしまお」
     照明を消すと旅の疲れもあってか、ふたりは直ぐに眠りについた。

     深夜、和泉守はふと目を覚まして陸奥守の方を向いた。陸奥守は掛け布団を蹴とばして寝息を立てている。
    「ったく、しょうがねぇな」
     和泉守はゆっくり起き上がると、陸奥守に蹴とばされた布団をかけ直してあげつつ、その寝顔を覗き込んだ。
    「……むつ」
     小さく呼びかける。それだけで己の鼓動が騒がしくなった。
    「陸奥守……」
     そっと癖毛に触れて優しく撫でてみた。
     コツンとおでこを合わせると、消え入りそうな声で呟いた。
    「いつもごめんな、陸奥守」
     それはいまだに言えていなかった謝罪の言葉だった。
     本当はずっと前から他の男士と同じように仲良くしたかった。けれど、和泉守にとって陸奥守は他の男士と同じ存在ではなかった。
     何故そうなのかずっと分からなかった。嫌いだからという理由で喧嘩するには、あまりにも心の中に甘い気持ちが残っている。
     しかし今日一日を共に過ごし、先ほどの陸奥守の一言でようやく分かってしまった。
    ——どうしようもなく陸奥守が好きだ。
     何処に何時惚れたのかは覚えていない。そして己の記憶が正しければ、恐らく両想いなのだろう。
     バスで陸奥守が言っていた言葉を思い出す。
    『おんしの傍に居るとすぐカアッとなって体中が熱ぅてかなわん』
    『おんしの顔見ちょると頭がやわになりゆうからうまく喋れん』 
     だから嫌いなのだと陸奥守は思っているらしかった。
    「ばぁか」
     陸奥守の頭を撫でながら困ったように和泉守は笑った。
     伝えるにしても、陸奥守に気持ちを自覚してもらわないといけない。
     きっと最初は戸惑って逃げてしまうだろう。そうはさせるものか、絶対に想いを白状させるまで逃がさない、と和泉守は強く心に誓った。
    「好きだ、陸奥守」
     今はまだ練習だと自分に言い聞かせながら、寝ている陸奥守に囁き声で愛の告白をする。
     ままならない気持ちを抑え、いつか喧嘩せずに互いの想いを伝え合う事を夢見て、いまはそっと陸奥守の唇を奪った。







    第八章  土産と墓参り



     翌朝。揃いのケミカルライトの光はほとんど消えてしまっていた。
     ベッドの上でしょんぼりと落ち込む陸奥守の気を紛れさせようと、和泉守は露天風呂での朝風呂を提案する。
     露天風呂に交互に入った和泉守と陸奥守は、軽装に着替えて朝食バイキングに向った。その頃にはすっかり笑顔が戻る陸奥守。
     朝食後は部屋に戻り揃いのカンカン帽を頭に乗せる。
    チェックアウトを済ませてふたりは温泉街に出発した。
    本丸へ持ち帰る土産を探すつもりだ。
    「おおの、いずみ! わしら墓参り忘れちゅう!」
    「げっ、忘れてた」
     ふたりは土産の菓子類を買い込んだ後、再びレモン色のバスに飛び乗る。
    目的の寺に着く前に、和泉守は陸奥守へこっそり買っていた土産物を渡した。
     白い小さな紙の包みの中から出てきたのは、蓄光素材で作られたハート型のキーホルダー。
    「なんじゃこれ」
    「太陽の光や照明の光を集めると、夜光るんだとよ」
    「どういてハート型ながよ」
    「猪の目型は縁起がいいだろ? 災いを追い払って福を招くからな!」
     あまりに堂々と自信たっぷりに言う和泉守を見て、陸奥守は吹き出してしまった。
    「んだよ。いらねぇなら返せ」
    「いんや、ありがたく頂戴しますき」
    「ふん。最初からそう言え」
     陸奥守は腰元のベルト式ポーチにそれを付けた。本丸に着くまでに沢山光を吸収させて、夜に自室を暗くして眺めるつもりだ。
    ——光る腕輪の代わりに、買うてくれたんじゃな……。
     和泉守は窓際の席を陸奥守に譲っていた。きっとそれも昨日のやり取りを覚えててくれたからだろう。
     バスが寺の最寄りのバス停に着いた。
    ふたり揃って門をくぐると大きな百日紅の木が出迎えた。広がる枝から円錐状にがくを六つのばし、赤紫の小柄で縮れた花びらをつけ、それがいま満開に咲き誇っている。
    「ほぉー、見事じゃな」
     陸奥守が百日紅に近寄って、幹の滑らかな木肌を撫でた。背後に和泉守がやってきて手を伸ばし、同じように木肌に触れる。そして撫でるように動かしながら陸奥守の手を掴まえると、ふたりは動かなくなってしまった。
     木漏れ日の中でじっとしていると、ふたりの時間が止まりそうになる。
    「……墓参り、しねぇとな」
     名残惜しそうに陸奥守の手から離れて水場に向かう。
     線香の香りが辺り一面に漂う。和泉守が蛇口を捻り、桶に水を汲んでいると陸奥守が大人しく歩いてきた。
    「なんだ? 暑くてへばったか?」
    「おん、暑い。げにまっこと暑いちゃ」
     陸奥守は口元をへの字に曲げてキッと和泉守を睨むが、和泉守は穏やかな顔をしている。
    「どういてこがなことするがじゃ! 胸がこじゃんと苦しくなりゆう……。おまんはわしをどうしたい!?」
    「そうだなぁ」
     和泉守はキュッと水を止め、ゆっくり振り返って陸奥守と向き合う。
    「この暑さをずっと感じていたいし、お前にも感じていて欲しい」
    「はぁ!?」
    「オレは好きだぜ」
    「暑いのが好きなが?」
     その問いかけには答えず、和泉守は桶と水杓を持って主に頼まれた永代供養の墓石に向かう。後ろに陸奥守もついてきた。

     墓参りを済ませると帰還の時間がやってきた。出発の時と同じ空間の歪みがふたりの前に現れる。
    「おら、帰ろうぜ」
    「忘れもんはないかえ?」
    「大丈夫だ。お前こそ平気か?」
    「平気じゃ。土産も買うたしのう」
    「じゃ、帰るか」
     空間の歪んだトンネルをくぐり抜けると、見慣れたいつもの本丸に到着した。
    「なぁ、陸奥守」
    「なんじゃ? いずみ」
    「どうして急に“いずみ”って呼ぶようになったんだ?」
    「呼びやすいからかのう」
    「オレも“むつ”って呼ぶぜ?」
    「好きにしとうせ」
    「おう!」
     和泉守はニカッと笑って玄関を開けた。
    「ただいまーーッ」
    「ただいまじゃ!」







    エピローグ


     和泉守と陸奥守がふたりきりの遠征を終えて一か月後。
    本丸の目安箱に投げ込まれたふたりへの苦情はかなり減った。
     しかし時折、“弟達の目の毒”や“夜、声が漏れている”といった新しい苦情が出てきている。
     陸奥守は今でも和泉守のくれたキーホルダーに光を集めては、夜になると自室でこっそり鑑賞している。
    和泉守は夜たまに陸奥守の部屋に遊びに行き、そのキーホルダーの光を一緒に眺めることがある。
     ふたりの自室の押し入れには揃いのカンカン帽と、光らなくなったケミカルライトの腕輪が大切に仕舞われていた。
    時々痴話喧嘩も始めるが、仲直りをするのも早くなった。
    もう手入れ部屋の世話になるほどの殴り合いの喧嘩はしていないようだ。
     和泉守と陸奥守は今夜も同じ布団の中に入り、キーホルダーを見つめて光る猪の目だと言って笑い合う。
     陸奥守の瞼が重そうに瞬くと、和泉守がすかさず唇を重ね合わせた。
    近頃は寝る前に口を吸うのが、ふたりの決まり事になっている。
                                   終

























    あとがき
    ここまで読んで頂きありがとうございました。
     執筆中何度もふたり、と書く所をいずむつと書きそうになりました。
    いちゃつく二振りも大好きですが、恋人になる前の喧嘩するところを
    じっくりゆっくり妄想出来て楽しかったです。
     ここの和泉守と陸奥守は恋を知ってひとつずつ愛し方を覚えていくまでが長めです。戸惑いや照れもあって時間が掛かるのかなと思います。
     彼らは付き合う前にキスもして無自覚にイチャイチャしていましたが、それはそれとして。
     もしまた機会があれば、告白して両想いになるエピソードも書けたらいいなと思っています。
     夏は、いずむつ!                  LUNAPY
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    DONE和泉守兼定×陸奥守吉行
    【あらすじ】
    和泉守と陸奥守は普段から喧嘩ばかり。解決策として二振りに遠征が命じられる。
    【お断り】
    この本は刀剣乱舞のファンフィクション(二次創作)です。
    実際する団体・個人・歴史など全く関係ありません。
    全て書き手が楽しく妄想した作品です。
    閲覧、購入によって気分を害した又は何らかの被害を受けたとしても責任を持ちません。
    それでは始まります。楽しんでいただけますように。
    【web公開】酷暑の遠征、ふたりきり。 プロローグ

    「おおっ、遠征部隊が! 遠征部隊がもんてきちゅうね!」
     お決まりの台詞を発しながら玄関先に元気よく飛び出したのは、今日の近侍・陸奥守吉行だった。
    帰還したのは、季節の収穫物である鯵を釣りに行っていた和泉守兼定、堀川国広、長曽祢虎徹、浦島虎徹の四名。
    「はあ? 今日の近侍おまえかよ!」
    「わしかておんしなんぞ出迎えしとうないぜよ。ほがなお綺麗な着物で釣りち、よぉ行けるのう」
    「馬鹿にすんじゃねえぞ。オレはなぁ、今日5匹も捕まえたんだ! これで景趣交換も捗るし、主だって大助かりってもんよ! なぁ国広!」
    「そうだね兼さん!」
    「おんしはまぁた堀川くんを手伝わせちゅうがじゃろ?」
    「違エ! オレが釣れなくて困ってたら、こっちで引いてるよって竿を交換してくれただけだ!」
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