二十年前で十代男子でこの性格なら、バレンタインに自分でチョコレートを買うなんてできなかった。
今の時世で今の年齢で今の職業で、なんの躊躇いもなく自分で買えるようになったのはいいことだ。
神在月の家のテーブルの上にいくつも積まれたチョコレートの箱は、どれもバレンタイン用の商品だった。
「ミッキー、食べてっていいよ。ていうか、全部あけちゃってるから、生チョコとか食べちゃって」
正直使う当てを明確に思い浮かんでいないものの、年に一度しか出回らない商品を資料としておさえておきたかった。
かわいいものからゴージャスさを感じるものまで取り揃えられたパッケージたちは、もれなく一度開かれて、中身もすべて撮影済みだ。
「じゃあいただく」
普段だったらまず買わないラインナップのなかでも、とりわけ奮発した小ぶりな箱を取って、三木は蓋をあけた。
三木がピックを手にしてそこで動きを止めたのを、画像を確認していた神在月は気付かなかった。
「そういえば、おまえ、前にあれやりたがってたな」
「んー、なに?」
「十一月」
「?」
「十一日」
カッと神在月の顔に血が上った。
昨年の十一月十一日。その日は、ポッキーを買ってきた。買ったときには、特に何かを目論んでたわけではない。その商品の日だと目に留まったのが意識に残っていたところに、ずらっと棚に展開されていただけだ。
ただその日はたまたま三木が来る日で、三木がポッキーの箱を持った瞬間、神在月の思考はポッキーゲームに取り憑かれた。めちゃくちゃに意識しながらも言い出せず、そわそわもじもじ挙動不審が続いたあと、いろんなことがあってポッキーは結局どちらの口に入ることなく、なくなってしまったのだった。
「いや、もう、忘れて」
「…忘れてほしいことなんだな」
「だって、あれ俺すごくかっこわるい」
言えなかったことも、言えないのをずっと見守られていたのも
思い出して身をよじっていると、ふーんと答えた三木は少し間を置いてから「シンジ」と呼んだ。
見れば、ピックに一粒刺して自分の口の前にかざし、
「やるより見るのが好きなんだっけ、女の子の? ぷっちょ?」
そういって、チョコレートをくわえてピックを引き抜く。
見せつけるように唇に挟んだまま、にっと目元が笑う。
「食べ、たいです、み…きカナエくんの、チョコ」
神在月の欲望がそのまま呻きとなって洩れると、
思わずといった感じで三木の口が笑いの形に広がる。笑った息が洩れる。
チョコを落とさせまいと神在月は一気に距離を詰めて、口を重ねた。
くわえるように開いた口からチョコを押し込められて、一緒に入ってきた舌を絡めあえば、柔らかなチョコレートは体温であっという間にとろけていく。頭の芯がしびれるような香が口の中に満ちる。フルーティってこういうのかと、ふくよかな香に思考を浸す。攻守反転でねっとりとする残りを押し返し、三木の口の中もチョコまみれにしてやると、唾を飲み込むゴクリとした音が聞こえた。
そうして互いを行き来しあう内に、チョコはすっかりなくなって、香ばかりが残るころ。吐息の合間に
「えっち」
と三木が笑うように囁く。
「君だよ!」
と心の中で神在月は叫び返した。