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    真央りんか

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    真央りんか

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    神ミキ。できてない。オータムでパーティのある日。他作品とは繋がってません。オリジナル営業モブがいます。

     オータム主催のパーティは、いささか砕けた空気だった。出版関連だとどこもこういうものだろうか。立食形式で用意された料理が開放されると、大人の節度を保ちつつ人が群がった。ラフな格好の人が多いのは、作家の率が高いからかもしれない。自分もその中の一人であるが、最初の波が引くのを待って、神在月シンジは慎重に料理を選んだ。おいしくて、普段食べてないような料理はありがたいけれど、そんなに量は食べられない。ローストビーフは良い肉が薄切りのところが良いとしつつも、その一枚を取るかどうかすら迷う。普段は高くて手が出ないフルーツを食べられるのは嬉しい。
     本来の目的である、同業者や編集者への挨拶もこなしていく。仕事先のオータム出版社のある都内まで出やすい環境でもあって、神在月はわりとこういう場に出ている方だとは思う。だが積極的に話をしにいくタイプではないので、最初の接触がうまくいかないと壁際でぽつりとするのも珍しくはない。互いに編集者を介さないと会話が続かないような同業者も多く、相対すると申し訳なさと同病相憐れむ感情が湧くが、たぶんお互い様だろう。
     たまに体の細さを心配されてもっと食えなど善意で言われても、軽いやりとりで済むように皿には常に少しだけ残して食べ続けているふりをする。アルコールも、気が乗ってビールのグラスを取り、少し飲んではみるがこの場で酔うのは怖い。こちらもどうにか半分減らした状態で残しておき、あとは何度か水を取りにいった。
     いつもと違う一日の、面白くはあるが緊張する時間は、今日は比較的落ち着いていられた。視界の端に、親友がいるからだ。
     ホールスタッフの一人として、三木カナエがいる。オータムでも臨時編集者として働くことのある三木だけど、今日の彼の雇い主はオータムではなく、会場のホテルだ。
     背が高く黒服もこんなに似合っているのに、誰の目も引かない。三木を知っているクワバラですらだ。今日はオータム繋がりではないという判断で、あえて声掛けしてないのだろうか。まさか気付いてないのだろうか。
     あまりにも目で追いすぎていたからか、三木が神在月を見た。少しムンとした表情になると、僅かに顎を動かした。見てないで、誰かと話でもしろということだ。
     神在月が了承に顎を引いて、誰かいないかと視線をさまよわせチラッと戻すと、三木は目元を緩めた後、すっと仕事中の顔に戻った。
     これ以上三木の気を散らしてはいけないし、かといって知っている人とはだいたい挨拶をした。先程は…などと言ってもう一巡りしないといけないだろうか。いつも通りおとなしく隅でカナッペを食べてようか。
     神在月が開けた会場でひきこもり計画を立てていると、不意に
    「神在月先生」
     声をかけられた。
    「うひゃい」
     驚いたまんまの声が出てしまい、そちらを見れば見覚えがあるようなないような感じの人がいた。
     オータムの営業と名乗った相手に、神在月は何度も頭を下げる。直接挨拶したことはなかったが、書店で自分の漫画を見かけると心の中で感謝している相手だった。
     以前の書店用販促グッズを気に入ってくれたのだという。書店員さんにも評判良かったんですよ、というのも合わせて営業用のお世辞としても、否定するのもおかしいし、その時の販促グッズは神在月がやる作業はなかったので礼を言うのもおかしく、「いや、はい、どうも」とオドオド応えた。
     地元作家として売り込むのに、新横浜の書店にも直接足を運んでくれているらしい。なかなか勇気がある。
    「地元、を多少広くとらえて神奈川県内何ヶ所か回らせてもらってますけど、新横浜パナイっすね」
     どの辺がどうパナイのかは伝わってこなかったが、営業部もまたオータムの一員なのはよくわかった。
     営業職に適しているのか、神在月がなかなか話を広げられずにいてもうまく話を繋いでくる。すげえ、とその話術をどこか他人事のように聞いていたせいで、ぼんやりしてしまったようだ。
    「あ、先生、グラスあいてますね」
    と言われた。中身を少し減らしすぎただろうか。かなり炭酸が抜けてしまってるので、そこも気遣ってくれたのかもしれない。
     おかまいなく、など口を挟むまもなく、さっとホールスタッフに声をかけて新しいグラスと交換してくれた。なみなみと注がれたそれに、ありがとうございます、と情けない笑みを浮かべる。
     この場で口付けた方がいいよな、と弱り果てていると、料理の並んだテーブルでちょっとした声があがった。オータムパンに変種が混じっていたようだ。攻撃性が高い上、周りのパンを取り込んで大きくなっていくのが見える。
     大勢が、神在月の目の前の相手も、そちらに気を取られた。
     悲鳴よりも気合いの声の方が多く飛び交う騒ぎの中、耳元で静かな声がした。
    「グラスをお取り替えします」
     脇から伸びた手が、ビールのグラスをすっと炭酸水のボトルに取り替える。神在月は自分の傍らに立つスタッフを見つめ、
    「ありがとう、ございます」
     礼を言った。ミッキー、は唇の動きだけで付け加える。
     三木は表情こそ崩さなかったが、一瞬動きが止まった。それから目礼だけして、その場を離れる。
    「編集部すごいなあ」
     さすがオータムというべきか、営業マンは呑気に観戦している。編集者が数人がかりで次々と巨大なオータムパンに挑む周囲には、スマホで撮影する者もいる。野次馬のように漫然とせず、その場その場でアングルを変えようとしてるのは、資料用にいろんな角度が欲しいからだ。神在月も、バトルの参考用に写真を撮るためもっと近づくか、と考えたところで気付いた。
     ホールスタッフは外部の人だから、オータムパンとバトルに怯えてみな壁際にさがっている。三木だけが、神在月より前にいた。ものすごく目立つ。これはさすがに編集者たちも三木の存在を無視できなさそうだ。
     だが、三木に参戦する様子は見えない。彼の今日の職業は、パーティのホールスタッフなのだから。なのに、なぜ。
     ひょっとして、と思った。
     写真は仕方ない。全体の構図だけ撮っておくことにして、神在月はわざとらしい声をあげた。
    「うひゃーこわいなー、編集さんにおまかせしましょうよ」
     そして営業を引っ張って壁際に避難する。
     すると、三木は後ろの様子を伺うように僅かに首だけ動かした。そして特に神在月に視線を送ることはなかったが、壁際にさがって他のスタッフたちにまぎれたのだ。
     自分の読みが当たって、神在月の心臓は激しく打った。脈打つ自分の鼓動が耳の辺りで聞こえる。指先が痺れるような感覚は、感動に近かった。
     占められる思考と乖離した動きで、傍にあったテーブルにトレイを置いてスマホを取り出す。読みが当たったことの興奮と、なぜそこまで興奮しているのかという疑問で頭の中がぐるぐる回る。脳の別の部分を使うせいか、目と手は自動で動く。写真を撮っていくうちに、耳鳴りしそうなほどの動悸は鎮まってきた。
     ほどなく編集たちが勝鬨をあげる。
     さすが普段からこの出版社と仕事をしている者ばかりだからか、会場はすぐに落ち着いた空気に戻った。他のホールスタッフたちと共に、三木も配置に戻る。神在月は最後にそこでシャッターを切った。
     三木にバトルへの声がかからなかったのは、外部の人間だからかもしれない。しかし、本当に誰も気付いてないのかもしれない。
     ただ神在月はわざわざそれを誰かに知らせる気はなかった。
     自分だけが見えている、三木カナエのいう個を誰にも教えたくなかった。

     「無事収まってよかったです。あのオータムパン、取ってきましょうか?」
     隣にいた営業部員は振り向いて、そこで神在月のドリンクが替わっていることに気付いた。
    「あれ…あっ、先生お酒お強くないんですね、失礼しました」
    「いえ、お気になさらず」
     神在月は落ち着いた声で受け応えて笑みを浮かべ、三木が渡してくれたボトルに口をつける。一口分の強めの炭酸が、口から喉を叩いていく。
     むせそうになりながら、神在月は浮かんでしまう笑みを止めることはできなかった。


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