人を殺した🔮と親友の🐑が高三の夏に逃避行する話ep.3
雨粒が屋根から落ちていくのをただぼんやりと見ていた。
機械の手足を持つ彼は、人一倍人に優しいし、人一倍努力家だ。
なんでも出来る兄と比べられる事が多かったからか、面倒事を避けるその性格からか、彼は入学当初から優等生というレッテルが貼られていた。
そんな彼のレッテルを自分が外すことを何度夢見た事か。
家庭環境に恵まれず、いつもどこか違う場所からみんなを見ている自分にさえ優しい彼。
彼が準備してくれたタオルを頭にかけ、彼シャツをしようとして出来なかった結果破ってしまった彼のシャツへ視線を移す。
身長差はあるのに、彼は短めのトップスばかり着るからか、憧れの彼シャツはできなかったし
そもそもズボンがぶかぶかとかではなく普通に入ってしまったのでシャツ1枚でいるわけにもいかなかったのだ。
なんであんな身長が高い癖に腰が細いんだろう。
外からバサバサと傘から水滴を落とす音が聞こえた。
そろそろ家の主が帰ってきたみたいだ。
彼が好きだと言っていた表情を作って拗ねたように膝をおりソファに背中を預ける。
ガチャ と音がしてドアが開いた。
微かなモーター音とともに手足が無機物でできた男が部屋に入ってきた。
雨に濡れているからか前髪が横に流れていていつも見えない彼の右目が見えている。
「帰ったぞ。」
「しってる。」
「替えの下着と、食べれそうなもの買ってきたから置いとくな。と、その前に、なんで俺のTシャツが無惨な姿で落ちているんだ?」
「んー?なんでだろうね」
「代わりの服あるからちゃんと着ろよ。あと、髪の毛をさっさと乾かさないと、風邪ひくぞ。」
「んー。乾かして欲しいな。」
適当に返事を返して、目の前で腕を組み顔をしかめている男の顔を眺める。
fulgerはモデルをやっている兄と比べても遜色無いほど顔が整っていた。
綺麗な銀髪に通った鼻筋、薄い唇に毛穴ひとつ見つからない肌。
目元にある赤い傷が白い肌によく映えているし、何よりその傷が縁取る目は磨く前の宝石のような曇った不思議な輝きを帯びている。
浮奇はfulgerを下から眺めた時にだけ見える、その虹彩の紫の部分がとても好きだった。
オパールのように複雑な色を纏った彼の目に自分の髪色と同じ色が入っていることに深い満足感を覚えるのだ。
「おい、話を聞いているのか?...はあ、仕方ないな。乾かしてやるからそこに座れ。」
ソファーの下に降り、床に座ってソファーの足の部分に背中を預ける。
ふーふーちゃんはソファーに座り、彼の足の間に挟まる形になって髪を乾かしてもらう。
外では相変わらず雨が降り続けている。時計がちょうど17:00を告げた。
心地よい機械の手を感じながら、目を閉じる。
どうやって彼にこの現状を伝えるか。
先程自分は殺人者だと告げたにも関わらずに部屋にあげ、あまつさえ髪の毛を乾かしてあげてしまうこの「優しい」男になんと伝えるべきか。
元々fulgerは自分と他人の境界が薄い人なんだろうと浮奇は思っていた。
生まれ育った環境からか、周りの人間への観察は人一倍行ってきたからわかる。
彼が優しいのは彼が「いいひと」だからでは無くただ自他の区別が極端に曖昧だからだ。
遠い国の貧民の生活を見て可哀想だと自分事のように胸を痛める偽善者とも違う、ある意味で純粋な危険思想に近い性質を彼は持っていた。
Fulgerからしたら「他人事とは思えないから助ける」ではなく、それが文字通り自分事になってしまうのだ。
それに加えて彼の手足が無機物な事も関係しているのだろう。他人にはできないことが彼にはできてしまう。
だから自分の限界を考えずに行動したり、大丈夫と言える範囲が極端に広かったりするのだ。なんとも危なっかしい。
自分を助けるために他人を助けるという一種の脅迫観念が、
他人の事を1番に考える自己犠牲のふりをしてどこまでも自己中心的な考えが、彼の冷静な思考の裏にあるというこの彼が持つアンバランスさに浮奇はどうしようもなく惹かれていた。
何気ない雑談の中で、好きなタイプを「俺を壊してくれる人」といったfulgerの顔を思い浮かべながら浮奇は思考を続ける。
きっと彼にとって自らを破壊される事が自分の輪郭を感じることが出来る手段なのだろう。
壊されて初めて、自分がそこに存在した事を感じられるなんてなんて皮肉なんだろう。可哀想で可愛いふーふーちゃん。
その場にいたyugoやalbarnは冗談だと受け取って笑っていたが、今は笑っていなかったふーちゃんの幼なじみ、sunnyの気持ちがよくわかる。
つまり彼はそれほどの強い衝撃を持ってしか、自らを認識できないくらいに自分が希薄なのだ。
そしてそれは個性を持っていないと言う事とはまた違う話で。
そんな彼の怖いくらいに純粋な面を、浮奇はこれから悪用しようとしているしそれに対して一欠片の反省も躊躇いも持ち合わせていなかった。
カチ、と音がしてドライヤーが止まった。
「ほら、終わったぞ。セットの仕方は分からないからあとは自分でやってくれ」
「ありがとう。ふーふーちゃん。」
にっこりと口角をあげてお礼を伝える。
彼はしょうがないな、という表情でこっちを見ていた。
しばらく無言が続いた。雨の音が少し弱くなっている。
きっとこのサイボーグは俺が口を開くまで無言を貫くのだろう。そう思って心の中で苦笑した浮奇は下からfulgerを見上げ、ゆっくりと口を開いた。
相変わらず外は酷い雨で、徒歩五分のコンビニに行くだけでも大分濡れてしまった。
浮奇のための替えの下着と軽く食べられるサンドウィッチを買っていたらスマホがメッセージの到着を知らせた。
確認するとvoxからで、『仕事が長引きそうだ。お金を振りこんでおくから、おろしてやりくりしてくれ。お忘れかと思うが、休日は手数料がかかるから早めにおろしておけよ。手数料はお前の小遣いから引くからな。』
メッセージを見て会計を済ませたあとに店内のATMへ向かう。
パスワードを確認しようとスマホを開くとまた兄からメッセージが来ていた。
『俺がいないからって恋人を家に連れ込むな、とは言わないがある程度頭を働かせろよ』
毎回この優しいお兄様は一言多いのだ。
クソ野郎、と返して振り込まれた分のお金を下ろす。
なんと12万もあった。
大金を少しドキドキしながら取り出してしまい、家路を急ぐ。
帰ると浮奇はソファーの上で体育座りをしていた。
理由はわからないが上半身に何もまとっていないかった。
何故か破かれている自分のTシャツを一瞥し、買ったものを冷蔵庫にしまう。
浮奇に声をかけるが髪の毛を乾かしてあげる羽目になってしまった。
「人を殺した」と告げたとは思えないほどいつもの浮奇だった。
逆にこの状況がその言葉の異質さを際立たせているといえるかもしれない。
しかし俺は何も言わずにソファに座り浮奇を乾かすことに必死になることにした。
自分の手が人を触ることに特化していない事はとうに知っていたのでいつもより神経を使ってことにあたる。
無事彼の頭がいつものふわふわさを取り戻した時、浮奇は下から俺の顔を見上げ、何かを言いたそうに口を開閉した。
しかし的確な言葉が見つからないのか何度か口を開いては逡巡し最終的にこう発した。
「俺が殺したのはね、隣の席のあいつだよ。いつも俺をいじめて来てたんだ。」
「.........そうなのか。まて、あいつが?お前を?」
あいつと呼ばれているのは先日俺に対して不可解な行動をとっていた男だ。愚兄に俺に気がありそうなどと評されていて、昨日はあんなにモヤモヤしていたのにさっぱり忘れていた。
「もう俺、嫌になっちゃって。屋上に向かう階段に呼び出されて、酷い事されて、もうやめてって、言おうとしたんだ。手を付きだして、静止しようとしただけなんだ。そしたら、階段から落ちちゃって、打ちどころが悪くて、」
浮奇は話しながらどんどん涙声になり、最後の方は絞り出すように言葉を紡いだ。
いつも飄々としている浮奇の珍しい一面に対する困惑と、話される内容の非現実的な空気が脳内で渦巻いて、俺は何も言うことが出来なかった。
「おれ、なんてことしちゃったんだろう。そんなつもりじゃなかったのに、ただやめて欲しかっただけなのに、どうしよう。もうここにはいられない。ふーちゃんをまきこんじゃいけないってわかってたけど、俺、どうしたらいいかわかんなくて。ごめん、ごめんね。どこか遠いところにでも行って、死ぬことにするよ。」
綺麗なヘテロクロミアの目から水晶の様な涙を零しながら浮奇は続けた。
「俺、ほんとにふーちゃんと一緒にいたいだけなんだ。でももう、いられなくなっちゃう。辛い、嫌だよ、」
突き落としたって行ったってそれじゃあ事故になるんじゃないか。
浮奇がないている。
そもそもなんで昨日の話なのに学校から情報がないんだ。
何かがおかしい。何がおかしいかを整理しないと、
浮奇は悪くない。
でもまずは現状を把握することが優先で、
俺が助けなきゃ。ここで浮奇を見放したら、俺は俺を、
思考がまとまる前に口が勝手に開き、喉を咀嚼されなかった思考が通った。
「それじゃあ、俺も連れて行ってくれよ。」
ep.4
俺は別に、今の自分の生活に不満があるわけじゃない。
お金が無い訳でもないし、勉強ができない訳でもない。手足は機械出できているが大きな障害がある訳でもない。
でもどこかこことは違う世界を見たいと思っていたのも確かだった。クラスメイトや先生家族が強く影響しあうこの世界を少し息苦しいとも思っていた。
文学が見せてくれるこことは全く違う世界にいつも憧れていたし、自分もそんな非現実的な体験がしたいと思っていた。
もちろん、高校3年間一緒にいた浮奇を放っておけなかったのもある。俺は人を切り捨てて考えることが出来ないから、ついつい首をつっこんでいってしまう。でも浮奇なら、自分を危うい立場にしてでも助けたいと思ってしまう。
そんな考えがあったからか、「それじゃあ、俺も連れて行ってくれよ。」という言葉は条件反射的に出た。
浮奇は涙を貯めた目を精一杯見開いていた。
「ほんとに?」
かすれた声で浮奇が言った。発作的に口にした言葉ではあったが、後悔はしていなかった。
「浮奇がしたことを現状一体何人が知っているんだ?」
現状を把握するために質問をしていく。
「わかんない。わかんないよ。でも今日は誰にもそのことを言われなかったし、ニュースにも上がっていなかった」
「となると、知っているのは俺たちだけだな。おまえ、死体はどうしたんだ?まさかその場に置き去りにはしてないだろう」
「校舎の裏の使われていない焼却場跡に置いてきた。誰も見ないだろうし、見ても埃だらけでまともな視界が保証されてないから見つからないと思う」
「今のところは警察は動いていないようだな。」
探偵をやっている兄の友人がこういう時はいち早く心配のメッセージをくれるが、それがないということは大きな事件にはなっていないのだろう。
「俺、田舎に行きたい。人が少なくて、俺ら二人だけで過ごせるところ。緑と、空と、海とが綺麗に見えるところがいいな。」
涙が止まった浮奇はもういつもの調子に戻り始めていた。
俺たちはどこか地に足がつかないような心地で今後について話し合った。
ごくごく普通の人生を過ごしてきた自分には縁がない話過ぎたし、小説で得た知識を使うには事が大き過ぎると感じていた。
結局どのように話し合えばいいかもわからずぽつぽつと意見を出し合っていた。
最終的にどうなるかはわからないが、とりあえず行けるところまで遠くいってみたいというアイディアを出したのは果たして浮奇だったのか、自分だったのか。
多分どちらもが言い出したのかもしれない。湿度の籠った部屋の中で、俺たち二人は鈍い頭をかかえて目の前に転がる選択肢に手を伸ばした。
ひとまず逃げることが決まった今、俺たちに必要なのは遠くに行けるだけの身の回りのものだけ。
携帯と、ゲームと、今まで使ったことのない護身用ナイフをたくさんポケットのついたジャケットに入れる。
偶然にも手元にある12万円を見て浮奇はびっくりしていたが、兄からだと伝えると「あ~あのお兄さんね。」と納得していた。その言い方がすこしおかしくて俺はけたけたと笑ってしまった。笑っている俺につられたのか、浮奇も笑っていた。二人で半ばじゃれながら逃避行への準備を進めた。
死にに行く旅なんて人生で初めてだった。
だけど不思議と怖くはなくて、意外とこれ位の気持ちで、線をまたぐくらいの気持ちで、進んでいくものなのかもしれないな、なんて思っていた。
なんとなく最後の旅になる気がして、手紙や日記はもっていかないことにした。
どうせもういらないんだ。
万一のことを考えて、俺の機械の手足に通っている線を切ろうということになった。
兄がその心配性な気質から俺の手足にGPSのような機械を付けていることを知っていたが、手足がないの色々と不便なのでそのコードだけ切ってしまおうという話になったのである。
ありがたいことにGPSのケーブルは一般的に動作には関係のない部分を担当するコードとつながっていた。オフにするには必然的にこっちのコードも切る必要がある。
そしてそのコードは機械義手におまじない程度の痛覚を付与する役割を担っていた。これがないと痛覚がない人間のように色々なリミッターが外れやすくなるが
大した問題じゃないと思って浮奇にケーブルカッターを渡して切ってもらった。
腕に通っていたわずかな感覚が完全に抜け落ちた。
これで世界と俺をつなぐ感覚は生身のトルソー部分だけになったわけだ。
何とも皮肉なことにそこに使われていた電力が必要なくなったので普段よりも使いやすくなったように感じる。
スペアのほうはGPSをオンにしているのでvoxの視点からは常に家にいるように見えているんだろう。
一応「インフルエンザに罹ったのでしばらく自宅で療養する羽目になった」とメッセージを送っておく。
最後にある程度ためていたメッセージに返信をして携帯の電源を切った。
サイズの関係から、おれが普段着ているジャケットを浮奇に貸して自分は兄のを着ることになった。
お揃いのデザインなので鏡を覗き込んだ浮奇が「おんなじの着てる。双子コーデだ。」と嬉しそうに声を上げた。
小降りになった雨の中、傘を差さずに駅まで二人で走った。何も荷物を持っていないからか普段の通学時よりもだいぶ体が軽く、その旅の目的のためもあって俺たちははしゃいでいた。
曇りの日の夕暮れは雲をまだらに赤く染めていて、分厚い雲がある鈍色の部分とほとんど晴れかけて夕日が顔をのぞかせている部分の濁ったコントラストがやたらまぶしく感じた。
駅まで追いかけっこのようにしながら走り、ICカードに上限額までチャージした。
「行先も決めないで、電車に乗って、どこかを目指すってすっごく贅沢だね」
「おいおい、それを行ったらこんな旅の動機でこんなに楽しく出発しようとしてることがまず贅沢だろ」
二人でまた顔を見合わせて笑った。何もかもうまくいく気がしていた。
とりあえずきた電車に乗り、浮奇が見たがっていた海を目指す。
時刻はすでに八時を回っており、電車はラッシュど真ん中だった。
その時、肩をたたかれる感覚があった。
振り返ると元同じ部活のpetra先輩とelira先輩の顔があり、二人ともにっこりと微笑みながらこっちを見ていた。
「もしかして不良少年のFulger君は彼氏を連れてこんな時間から遊びに行っちゃうのかな~。悪い大人に食べられちゃうぞ~」
Petra先輩はラッシュですし詰め状態の中、低身長を生かして周りにスペースを作ってもらっていた。
俺は苦笑して
「からかうのはやめてください。調べ学習で使った大学の図書館に学生証を忘れてしまったので二人して取りに行ってるんです。やましいことは何もありませんよ。」
と告げた。
「あやしいなぁ~。SUSだな~。じゃあなんでお揃いの服を着てるの?浮奇は髪のセットがされてないし。これは先輩見逃せないな~」
ニヤニヤしながらElira先輩が続ける。
「雨がひどかったのでいったん俺の家に来てもらってたんですよ。二人とも傘がなかったので濡れ鼠で、着替えがなかったので俺のを着せているんです。」
これから死にに行くというのに先輩と普通に話していることがすごく不思議に感じた。現実と夢の間を揺蕩うような感覚で返事をする。
それでもまだ会話を続けようとする二人の先輩方をどう躱そうか考えていると、浮奇が横から顔を出し
「俺たちここで降ります。また明日。」
とだけ言って俺の腕を引っ張りながら途中駅で降りてしまった。
残られた二人が何やら盛り上がっているのが横眼で見えたが気にしないことにした。彼女たちはいつも物事を大きくしたがる。
降り立ったそこはホームドアもないような駅で、俺は少し新鮮な感じがした。
二人でベンチに座り、次の電車を待つ。
雨上がり独特のにおいがそこら中にあって、地面の水分が蒸発して
気温が下がる雨後冷たい空気感がその場を支配していた。
「次は、各駅に乗らない?」
浮奇が俺の右腕をに体重をかけながらそう聞いた。
「いいね。何にも縛られないでありのままの線路を感じるんだな。」
「どういうこと。」
「…忘れてくれ。」
「ふーふーちゃんのそういうセンス、俺結構好きだよ」
「忘れてくれって言ったんだ」
浮奇のあたまにあるうなじを見つめながら今晩泊まる宿について考える。
ホームに滑り込んできた各駅電車はラッシュ時とは思えないほどだれも乗っていなくて、どこかこの世のものではない気がした。
二人して乗り込み、ガラガラの車内の端のほうに席を陣取った。
銀河鉄道の夜みたいだな、とふと思った。
そこから他愛のない話をひたすらして時間をつぶした。互いに話したいことを話して相手が語ることに耳を傾ける。何気ないけどこういう時間が成立する相手が貴重だということを俺は知っている。
なんとなく二人とも学校の話は避けていた。俺も浮奇がどんな仕打ちをクラスメイトのあいつから受けていたら気にならないわけではなかったが、無理して聞き出そうとは思わなった。
最終的に県を二つ跨いで電車は無人改札の駅に着いた。
糠雨にまざってかすかに潮の香りがした。
俺たちは二人とも無人駅が初めてだったからそれなりに感動して、ツタが絡まる線路わきの鏡で自撮りをした。
俺の携帯は電源を切っていたから浮奇が撮ってくれたが、しつこいくらいに何枚も撮っていたのに思わず苦笑していたら途中から俺単体をとり始めたので慌てて止めた。
「な~んで撮らせてくれないの。」
頬を膨らませて浮奇が聞く。その表情結構好きだぞ、と告げてから彼はよくこの顔をするようになった。
「俺なんて撮ったって楽しくないだろ。モデルの兄貴ならとにかくさ」
「なんで??ふーふーちゃんはすごく綺麗だよ」
「おいおい、そこはかっこいいとかじゃないのか?高校生男子に告げるにはちょっとその言葉は、、」
「かっこいいは綺麗に包含されるでしょ」
「それを言うなら浮奇のほうが、っておい撮るなって。撮るならせめて二人で写ろう」
会話の最中だというのに動画を回し始めた浮奇をたしなめて二人で写真を撮る。
シャッターが下りる直前に浮奇が馬鹿みたいなジョークを言うもんだから俺は声をあげて笑ってしまった。
お揃いの服を着て笑う二人の後ろには綺麗な三日月が写っていた。
高校生最後の夏が始まろうとしていたが、俺たち二人は何も気づかずにただ無邪気に今を楽しんでいたといえるだろう。先行きへの不安はもちろんあったが、今はただ自分で行先を決めずに進んでいくこの旅がただただ楽しかった。
とりあえず駅の近くにあったビジネスホテルに部屋を探し、最低限の身支度を済ませてベッドに沈みむ。
途中何度か浮奇が俺から離れなくなってしまい、歯磨き中やら髪の毛を乾かしているときやらで困ったが二人とも深夜テンションだったので最終的に二人してベッドに倒れこんだ時には悪態をつきながらも笑っていた。
浮奇が隣から何かを言っていたが聞き取れず、とりあえず「いい夢を」と返す。眠気が限界に近かった。
あ、夜ご飯食べ忘れたな。と刹那考えたが眠気が思考を霧散させてしまい、すぐに気を失うように俺は眠ってしまった。