うさぎの年だから【うさぎの年だから】
「美味しい。うさぎ。歌」
「ラヴクラフトさん、それは兎を追った山という意味だからね」
今年の干支は兎である。
本館当番をしていた徳田秋声はいつの間にか背後に立っていたハワード・フィリップス・ラヴクラフトに驚きながらも、彼と話す。
秋声は閲覧館、帝国図書館でも本の貸し借りをやっている場所で仕事をしていた。帝国図書館は本来は図書の貸し出しをしていない図書館だったのだが、
対侵蝕者の前線基地として動き出してから数年後、貸し出しもやろうということになりスペースが出来た。閲覧館は通称であり別に正式名称がある。
「違う。違い、ますか」
「違うよ」
「飼う。聞きました。兎。以前」
「かなり前の話だね」
ラヴクラフトは身長が百八十センチを超えているが、中身は赤ん坊と言うか幼児のようなところはあった。周りとのふれあいによって、徐々に成長はしてきている。
秋声は最古参文豪であり、新しく転生してきた文豪は秋声のことを教わり何かあったら頼れとは教えられる。
文豪は全員で八十五人いる。兎を飼いそうになっていたことがあったのだ。
「飼わない? 兎」
「兎は繊細な生き物だからね。帝国図書館は別名、動物図書館になっている気がしないでもないけれども」
「動物図書館は否定が出来ませんがそれなら庭園図書館と呼んだ方がいいですよ。秋声」
「鏡花」
兎の話題をラヴクラフトに話そうとすると兄弟子である泉鏡花が咎めてきた。動物図書館を否定が出来ないというが、帝国図書館は猫や犬、鳥がいる。
猫の割合が多いが、動物図書館と言っても否定はできないのだ。これは彼等を転生させた特務司書の少女が猫好きだったからもある。
猫は図書館猫として世話をしていたり、引き取り先を探したりボランティアと連携していたりする。図書館は文化の発信地としているがそれを利用しているところはあった。
「紅葉先生が探している本がありまして、取りに来たらラヴクラフトさんと話していたのですね」
「兎、あちこち。置かれます。置いて、あります」
「今年の干支は兎ですからね」
「鏡花。兎」
「向かい干支だから、鏡花は実際は酉年なんだけどね」
鏡花と言えば兎であるが、迎え干支と言う風習にあやかって鏡花はうさぎグッズを集めたりしている。鏡花の干支は酉だが十二支を時計回りに並べると、酉の反対側は兎になる。
「飼いませんか。兎。前、聞きました」
「島田君たちが言ってきたものですか。アレは終わったのでは」
「終わったんだよ。その時の話をしようと思ってできなかったからね」
去年の、かなり前の話だったと想う。
ラヴクラフトが聞いてきたのは帝国図書館は猫や犬などの動物の面倒を見ているのに兎は飼わないのかという話だ。兎は繊細な生き物なので飼えないのだ。
これは面倒を見ている動物たちが繊細ではないのかというわけではなく、抱えきれないのである。
秋声が生前も、そして今も島田清次郎と見た目は清次郎よりも年下だがとてもしっかりしている小川未明が行きつけの隣町にあるおにぎり屋に行ったら相談を受けて、
その家を見に行ったら大量の兎がいた。一軒家に大量の兎だ。住んでいた夫婦が言うには二匹を最初飼っていたらしいのだが増えるに増えた。
多重飼育崩壊である。
家は阿鼻叫喚となっていて清次郎はとにかく帝国図書館に連絡を入れた。兎をどうにかするにはどうしたらいいと相談を持ち込まれた図書館スタッフは困ったらしい。
困るだろうとなる。
「僕にとって兎は大事です。しかし、生き物の兎の命の責任はとれません」
帝国図書館でも引き取るべきだろうかとなったが無理だとなり、とにかくボランティアに連絡をしたりとしてことは収めた。
「飼わない。選択。大事。聞きます。聞きました」
「一瞬、食用……? と来たけど却下だったからね」
「ふれあい動物園に頼んだりしていましたね」
飼う選択も大事だが無理は出来ない。無理をしすぎてしまえば動物が被害を受けてしまう。とにかく兎は引き取り手を探してどうにかした。
食用にはしなかった。兎は美味しいとはならなかったのだ。
「鏡花。師匠が探していた本はどれだい。探すよ」
「ありがとうございます。探している本は……」
話題もひとまず終わったので秋声は兄弟子の本探しを手伝うことにした。
「ラヴクラフトさん。終わったらポーさんのところに連れて行くからね」
「はい。ありがとう、ございます」
ラヴクラフトをきちんと送り届けることにする。これも大事なことだ。
「兎年ですので帝国図書館のユニフォーム案として僕はうさ耳パーカーを提案します」
「武者さん。それは着る人を選んでしまう」
本館当番が丁度終わったので、秋声は鏡花とラヴクラフトと共に談話室へと入る。ここにポーがいればラヴクラフトを引き合わせればいいし
いなかったら待ってもらいポーを探せばいいとはなった。談話室にポーはいなかったが武者小路実篤と有島武郎はいた。
「ユニフォーム? エプロンでは」
「安くすむし。エプロンをつけておけば良し。服装の規定が出来ない文豪だし、ってなったからね」
「新しいユニフォームを考えようということになったんですが、うさ耳パーカーがいいと想って。動きやすいですよ」
服装の規定が出来ないのは文豪たちの服装は個性的だからだ。図書館の当番は回ってくるが、本館当番でカウンターを担当する場合は文豪たちはエプロンをつける。
「パーカー?」
「引っ越し業者みたいな感じだね」
「それは商店街のイベントで着たりするものなのでは」
ユニフォームは大事だ。簡易として首からパスをぶら下げるというのもあるがエプロンがあった方がスタッフとして認識されやすい。
本館でも本棚を整頓したりする文豪は服装は自由だがパスはぶら下げるようにとは言われている。
「うさみみがあるとフレンドリーな感じに見えませんか」
「これ、来年だったらドラゴンパーカーになるのかな」
「再来年だと蛇かな」
「うさぎ、うさみみ? ぱーかー? 着ますか。私も」
干支でうさぎと言っていたがこれは今年の干支がうさぎだからであり、来年は龍で再来年は蛇だ。龍のパーカーを想像してみるが、
清次郎なら着そうである。かっこよいとか言ってだ。
「まだ案だからね。パーカーは……場所によるんじゃないかな」
「うさぎをパーカーにプリントでしょうか」
「猫。猫がいい。希望、します」
有島が案だとやや強調して、鏡花が案を出す。ラヴクラフトが割って入った。干支から離れるが帝国図書館は猫というところはある。
「なるほど。猫耳パーカーですね」
「耳から離れようよ」
フードに耳が着いてしまう。秋声は急いで言う。耳をつけることは、回避した。
【Fin】