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    鶴田樹

    @ayanenonoca

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    鶴田樹

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    狼の🏍くんと山羊の🚜くんの🚜🏍です。
    リハビリなので大目にみてほしいです!!

    【彼は遠吠えを知らない】

    上ってくる太陽の光が山の稜線をくっきりと顕わにしていく。

    峻険な山々の中でいっとう高く聳える小鑓に立つのは、キラキラと朝露に濡れる真っ黒な一頭の狼。

    神々しくて麗しい孤高の存在。

    だけど僕に彼の側に立つことは赦されない。

    だって僕は山羊だから。

    山羊は狼に捕食される力関係だから。

    僕が彼の前に姿を見せれば僕らの関係は一瞬で始まって終わる。

    追われて、食べられて、それまで。

    だから今日も僕は彼の姿を眺めてるだけ。

    少しの畏怖と憧れの眼差しで。

    後光を一身に浴びた彼はマズルを高く上げて空に向かって叫ぶポーズをした。

    「…あぅ、うー、ぁおー!」

    え?

    今の、なんだろう。

    彼が発する甘えるような声。

    寂しそうに誰かを求めてる声。

    君は何を思って空に向かって叫んでいるの?

    彼の精神を知りたい。

    彼の心に触れたい。

    そしてある日僕は、

    禁忌を犯したんだ。



    「こんにちは、狼さん。」

    足音を消さずに歩み寄ったのは念の為。近づくまでに警戒されたらいつでも逃げれるようにね。僕ら山羊の脚は山岳向きだから、岩場に逃げて、コースさえ間違わなければ逃げ切れる。ルートだってちゃんと頭に入ってる。

    それに、ちゃんとタイミングも見定めた。狼さんはさっき狩りに成功して、大きめの兎を平らげていた。今なら大丈夫。僕の直感がそう告げていた。

    狼さんはぴん!と耳を立てて僕を視界に捉えた。

    「おう!こんにちは!山羊さん。今日は風がきもちーな!」

    したっと立ち上がった狼さんはブンブンと尻尾を振っていた。これは狼が喜んでいる時の仕草。

    「山羊さんも風を感じに来たのか?」

    キラキラと輝く目が僕に向けられている。ギラギラとした捕食者の目じゃない。捕食される側にはそれがよくわかる。やっぱりこの狼さんは僕のことごはんだと思ってない。

    「ううん、僕は君とずっと話がしたかったんだ」

    「話?俺と?」

    狼さんは元から大きな目を更に大きく見開いた。へぇ、驚いた時こういう表情するんだぁ。不思議そうにこちらを伺っている。

    「そう、君と」

    「そっか!俺の名前は豊前江!よろしくな!」

    ぱぁっと明るくなる彼の表情。無邪気に僕とのやりとりを楽しんでいる雰囲気に、豊前なら大丈夫だという確証が強まる。

    「僕は桑名江だよお。よろしくね、豊前。」

    寒冷山岳地帯に生きる僕ら山羊達はみんな毛がふかふかで、特に僕は目にかかるくらい長い。だけど豊前にも僕の親愛の表情は伝わったみたいで、豊前は僕の方に駆け寄ってくると、僕の鼻と口を同時に塞ぐようにがぶっと噛みついてきた。

    ぶるっと全身に震えが走る。生命を脅かされる恐怖には抗いがたい。だけど僕はこれが狼の親交を深める行動だと知っていたから、後ろ脚がガクガク震えていたけどなんとか踏ん張った。

    「やっぱ怖えか?」

    「気持ちの方はへーき。だけど身体の方はどうしても。ごめんね。」

    「謝んなよ。そーゆーもんだってのは俺だってわかってっし…。本能には勝てねぇよな。でもぜってー桑名のことは食べない。約束する。」

    「うん、わかってるよ。豊前が僕らを食べないことは。豊前はいつも小動物を狙って狩りをしてるよね。」

    「俺だけじゃ食べ切れねぇからな。にしても本当によく俺のこと見てんのな。」

    「狼の生態をよく知ってないと僕たち簡単に食べられちゃうから、たまにフィールドワークして観察してたんだよ。だから僕の群れはすごく被害が少ない。天候とかアクシデントとかによっては死は避けられないけどね。」

    「そーなのか」

    「うん。だからもしかしたら豊前より狼のことよく知ってるかもしれない。豊前、君は小さい頃に群れをはぐれて一匹で生きてきたんだよね。違う?」

    豊前の瞳が揺れる。

    「あー、そーだな。そんで、今の今まで狼が、群れで生活するってことも知らなかったよ。」

    伏せられた目に、豊前の悲しみの密度を知る。

    「ずっとなんか寂しいなって思ってた。それって狼が群れで生活するイキモノだったからなんだな。」

    遠吠えが下手くそなのは教えてくれる親がいなかったから。それでも拙い遠吠えをし続けたのは豊前の中に生まれる寂寥を世界に吐き出さないと耐えられなかったからなんだろう。

    僕はずっと群れの中にいたからその孤独を身の内に飼うことはなかったけれど、豊前の今の表情を見たらすべてが伝わってきた。

    「今はすげぇ安心する。こんなの初めてだ。」

    豊前の表情がふっと緩んだ。大きな口から鋭い歯が見えたけど、不思議と怖くなかった。

    すり、とふわふわの尻尾が僕のしっぽを掬い取る。身体が近くて豊前の固い毛並みが僕にぴたりと寄り添う。さわさわと尻尾が僕のもこもこしたお尻を撫でる。
    ん…?この行動は…

    「ねぇ、さっきから気になってたんだけど豊前は僕と交尾したいの?」

    「こう…び?」

    「そう、交尾、繁殖行動。え、本当に伝わらない?子作りのことだよ。狼は尻尾を絡めてお誘いするんだよ、豊前が今僕にしてるやつ。」

    豊前の顔が、ばっっ!と真っ赤に染まる。

    全身の毛が尻尾まで空気を含んで逆立ってぼわっと身体が大きくなる。

    「こ…こづくり…?!」

    なんなん、そのウブな反応…!!
    豊前は若い雄だし、季節的にもそういう気持ちになってるのかなって思ったんだけど、まさかの無自覚?!

    「あとねぇ、言うべきか迷ってたんだけど、豊前はさっきからずっと尻尾を横に倒してるよね、それも雌の狼が交尾してもいいよってお知らせするサインなんだよ」

    「えっ…俺…いや、そんなつもりじゃ…!!」

    豊前は自分のお尻を振り返って、ぬったり倒れた尻尾を慌ててピンと立てた。

    「ホントに、桑名のこと怖がらせるつもりはなくて…!!」

    豊前は僕が思ってたよりずっとずっとお人好しですごく僕を気遣ってくれていて、豊前から危害を加えられるとは微塵も思わなかった。だけど僕の頭には別の危機感が浮かんできていた。

    「まずい!まずいよ豊前、君、全然狼の習性わかってない!!そんなんじゃいつか大変なことになっちゃう!!」

    豊前はあまりにも世の中を知らなさすぎるし、こんなに簡単に誰もを信じちゃってたら危険な目に遭いそうで放っておけない。

    「僕が教えてあげる。君自身のこと。他にも大地のことも世界のことも」

    それが僕たちの友情の始まり。

    その友情は割と早く終わりを迎えてしまうけど、その後は恋仲として側に寄り添い続けたんだ。
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