店主がどうしても揃いでしか売らないと言うから仕方なく買ったのだと山姥切は一つの小箱を山伏の前に差し出した。山伏がその箱を手に取り開くと、軽やかなパコッという音を立てて可愛らしい指輪が顔を出した。
「効果の高い御守りだよ。俺はもう付けたから山伏くんが嫌でなければ使って貰えると有難いな。」
そう言って山姥切は薬指に指輪を嵌めた己の左手を山伏に見えるように翳した。キラキラと光る装飾品に嬉しそうな山姥切の表情が相まって息を呑む美しさだと山伏は一瞬見惚れた。ハッと我に帰りそれを誤魔化すように山伏は手元の指輪を見つめる。それにしてもこのように見目を飾り彩るため懸命に輝く指輪を自分なぞが着けていいのか心に迷いが生じた。正直な話、山姥切のあの姿を見た後で自分も揃いのものを付けて生活するのは荷が重いと怖気付いたのである。
「御守りであれば拙僧より兄弟が…
「山伏くんの指に丁度良さそうだから渡したんだよ。あの二振の指には持て余す代物だろう。」
抵抗も虚しく退路を絶たれてしまった。もう腹を決めるしか無いのだろう。
「左手の薬指に嵌めないと効果が出ないんだ。」
そう言って山姥切は山伏の手を取るとスルスルと指輪を嵌めてしまった。
やはり自分に似合わない代物だと山伏は自分の左手を見て思った。ゴツゴツとした手にチョコンとお行儀よく華奢な指輪が乗っかっている。まるで暴れ神輿に西洋のお姫様が座っているような有り様で山伏は複雑な心境だった。だが、そんな山伏の左手を山姥切は大切な宝物を慈しむかのようなとても幸せそうな顔で見つめており、山伏は照れつつも温かい心持ちになった。
山姥切も山伏も風呂の時間以外ほとんど指輪を付けて過ごした。御守りの効果が出ているのか分からないが山姥切はメキメキと戦績を上げていった。それと比例するように戦いの終わりや内番の合間に山姥切がジーっと指輪見つめている回数がだんだんと増えている事に山伏は気づいた。まるで愛する人を見つめるような熱っぽい目で指輪を見つめるのだ。その光景を見る度に山伏の心をジワジワと黒い靄が蝕んでいった。
山伏は山姥切が好きだ。最初は焦がれた相手と揃いの物を身につけられて嬉しかったが、側からみればただの余り物を押し付けられただけで山伏と山姥切は恋仲でもなんでもない。むしろ本丸の仲間としてこんな感情は持たないほうが賢明だ。山伏は指輪を山姥切に返す事にした。自分が着けずともすぐに他の仲間の手に渡るだろう、初めからこうすべきだった……胸がまだジクジクと痛むが妙にスッキリとした気持ちで山姥切に指輪を差し出した。
「拙僧はこのような物に頼らずとも強くならなければいけないのである。これはお返しする。」
山姥切は青褪めた顔で指輪を受け取った。山姥切が信仰している御守りを蔑ろにしたのだからこの反応は当然だろう。山姥切を悲しませたくはないが致し方あるまい。何か言おうとする山姥切を遮り
「それでは失礼いたす。」
と山伏は踵を返した。
それからしばらく山伏は山姥切と顔を合わせずに過ごした。同じ部隊に配属されない限り、自分から会いに行かなければ関わる事などほとんどないのだ。今更自分の卑しさを思い知った。今までの己は修行中の身でありながら恋焦がれた相手の顔を見にホイホイと山姥切の部屋に顔を出していたのだ修験者が聞いて呆れる。
「もっと修行が必要であるな……」
山にでも篭ろうかと考えていると、堀川の兄弟が血相を変えて部屋に入ってきた。
「山姥切さんが……」
その声色だけで何があったか容易に想像ができる。
山伏は一目散で手入れ部屋へと向かった。
「山姥切殿!」
部屋に入ると山姥切が床に伏せっていた。身体の所々に包帯が巻かれ痛々しい事この上ない。
「山伏くん…来てくれたんだね。」
山姥切が笑顔で山伏を迎え入れる。山伏はそのいじらしさに心が堪らなくなった。
山姥切を避けていた自分が恥ずかしくなり、顔を見れず、下に目を向けているとある事に気がついた。
「御守りはどうなされた…?」
ずっと山姥切の指に鎮座していたあの煌びやかな御守りが今日は外されていた。左手の指先は無傷で治療のために外したとは言えない状態だ。
山姥切が一呼吸置いて語りはじめた。
「うん、もういらないからね。」
「いらない…何故?」
「ふふっあれは俺一人が付けた所で意味が無いんだよ。山伏くんはそれに気づいたから返したんじゃ無いのかい?」
山姥切の言っている事の意味がさっぱりわからなかった。
「そうか、わかってはいなかったんだね。山伏くんを騙して勝手に一人で夫婦ごっこなんてして悪かった。きっと罰があたったんだ。」
夫婦ごっこ?
山伏は話が読めずに更に困惑してしまった。
「山姥切殿、拙僧には何の事だかさっぱりわからんのである。いちから説明してもらえまいか?」
結論から言うと揃いの指輪は御守りなんかではなく、夫婦である証として存在するただの装飾品であった。
「何故、そのような物を拙僧に?」
「偽りでも…山伏くんと夫婦の誓いの揃いの指輪をしたかった……その指輪を見るだけで…山伏くんも同じ物を身につけてくれている事実だけで…俺はとても幸せで力も湧いた。俺にとっては本当に御守りだったんだ。ふふ……大丈夫、俺のも君のも、もうちゃんと捨てたから……」
そう言って山姥切は寂しそうに笑った。
数日後、山伏は山姥切を部屋に呼び出した。
「山伏くん…話って何かな?」
「山姥切殿、これを受け取ってもらえまいか?」
山伏は山姥切に小さい小箱を差し出した。
「これって…」
山姥切が箱を開けると中には指輪が煌めいていた。以前山姥切が渡した細工とは違う形だが上質な逸品には違いなかった。
「カカカ、拙僧もまだまだ未熟ゆえ、御守りの力を借りようと思った次第である。山姥切殿さえ良ければ拙僧と揃いで付けて貰えますかな?」
満開の笑顔で語る山伏の指には揃いの指輪が輝いていた。