Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    ふすまこんぶ

    @Konbu_68
    ワンクッションイラスト/小説置き場

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 75

    ふすまこんぶ

    ☆quiet follow

    旦那氏×将軍話
    2人が「革命」を起こす話です

    誰も知らない革命(1)顔が熱くて、眠たくて、気分がふわふわする。ソファの上に寝転がって、携帯端末を手に取った。壁紙は妻がソファで爆睡している時の写真。大きないびきをかいて寝ていたのが面白くって、思わず写真に収めたものだ。
    ホーム画面のアイコンをタップし、アプリを開く。PaceBookという、昔からピリカで人気のSNSだ。テキストや写真を投稿できる、気軽に書ける日記アプリケーションと言えば良いだろうか。全世界へ向けて公開することもできるけど、自分の許可したユーザーにのみ閲覧させることも可能だ。
    娘たちに勧められ僕もPaceBookを始めた。最初はただ他の人の投稿を見るだけだったけれども、自分も何か書いてみようかなと思い至って、簡単な文章と妻の写真をアップロードしたんだった。
    ……そうそう、これ。僕の初めての投稿。「妻です」というコメントと共に載せた、ギルモアくんがソファに座って僕の小説を読んでいる時の写真。感想を聞いたことはないけれど、いつも黙々と僕の著作を読んでくれるのが嬉しくて、その横顔も綺麗だと思って、思わず写真に収めたものだ。それから時々、日常の写真をアップロードしている。日記の公開範囲は、自分が許可を出したユーザー、つまり子供たちや義家族だけに設定している。
    いつもお世話になっている編集担当さんから「ダンダ先生SNSやりません? 本の宣伝にもなりますし」と言われたこともあったけど、ファンの皆が喜ぶような投稿はできないだろうし断っている。妻との思い出や、遊びに来てくれた子供夫婦や孫たちとの写真をこうやって記録に残して、時々見返して楽しめればそれで良い。
    すい、すい、と指を動かしてこれまでの投稿内容を読む。妻と美味しいレストランに行った時の写真。次男一家と遊園地に遊びに行って、孫と一緒にメリーゴーランドに乗る妻。結婚記念日に買ったお揃いのコップ。朝起きた時、僕の隣で変なポーズで寝ていた妻。体調の悪い僕のために妻が作ってくれたリゾット。生まれて間もない孫を抱き上げる妻、などなど。全て数えたら何枚あるのかは自分でも分からない。そして、キッチンから撮影した、ソファにただ座っている妻。彼が出てくるのはその半年前の投稿が最後だ。
    妻はあの日を最後に家に帰って来ていない。喧嘩をしたわけでも、愛想を尽かされたわけでもない。それは断言できる。仕事でしばらく家に帰れなくなるのだと本人から説明を受けた。最後に2人で過ごした日、珍しく妻の方から甘えてきた。沢山キスをして、ハグもして、幸せな時間を過ごした。2人でずっと体を引っ付けながら眠った。翌朝起きた時腕の中は空っぽで、もうどこにも妻の姿はなかったけれど。
    妻はこの国の軍のトップだ。民間人である僕に言えないような、重大な任務を負っているのかもしれない。それこそ家にも帰れなくなるような、機密性の高い任務を。
    彼がピリカのために頑張っているのは分かっている。時々テレビにも出ているから無事なのも把握している、けど。
    「寂しいよ、ギルモアくん……」
    性に合わないのにやけ酒なんてしたからか、普段は胸の内に秘めている思いがこぼれてしまった。返事をしてほしい人は、ここにはいないのに。
    今までの投稿を眺めているだけで涙がじんわりと浮かんでくる。ギルモアくん、今どこにいるの、いつ帰ってこれるの。ベッドも、枕も、もう君の匂いが消えちゃったよ。1人で眠るのは寂しいよ。
    「ギルモアくん……」
    片目から涙がつうと零れ落ちる。端末を手に抱えたまま、老人はゆっくりと目を閉じた。



    起きた時にはもう翌日の昼前になっていた。二日酔いで軽い頭痛と吐き気もする。老人は虚ろな目で、空になった缶ビールをキッチンで洗っていた。酒を飲めば、多少はこの気持ちも紛れるかと期待したが、むしろ悪化したような気もするなあとため息をつく。
    缶の水気を切り、カウンターに並べる。できるのは妻の無事を祈ること、それだけだ。朝食兼昼食のシリアルを皿によそい、ソファにどさりと座る。そして、何の気無しにテレビを点けると。
    『PaceBookで話題沸騰! もしやギルモア将軍か!?』
    右上に表示されたテロップに、老人は目をまん丸くした。
    どうして妻の名前が?
    驚きのあまりスプーンを持つ手が止まる。番組はお昼のワイドショーで、若い女性アナウンサーが大きなスクリーンを指差しながら説明していた。
    『こちらが話題のPaceBookアカウントです。このように、ギルモア将軍と思われる人物が写った写真が合計で200枚も──』
    スクリーンに映し出されていたのはPaceBookユーザーのアカウントホーム画面だった。アカウント名は「ダンダ」、アイコンはコップの写真。3年前の結婚記念日に妻とお揃いで買ったものと酷似している──否、まさしくダンダ本人のアカウントであった。
    見覚えしかないその画面に一瞬思考が停止するも、老人は慌てて自身の端末の電源を入れようと試みた。だどうやら充電が完全に切れてしまったらしく、画面はうんともすんとも言わない。充電ケーブルに繋ぐがすぐには復活せず。
    そうしている間にも、テレビで次々と投稿写真が紹介されていく。身内用にと作ったアカウントだったから、人の顔を隠すなどの加工処理は行なっていない。デカデカと妻の顔が映し出されている。
    「あ〜どうしよ……やばいぞ、これはやばい……」
    作家にあるまじき貧弱な語彙を呟くことしかできない。ソファの上で頭を抱えていると、ようやく端末の電源が入った。急いでロックを解除、アプリを開く。電話やメッセージの通知が2桁程来ていたが今は後回し。PaceBookにログインすれば、やはり公開設定が「全てのユーザー」に変更されていた。元の設定に戻し、ふうと息を吐く。時すでに遅し、ではあるがそのまま放置するよりはマシだ。
    アプリ内にも多くの通知が来ていた。知らない人間からの「いいね」やコメント、新聞社やテレビ局からのダイレクトメッセージ。端末本体の通知を見れば子供たちから電話が来ていた。
    今日は休日だ。グループ通話を呼びかければ応えてくれるかもしれない。家族のグループチャットを開き、通話ボタンを押す。
    『ちょっとパパ! テレビ見たけどどういうこと!?』
    開口一番に長女が叫ぶ。
    『父さん鍵掛けてたよね? 何でオープンになってんの?』
    と次男。
    『あはは、ママの爆睡写真テレビで紹介されてる〜』
    と笑う三女。
    気難しい顔をした長男と呆れたようにため息をつく次女。
    「いやあその……お騒がせして申し訳ありません……」
    PaceBookには子供や孫たちの写真も投稿していた。顔写真が全世界に発信されたとなれば良い気はしないだろうと、深々と頭を下げる。
    『何があったんだよ、アプリのバグとか?』
    口を開いた長男に、気まずそうに頬を掻いて答えた。
    「いや、う〜ん……多分自分でやったんだと思うんだけど……」
    首を傾げる子供たち。目をあちこちに彷徨わせながら老人は言った。
    「お酒飲んで酔っ払ってたから、覚えてないんだ……」
    『酒? 珍しいね』
    長男は一瞬驚いたように言ったが、すぐに黙って口を引き結んだ。子供たちは察したのかもしれない。妻が半年の間、仕事で帰ってきていないことを彼らは知っている。
    と、次男が口を開いた。
    『テレビ局の知り合いで政治部の奴らからせっつかれてるんだよ。写真に俺映ってたろ? あのギルモア将軍とどういう関係だって。しかもこのダンダって小説家のダンダ先生じゃないのかって色んな人から連絡がさあ……』
    大手の出版会社に勤める次男は疲れたような顔で言った。
    「ごめん……」
    もはや謝ることしかできない。出版社の宣伝部に在籍する次男は、その仕事柄マスメディアの人間の知り合いは多い。
    『ああいや、別に父さんに怒ってるわけじゃないよ。写真アップロードして良いって言ったのは俺だし……ま、たった一晩でこんなに拡散されるなんて、流石ベストセラー作家は違うなあ』
    次いで長女と次女が声を上げた。
    『誰かがパパのアカウントを見つけて、そのことを他のSNSで言いふらしたとか?』
    『インフルエンサーが拡散したのなら有り得なくはない気もするけど』
    PaceBookは情報が拡散されないSNSだ。他の人の投稿を見るためにはアカウント名で検索しなければならない。他者との交流機能もない、閉鎖的なSNSだ。
    だがアカウント登録をしていなくとも、ブラウザから特定のアカウントを見に行くことはできる。検索エンジンで「ダンダ」と文字を入力すれば、おそらくPaceBookの自分のアカウントページが検索結果に出てくるだろう。
    『ママは何か言ってなかったの?』
    末娘の発言に、ぴたりと挙動を止める。
    「聞いてない、し……向こうからは何も。仕事で忙しいのかも」
    そう思ったのは事実だが、もうひとつ理由がある。
    聞くのが怖い。こうやってテレビに取り上げられているぐらいだから、妻の方にも取材が行っている可能性もある。
    テレビ画面を見れば、「アカウント主はあの小説家ダンダか!?」と字幕が表示されていた。アナウンサーやタレントたちが、小説家「ダンダ」とピリカ軍の「ギルモア将軍」の関係性について口々に言い合いっている。写真と共に「妻です」の文字を添えた投稿がいくつかあるから夫婦関係ではないかだとか。小説家の方はファンの間では愛妻家で有名だが、実は妻の性別は明言していないだとか、いやこれはディープフェイクではないかだとか。
    スキャンダルでないとはいえ、これだけ世間が大騒ぎなら妻の職場に迷惑がかかっているかもしれない。案の定、アナウンサーが背後のスクリーンを指差したその先には、軍に問い合わせたところ回答を差し控えるとの旨が書かれていた。
    どうしよう、ギルモアくんに、ギルモアくんの職場に迷惑をかけてしまった。今はきっと、国家機密レベルの大事な任務の最中で、家に帰れないくらい忙しいのに。
    これくらいのアクシデントで任務に差し障りが出るかどうかは分からない。マスコミの興味だって明日には他所に移っているだろう。しかし、どうにも嫌な予感がして、老人はテレビの電源を落とした。



    その日のうちにPaceBookの件について謝罪の連絡を入れた。2週間経った今でもテレビは未だに妻を追いかけているし、彼からメールの返事は返ってこない。
    幸いにもこちらの居所は割れていないらしいけど、念のため、外に買い物に行くには帽子や眼鏡を身につけることにしている。いつもお世話になっている出版社の方にもマスコミが連日押し寄せているようで、先日編集部の人たちに菓子折りを渡しに行ったばかりだ。「いやあ先生のせいじゃないですし」「てか先生PaceBookやってたんですね! フォローして良いですか?」と穏やかに迎えてもらったのはとても有り難かった。
    しかし、軍のトップの家庭事情というのは、2週間も取材対象を追いかけまわす程のものなのだろうか?
    ダイニングテーブルの上に置いた紙袋を見やる。いつでも謝罪に行けるように、デパートの菓子売り場で購入した饅頭の詰め合わせだ。妻の好む店の新作である。
    ちゃんと謝罪に伺いたいがいつなら都合が良いかと尋ねたものの向こうは無反応。もしかしてメールも見れない程忙しいのだろうか、それとも敢えて無視されているのか。
    怖い。自分のアカウントが世間に衆目に晒されたことよりも、妻に今もなお面倒をかけていることが。僕のせいで大事な任務が上手くいかなくなって、この星に何かあったらどうしようと、不安ばかり膨れ上がってしまう。
    ソファの上で膝を抱えていると、机の上に置いた端末からピロリンと軽快な音が聞こえた。メールの通知音だ。恐る恐る画面を覗き込んだ老人は、ハッと息を呑んだ。



    「ここが、ピシアの本部……」
    明るい色合いの街にそびえ立つ、黒色で覆われた不思議な建物を見上げ老人は呟いた。つい最近、ピリカの情報機関として設立された組織、ピシア。その中枢となる施設の前に立っていた。立ち上げに妻が尽力したとニュースで聞いているが、何者をも拒むような重々しい雰囲気の建造に足がすくむ。
    菓子折りの入った紙袋を肘にかけ、老人は自身の頬を両手で叩いた。
    しっかりしろ、自分がしてしまったことの責任ひとつ取れなくてどうする。
    妻から返されたメールには、謝罪に来たいなら来ても構わない。時間もいつでも良いと記されていた。ようやく「ギルモア将軍」とアポイントメントを取れた老人は、彼がいるピシア本部へと向かったのであった。
    正門の前には緑の隊服に身を包んだ男が3人立っていた。そのうちの1人がフランクに手を上げたのを見て、びくりと肩を震わせる。
    「父さん、俺だよ、ヨナンだよ」
    え、と目を丸くした老人の前で、その男はヘルメットを脱いだ。間違えるはずがない、ギルモアとダンダの長子であった。しかし彼は陸軍の所属だったはず。
    「ヨナン!? えっ、何でピシアに!?」
    彼は少し困ったように笑った。
    「いやあ、ハハ、色々あって転属したんだ。新しい組織だから、ここの隊員は皆、元々軍の人間でさ」
    「そ、そう……」
    「母さんから話は聞いてる。それじゃ、案内するから着いてきて」
    ヘルメットを被り直した息子の後を追い、老人は正門を通り抜けた。



    建てられて間もない、真新しい施設の中を歩き、エスカレーターに乗り、また歩く。その先に、応接室とプレートが提げられた扉があった。
    「ギルモア将軍はこちらでお待ちです」
    門で会った時とは代わり、息子の口ぶりは畏まったものになっていた。木製の扉を二度ノックする。
    「ギルモア将軍、ダンダ様をお連れしました」
    息子から敬称で呼ばれるというのは何ともむず痒い心地になるものだが、それ以上に緊張と不安が大きかった。
    扉の向こうからくぐもった声がした。ヨナン隊員は扉を開け、老人を中へと促した。
    恐る恐る扉を潜る。真っ赤な絨毯が敷き詰められ、奥の壁には大きな抽象絵画が飾られている。部屋の真ん中には黒いローテーブル、その両サイドにラベンダー色のソファが鎮座している。その片方に、紫色の軍服に身を包んだ老男が座っていた。
    背後で扉が閉められる。ダンダはごくりと唾を飲み込み、一歩、また一歩と踏み出した。と同時にギルモアが立ち上がる。ダンダは目線を下に向けたまま、テーブルのすぐ側で立ち止まった。
    「ギ、ギルモア将軍」
    足がカタカタと震える。妻をこう呼ぶのは初めてだ。
    「こ、この度はご迷惑をおかけして申し訳ありません!」
    勢い良く頭を下げ、紙袋を前に突き出す。相手から応答はなかったが、紙袋の持ち手を持っていかれる感覚に顔を上げる。
    「座れ」
    軍人の声は穏やかだった。ダンダはおずおずと、ギルモアの向かい側のソファの端に腰を落とした。
    自分たちは夫婦だが、今はただの一個人ダンダと、軍のトップである「ギルモア将軍」として相対している。一体どんな話をされるのかと身構える。
    が、ギルモアはそのままソファに座らず、テーブルのそばを通り、ダンダが座るソファの背後を歩いた。そして……ダンダのすぐ隣に、どかりと腰を落とした。
    ダンダは目をぱちくりとさせた。ギルモアは紙袋から箱を取り出した。ローテーブルの上に置き、蓋を開けて「ほお」と感嘆の息を吐いた。整列された饅頭のうち一つを手に取り、包み紙を開いた。ギルモアが薄く桃色づいた饅頭を口に頬張り、もぐもぐと食べる様を、ダンダは呆気に取られた顔で見つめていた。
    その視線に気づいたのか、ギルモアは隣の老人の方を向いた。
    「お前も食べろ」
    「でも、これは……」
    困惑する老人の手を掴み、ギルモアは強引にその掌に饅頭を握らせた。ぽかんとした顔のダンダにはお構いなしに、二個目の饅頭に手を伸ばす。
    「……迷惑をかけられたとは思っとらん」
    ギルモアの言葉に、ダンダは僅かに目を丸くした。
    「マスコミに少々群がられたぐらいどうってことないわ」
    ギルモアはまた言葉を継いだ。
    「それから……『仕事』がひと段落した。今日、帰る」
    ダンダは緩やかに垂れた目を見開いた。
    「本当……?」
    小さな呟きに対し、軍服に身を包んだ老人は呆れたように鼻で笑った。
    「お前に嘘を言ってどうする」
    冷たく震えていたダンダの胸の内に、じんわりとあたたかいものが広がった。氷が溶けるように、冬が終わりを告げるように、強張っていた体から力が抜ける。老人は妻に握らされた饅頭の包みをそうっと開け、中身を口の中に放り込んだ。優しい甘さが口の中に広がる。
    既に饅頭を三つも平らげたギルモアは言った。
    「ム、茶が要るな。ダンダ、グリーンティーで良いか?」
    まるで家にいる時のようなざっくらばんな物言いに、夫は口元を綻ばせた。(続)
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏👏👍👍👍👏❤❤❤💯
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works