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    秋月蓮華

    @akirenge

    物書きの何かを置きたいなと想う

    当初はR-18の練習を置いてくつもりだったが
    置いていたこともあるが今はログ置き場である
    置いてない奴があったら単に忘れているだけ

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    秋月蓮華

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    長めに書いたゲテボド風味でなおかつオリキャラとかもいる話
    ゆめきゅとぽめもいるしちゅやときゃろるとらんぼもいる

    伝わるオフィーリア【伝わるオフィーリア】

    「外は暑いな」

    シャルル・ボードレールは隣に座る少女に話しかけた。
    五月中旬、季節は春から夏に転がろうとしていた。ボードレールは長袖にズボンをはいていたが、長袖が熱さを倍にするのだ。
    コーヒーカップのコーヒーを一口飲む。彼はカウンターテーブルでコーヒーとケーキをたしなんでいた。
    ケーキはオペラ。チョコレートケーキだ。

    『温度が上がってきている』

    「また蝉が鳴き始めるのか。日本人はあれを夏の風物詩にしているが僕にとっては煩さしかない」

    隣に座っているのは幼女だった。砂糖菓子をそのまま服にしたかのような白いレースに水色を基調とした服を着ている。
    『不思議の国のアリス』をモチーフにしていると話していた。『不思議の国のアリス』はルイス・キャロルの著作だ。
    ――旅人君の友人だね。
    幼女はコーヒーカップに砂糖壺の中の砂糖を入れた。両手でコーヒーカップを抱えて飲んでいる。
    蝉は日本人にとっては夏が来たと感じさせる鳴き声を放つ生き物ではあるが、ボードレールからすると騒音だ。
    体の構造の違いが出ているらしい。日本人とヨーロッパ人との違いだ。

    『その前に湿気だ。梅雨が来るぞ』

    「湿度か……あれも敵だな。ところでジジイはまだ話しているのか」

    『会話してる。おじじはコーヒー豆について興味深く話しているな』

    夏よりも前にやってくるのは梅雨だ。ボードレールも日本の生活には慣れたものの、梅雨の湿度はきつい。
    ジジイとボードレールは気にした。幼女が耳を澄ませる。幼女……ぷち『くま』はおじじと呼んだヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの会話を聞いていた。

    「コーヒー豆は焙煎によって味が違うと言いますが、産地によっても変わり、興味深いですね」

    『火の入れ方と方法でかなり変わる』

    「図書館でも焙煎はしていたね。君、詳しいけれど」

    『最初は我がしていたが、忙しくなって、今は別の奴がやってる。おっさんに焙煎所作る許可を貰って作った』

    マスターは五十代ほどの男であり、この店は彼等の拠点である帝国図書館がある町の隣町にある。コーヒー専門店だ。コーヒーを淹れるための道具や
    各地の自家焙煎の豆を取り扱っていて、イートインもやっている。ボードレールとぷち『くま』とゲーテは散歩兼用事を済ませるためにこの店を訪れていた。
    ぷち『くま』は見た目は七歳ぐらいの幼児だがボードレールとしては見た目十代の姿の方が見慣れていた。
    外に出ている姿は着ぐるみのようなものだと本人が言っていた。『くま』とついているのは当初は黒くて大きなテディベア姿で出ていたからだ。
    帝国図書館も敷地の片隅にコーヒーの焙煎小屋があり、そこでコーヒーを焙煎していた。コーヒーは生豆に火を入れて焙煎をすることにより飲めるようになる。
    おっさんは帝国図書館の館長のことだ。

    「あんな大きな設備でやるのか」

    『少量ならゴマ入り器でも出来るし、ちっちゃい焙煎機もある。文豪によっては持ってる』

    ボードレールは倍前小屋を見たことがあるが、大きな機械があったし、コーヒーの生豆が入った麻袋や焙煎したコーヒー豆を入れる大きな瓶が室内にはあった。
    ぷち『くま』は自身が頼んだマスカットケーキをフォークで切り分けて口に入れていた。

    「お待たせしました。話し込んでしまいましたよ」

    「奢りだぞ」

    『おじじ。奢れ』

    三人が行動をしているのは、たまには外、帝国図書館の敷地外に出ろと言われているからだ。
    ちなみにこの店は正宗白鳥が懇意にしている店だ。彼はコーヒーが好きであり、三月の彼の誕生日の時はこの店でプレゼントを予約した。
    ぷち『くま』が引き取りに行こうとして心配されていたところ、ボードレールとゲーテがいたので一緒に取りに行くことになり、最近はこうして出かけている。
    ゲーテもケーキセットを頼み、ボードレールの隣に座る。

    「奢りますよ。昼過ぎには帰られますね」

    『昼飯どうする。近くにカフェがあるが』

    「前に寄ろうとしていたところは女将が倒れて、その後でマチチューカを食べた」

    「日本が文化を独自のものに変えるのは面白いです」

    昼食は料理長がいれば作ってもらえるし、帝国図書館の食堂でとるという選択肢もあるが、外で食べても構わない。
    このコーヒー店はケーキはあるが、もっと満腹になりたければ他の店に行けとになる。町中華は日本風にアレンジされた中華料理を振る舞う店で
    町に根付いている。三人で出かけるときは何度かあった。

    『何処もそんなものだが日本は謎アレンジが得意だ』

    「頼まれていたコーヒー豆や器具は帰りに引き取りましょう」

    朝早くに出かけて昼過ぎには用事を終えて帰宅が出来る。たまには帝国図書館の敷地外に出ることを彼等は実行していた。



    路面電車での移動もボードレールは慣れた。
    運転免許証があり、なおかつ車があればさらに移動範囲が広がるようだがボードレールはそこまで移動はしたくはない。

    「帰ったらコーヒーを淹れましょう」

    「美味く淹れてくれ」

    『夢野久作にチョコレートを渡してくるか。お茶うけに頼まれたのだ』

    帝国図書館がある町に路面電車が辿り着いた。
    文豪たちはたまに買い物を頼むことがあり、外に出る文豪や図書館スタッフが買ってきたりしていた。
    ゲーテが紙袋やスーパーの袋を持っている。
    ぷち『くま』も袋を抱えていた。

    「他にも買い込んだ。暫くは引きこもって暮らせるよ」

    「一週間に一度は敷地外には出るようにしなくてはなりませんね」

    「出ているときには出ているぞ。酒を買うために」

    『文豪では珍しくないが。……閲覧館か』

    三人で帝国図書館まで歩いていく。
    ボードレールもゲーテもぷち『くま』も引きこもりだ。意識をしていないと帝国図書館の敷地外に出ることは少ない。
    皆無でもいられる。
    帝国図書館は食料もあるし、引きこもろうとすれば引きこもれるのだ。

    「帝国図書館の本の貸し出しが出来る場所だね」

    『検索したら夢野久作がそこにいた。鍵システムを作ったのは我だし使うときは使う』

    転生した文豪たちは一本の鍵を渡される。楕円形の宝石が着いたその鍵は文豪宿舎の自室の鍵にして、捨てても文豪の手元に戻ってくる鍵だ。
    これで何処に文豪がいるのか分かる発信機の役割もある。何かあったときのために渡されていた。本の世界では使えない。
    通信機能もあるがほぼ使われず、発信機の機能もろくに使われない。
    使ったのは探すのが面倒だったからだろうとなる。

    「この帝国図書館は元々は、本は閲覧をするだけとは聞いていました」

    『あちこち機能改修とか、してるしな。貸し出しをし始めたのは数年前からだ』

    ボードレールもゲーテも初期のころから戦ってきたわけではない。初期のころから戦ってきたのは徳田秋声や織田作之助だ。
    秋声は最古参文豪、織田は初期文豪と言われている。何かあったときは秋声を頼れとは教わった。
    裏門から帰宅する。ゲーテが裏門の守衛にお土産として箱に入ったチョコレートを渡していた。

    「隣町にもいい店がある。気が向けば、カフェ巡りも良い」

    「どうしても近場ですませるようにはしてしまいますからね」

    『お前等も閲覧館に行くのか』

    「ついでだ。行ってもいいだろう。ここは本には困らない」

    裏門から入り、閲覧館はやや遠いが三人は歩いていく。帝国図書館はかなり大きい敷地をしていた。
    閲覧館とは通称で、この帝国図書館所属の者たちが使っているだけで正式名称は別にある。本の貸し借りが出来るため、賑やかなところだ。
    本館は閲覧だけしかできないが、貴重な本がある。開いている建物をアルケミストパワーなどを使って改修したらしい。
    三人は玄関口から入る。ぷち『くま』が夢野を探そうとしていたら、

    「良いか。『ハムレット』ってのはな、――みんな死ぬ話だ!!」

    自信満々にロビーに声が響いた。図書館では静かにと言いたいところだがこの辺りはロビーである。ぎりぎり煩くしてもいいかぐらいなのは
    三人にはあったが、それよりも、

    『……単刀直入なあらすじだな』

    「彼は……岩野?」

    「岩野泡鳴さん。ですね」

    「おっ、ゲーテにボードレールじゃねえか。それに……く……ちびも」

    ロビーには宣伝用や啓蒙用のポスターが壁に貼られている。ここから図書スペースに入れるのだ。ハムレットのあらすじを話していたのは岩野泡鳴である。
    ボードレールは彼のことを思い出す。ゲーテも直ぐに言えた。この場には学ランを着た男子生徒が二人、ブレザーを着た男士生徒が二人に
    セーラー服を着た生徒もいる。
    泡鳴は『くま』と言いそうになったが、少女を『くま』と呼ぶと問い詰められそうになったのでちびにしたようだ。

    「もっと『ハムレット』のあらすじを説明したまえ。みんな死ぬ話ならば『マクベス』も『リア王』も『オセロ』もそうじゃないか」

    「あらすじが、『ハムレット』……舞台が……フィンランドだっけか?」

    『デンマークだが』

    「日本では『ハムレット』とだけ言われますが、正式なタイトルは
    『The Tragicall Historie of Hamlet, Prince of Denmarke』”デンマークの王子、ハムレットの悲劇”
    ですからね」

    フィンランドとデンマークだと違いすぎる。ぷち『くま』が突き刺すように岩野の言葉を訂正した。ゲーテがさらに付け足す。
    周囲にいる学生からデンマーク? とか聞こえてくる。

    「ハムレットが復讐するかとか言って行動したら大体みんな死んだよな」

    「端折りすぎだ。それであっているんだが。何故ハムレットの話になっている」

    「文士劇でハムレットをするのと、絵描きの絵が、ハムレットの奴をモデルにしたのが書いてあって」

    あらすじとしてはあっているのだが、言葉がわずかに付け足されただけである。
    ハムレットの奴? と三人が疑問の持っていると岩野があそこだよ、と指をさした。そこには一枚の油絵が飾られていた。
    少女は水面に浮いていて、辺りには百合やアネモネなどの花がちりばめられている。鮮やかで毒々しい。

    「その絵に描かれているのはオフィーリアですよ。岩野サン。……皆さん。おかえりなさい」

    「ただいま帰りました」

    『頼まれたお茶うけのチョコだ』

    静かな水面のような声で話しかけてきたのは夢野久作だ。帝国図書館の案内人と言われている。人当たりがよく、図書館の利用客の案内係をよくしていた。
    中身はサイコパスであるが仕事ができる。ぷち『くま』が小さな紙袋を渡していた。

    「ありがとうございます。白鳥さんがコーヒーを取ってくると今日、出かけられましたので」

    「アイツ、姿を見ねえと想ったら南米に出かけたのかよ」

    「どうしてそうなるのです。そうなるようなひとは確かに図書館にはいますが、自家焙煎のお店を巡ってくるそうです」

    お茶うけと言いつつもコーヒーなのはお茶となっているが、コーヒーだろうが紅茶だろうがお茶にしようぜで飲むのが帝国図書館である。
    白鳥さんは正宗白鳥のことだ。コーヒー好きらしい。
    コーヒー豆を探しに産地に行ってくるぜみたいにやる文豪は皆無ではない。嬉々として行ってくる者もいる。

    「オレにもお茶うけはねえのか。なんでもいいぜ」

    「なんでも……それならこの……」

    「この?」

    「りんごチップスを君に」

    岩野がお茶うけを請求してきた。なんでもいいと言われたし、ボードレールは後で何か取り立てようと想いながら、袋からりんごチップスを取り出して
    彼に渡した。コーヒーを売っている店に果物チップスが売ってきたので買ってきたのだ。試食をしてみたら美味しかった。
    凍り付いたように岩野は動かない。

    「岩野サン。なんでもいいといったのは貴方です。貴方はリンゴとカニとフォンダンショコラが駄目なのですから」

    「食べられないのでしたら、ドライフルーツのセットをどうぞ。リンゴはありませんので」

    「そっちにするぜ!!」

    夢野は岩野を諭すようにして言ってきた。岩野がフォンダンショコラが駄目なことはボードレールも知っていた。
    リンゴとカニは生前関係だろうかとはなる。文豪たちは一度死んで転生している。
    ゲーテが差し出したドライフルーツのセットが入った袋を出してきた。岩野はりんごチップスとドライフルーツを交換する。

    『図書館以外で食べろ。――オフィーリアか。こいつはよくモチーフになりやすい』

    「ええ。物語を彩っていますからね。復讐の犠牲になった彼女の死によりさらに悲劇は進んでいきます。……よく、飽きないなといった顔をしてますね」

    ぷち『くま』が目を細めて絵を見上げていた。絵描きは外見十代の少女で帝国図書館の一室で絵を描き続けている少女だ。

    『何枚あると想っているんだ。オフィーリアの絵』

    「絵描きの絵の他にも、本とかでよく見る茶色くて緑色でどんぶらこっこってやってる絵の他にもあるんだな」

    『――表現』

    「ジョン・エヴァレット・ミレーの絵かい? アレはいい絵だね」

    飽きないなというのはモチーフとしてよく使われていて、人間はよくこればかり使っているということを言いたいのだろう。
    ぷち『くま』の声が低くなっている。感情がそう読み取りづらい少女でも日本の独特の擬音であるどんぶらこっこで表現するなとなっていた。
    ボードレールはすぐに作者のタイトルを出した。たまたまみた画集に出ていたのだ。

    「『ハムレット』はデンマークの王子であるハムレットが父親を毒殺し、王位につき母と婚姻した叔父に復讐しようとする話です。父親の幽霊が殺されたと
    話すのでハムレットは復讐のために気狂いのふりをしたのです」

    「幽霊……?」

    『マクベスだと魔女とか出てるからな』

    「出てくるんだよね」

    ゲーテが説明を始めた。学生たちはオフィーリア、ハムレットについてはよくわかっていないらしい。学生の一人が幽霊と言ってきたが出てくるのだ幽霊が。
    マクベスはちなみに魔女にそそのかされて王位を取ろうとするマクベスの話である。ぷち『くま』とボードレールがマクベスについて話す。

    「オフィーリアはハムレットの恋人にして王の右腕であるポローニアスの娘。ハムレットが気狂いになってしまったのをポローニアスはオフィーリアの実らぬ恋のせいと
    勘違いしてしまったのです」

    「ハムレットは何だと想われてるんだよ」

    「まさか幽霊となった先王が殺されたから息子、復讐してくれなんて頼んできたなんて言っても、超常現象ですし、そこまで辿り着けないでしょう。
    いきなりとち狂った王子の原因は……? と考えて判断が出来るだけの材料で納得の出来る考えを作ればそうなります」

    「彼女、オフィーリアもハムレットが狂ってしまった原因を探ろうとしましたが、無碍に扱われ、さらに父を殺したのは叔父と母という決定的な証拠をつかみましたが、
    王妃と会話をしていたポローニアスを、王と勘違いして刺殺してしまいます」

    あらすじだけ大雑把に知っている状態でさらに聞いた岩野が言う。夢野が詳しく説明した。

    「婚約者に無碍に扱われ、さらには父親まで亡くしたオフィーリアは本当に狂ってしまったんだ。そして溺死した。そんな彼女をモチーフに絵が描かれ、詩が紡がれた。
    ――ついでだから一つ、読むとしよう。ロビーだからいいだろう。僕が詠みたい詩をくれないか?」

    引き継いだのはボードレールだ。図書館は叫んだりすることは禁止だがロビーだからいいだろうと押し通す。ぷち『くま』は仕方がなさそうに右足で軽く床を叩き、
    手を翻し薄っぺらい一冊の本を出した。

    『これだろう』

    「メルシー。聞きたまえ。意味が分からなかろうとも」

    本に目を通す。欲しかった詩を彼女は渡してくれた。自身の詩を朗読するのは好きだ。他人の詩も面白いものは面白い。

    「Sur l’onde calme et noire ou dorment les etoiles La blanche Ophelia flotte comme un grand lys,
     Flotte tres lentement, couchee en ses longs voiles... ― On entend dans les bois lointains des hallalis.
    Voici plus de mille ans que la triste Ophelie Passe, 
    fantome blanc, sur le long fleuve noir Voici plus de mille ans que sa douce folie Murmure sa romance a 
    la brise du soir. Le vent baise ses seins et deploie en corolle」

    ボードレールは詠む。あの昏き巴里で出会った旅人の詩を。



    アルチュール・ランボーは聞いた。
    自身の詩を。詠んでいるのは兄貴分だった。

    「ボードレールが詠んでるのか。ランボーのオフィーリアを」

    「詠んでる……兄貴が。僕の詩を」

    「え? ボードレールさんが?」

    散歩をしていたランボーと中原中也はその詩を聞いて、誰の詩か、誰が詠んでいるのかを判断した。
    ルイス・キャロルが目を見開く。



    オフィーリア。
    悲劇的な娘、死んでしまった娘。柳に手を伸ばそうとして誤って溺死した娘。
    ランボーが書いたオフィーリアの詩は主に三章に別れている。文豪たちは言葉で語らいあうこともあるが、ボードレールとしては詩が紡げるのならば詩で判断する。

    「O pale Ophelia! belle comme la neige! Oui tu mourus, enfant, par un fleuve emporte!
     ― C’est que les vents tombant des grands monts de Norwege T’avaient parle tout bas de l’apre liberte;
     C’est qu’un souffle, tordant ta grande chevelure, A ton esprit reveur portait d’etranges bruits;
     Que ton coeur ecoutait le chant de la Nature Dans les plaintes de l’arbre et les soupirs des nuits;」

    音については調整してくれていた。
    学生たちも岩野もゲーテも夢野もぷち『くま』も詩を聴いている。絵は絵の具で描くのならば詩は言葉で描くのだ。原始の表現だ。
    ボードレールは詩を現世に表していく。

    「― Et le Poete dit qu’aux rayons des etoiles Tu viens chercher, la nuit, les fleurs que tu cueillis;
     Et qu’il a vu sur l’eau, couchee en ses longs voiles, La blanche Ophelia flotter, comme un grand lys」

    詩が終わる。
    ボードレールは本を閉じた。暫くしてから拍手が聞こえた。

    「よくわからないけれどすげえ」

    「綺麗」

    「褒めたまえ。これもオフィーリアだ」

    「素晴らしい詩ですね」

    「旅人君の詩だ」

    学生たちの賞賛を受けながら、ゲーテに褒められながらボードレールは気をよくする。

    『今の詩はアルチュール・ランボーのオフィーリアだ。ランボーの場合は独自性があるが』

    「オフィーリアはハムレットの、恋人への献身を最も完璧に表した狂気と死を表現する女ですから」

    「男ってそういうの好きだよな。女もか?」

    「ハムレットは後半もありますが、あらすじは図書館で調べるなり。文士劇で見るなり。良かったら文士劇にお越しください」

    ランボーがオフィーリアから作り出した詩だ。ランボーの言葉だ。夢野が笑いながらオフィーリアについて囁けば岩野はつまらなさそうにする。
    悲劇は味がある。
    夢野がうまくその場をまとめた。



    「星眠る暗く静かな浪の上、蒼白のオフェリア漂う、大百合か、漂う、いともゆるやかに長きかつぎに横たわり。近くの森では鳴ってます鹿遂詰めし合図の笛」

    「その訳は」

    「中也が訳してくれた。僕の詩」

    ボードレールが詠んだランボーの詩が終わった後、ランボーは詩を紡いだ。原文ではなく、ランボーが作った詩を中也が訳したものだ。
    照りつける太陽の下、言葉は解けずに流れていく。

    「今の訳に比べるとガタガタだけどな」

    「語彙は……仕方がないところがあるけれど、中也さんは頑張ったら!」

    自嘲気味に言ってしまう中也を励ましたのはキャロルだ。言語を多言語に訳すというのは一筋縄ではいかない。この言語にある言葉はあの言語にはないということもある。
    時代時代で翻訳は変わってきた。
    帝国図書館には翻訳された書物もいくつもあるし、分館には沢山収納されている。訳によって詩は変わる。

    「オフィーリアは、本にはならなかった。けれど、こうして残ってる」

    ランボーは詩人であるが一生の全てを詩人でいたわけではない。この詩は手紙に残されたものだ。

    「そうだな。残っている」

    中也もキャロルもそうだ。誰かが見つけてくれて、残し続けてくれているから、こうしていられる。

    「兄貴に後で会いに行こう」

    ランボーが呟けば、中也もキャロルも頷いてくれた。



    「岩野は蟹とりんごがどうしてダメなんだ」

    『蟹で会社経営を失敗してりんごは死因』

    ボードレールたちは閲覧館を出て、帝国図書館分館へと行く。眠そうにぷち『くま』はあくびをしていた。
    夢野に頼まれたものを渡し終わったので用事は終わったのだが、オフィーリアの話で長居した。

    「疲れましたか」

    『この体。作ってはみたものの、疲れやすい。おじじ、抱っこ』

    「自分で歩け」

    棒読みで言ってきたのでボードレールは遮る。

    「オフィーリアの詩を私も作ってみましょうか」

    「なら僕も作ろう。その前にコーヒーだ」

    ゲーテがオフィーリアの詩を作ってみるかと言ってきたのでボードレールも乗る。

    『賑やかになりそうだ』

    ぷち『くま』が告げた。
    用事を終えた後は楽しい我が家で、一休みだ。


    【Fin】
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