🍱番外編 きれいな歌を歌う奴がいた。
高校を卒業した俺は腕っぷしの強さを買われ、この組織に所属した。ごく普通の流通を取り扱う企業だが、それは表の顔で。裏では色々と表沙汰にできないことをやっている。まあそれも悪どい商法をしている企業に対してのみなのだが、胸を張って堂々と言えるものではないことは確かだ。
まあそんなことをしていると当たり前のように恨みは買うもので。社員を守るために護衛兼雑用として雇われているのが俺みたいな奴だ。
護衛の仕事は短期間だったり長期間だったり、配属先に気に入られれば専属となることもある。俺は目つきの悪さや愛想のなさから怖がられたり、護衛対象が変なやつだったときはちょっとビビらせて脅かせてやったりと色々あり短期間の護衛しか務まったことがなかった。
その日も何度目かの護衛の事後報告をしていた。報告が終わり夜のオフィスを歩いていると、声が聞こえた。近くではない、少し遠い場所で。なんとなく気になってその場所に向かって足を進める。階段をのぼり、薄暗い長い廊下を見ると1つの部屋から明かりが漏れているのが目に入った。その部屋に向かってゆっくりと廊下を歩くと徐々に声がはっきりと聞き取れてくる。
(これ、歌か…?)
聴こえてきたのはメロディに乗った控えめな歌声で。耳通りの良い声で紡がれる歌声に引き寄せられるように、気が付けばドアの前まで来ていた。
(歌、うまいな。聴いてて落ち着く、一体誰が…)
ドアは少し開いており、隙間から中の様子が見える。中を覗くとひとりの男のミューモンが、窓辺に腰掛けて夜空を見上げながら歌っていた。
遠くからでもなんとなくわかる、高そうなスーツを身にまとい、静かに歌いながらゆらゆらと大きな尻尾を揺らしている。
(なんか、見たことあるような)
同じ組織にいるのだから見たことはあるだろう。誰だったか、と特徴を見ながら思い出す。
後ろを向いているから顔はわからないが、紫の毛色、高そうなスーツ、腕時計に、大きな耳と尻尾。細身で身長は平均くらいだろうか。他には、と部屋を見ると机の横に大きなスーツケースがあるのが見えた。
(思い出した、少し前に護衛のやつと話してたやつだ)
数日前。護衛対象だったやつと何かしらの打ち合わせをしていた。やけに鋭い目つきをしており、ガンをつけられているのかとと思った記憶がある。
(こんな声で歌うのか)
落ち着いた穏やかな声。耳にスウッと入ってきてストンと落ち着くような。この声をずっと聴いていたい、そう思わせるような心地よい歌声だった。
意外だった。あんな凶悪な顔をしたやつがこんな歌を歌うなんて。あんな、
(―――ッツ!!)
ふ、と歌うのをやめてゆっくりとこちらを振り向く彼の顔は。あの鋭い眼光は鳴りを潜めきょとんとした少し幼い表情の彼と目が合った気がした。
ぼわっ!と尾羽根が逆立ち、顔に熱が集まる。
(なんだ、これは、なんなんだ!?)
わけのわからないままその場から走り去る。ダンダンダン!と階段を一段とばしで駆け下り、そのまま外へ飛び出す。
頭にはあの男の目つきの鋭い顔と先程のきょとんとした顔が交互にちらつく。
「あーーーー!!!!なんなんだウゼェ!!!!!!」
人目も気にせず叫びながら走る。
あの顔が頭から離れない。
あの歌声が耳から離れない。
もっと色んな顔が見たい。もっといろんな声が聞きたい。
そんな思いがぐるぐると脳内を駆け巡って。
俺は、あの歌声に惹かれて、あの顔に惹かれて。一瞬で恋に落ちてしまったんだと、そう自覚するのは散々走り回って倒れ込んだ後だった。