海で遊ぶAZ親子の話 その日、エースは二人分の弁当箱を持ってゼットを海へ連れて行った。
磯の香りが風に乗ってやってきた。
ゼットは目の前に広がる海と砂に目をキラキラと煌めかせて握っていたエースの手をほどいて駆け出した。
公園の砂場よりもさらさらとした浜の砂に足を取られて、べしゃりと転んだ。手を着いたが、その手すら砂に取られて顔を砂場に付けてしまった。
ゼットは何が起こった、という風に砂の着いた顔で、後方にいるエースに振り向いた。
ゼットの呆然とした顔が面白くて、エースは笑った。
まだ、海開きには早い時期だが、天気が良く、夏のように熱かった。
浜には数人がいて、いずれも足を海に付けて涼んでいた。
何度も足を高く上げて砂浜の感触を楽しんでいるゼットも、海に足をつけたいのうずうずしているのが分かった。
「行っておいで」
エースが言えば、ゼットは目を煌めかせてびゅっと海へとかけて行った。
だが怖かったのだろう。波がひいては追いかけて、迫ってくれば走って浜に来るのを繰り返した。
濡れている砂浜は幾分、走りやすいのだろう。
ゼットの小さな足跡はついては波に砂ごとさらわれて消えてしまった。
それを何度か繰り返して、やっと意を決したのかゼットはその場に止まって波が来るのを待った。
次の波は、弱かった。
ゼットが立つ位置まで来ることがなく。波が引く。
ゼットの背中から、いまかいまかと沸き立つ様子が分かった。ゼットの背びれが疼いているのが分かる。
次の波は、ゼットのつま先まで来た。
それだけで冷たかったのだろう、ぴゃっ、とエースに向かって駆けてきた。そのままエースの腹にしがみついた。
「なんだ、ゼット。もういいのか?」
エースが訊けば、ゼットは顔を上げて顔を横に振った。
その顔は、初めてのことで興奮している、心の内を抑えきれなくて、どう表現すればいいのか分からないのだ。
もう一度ゼットは海の方へと駆け出した。
次は足首まで波がやってきて、砂と共に引いていった。
足元が削れていくような感覚に気をよくしたのかゼットはもう一歩前へ進んだ。
波から逃げたり、追いかけたり、貝を見つけたのか覗き込んでそれが波にさらわれたり、様々だった
それを何度か繰り返して満足すると、ゼットは浜に座っているエースの下へやってきた。
すっかり息が上がったゼットはお腹がすいたのだろう、ぐうぐうとお腹を鳴らしていた。
「もうお昼にするか」
ゼットに問えばこくりと頷いた。
手を拭いてやって、座って弁当箱を開けた。
おにぎりと、唐揚げ、それにブロッコリー。唐揚げは昨日の夜に揚げた。おにぎりは、ゼットが握った。
中には梅干しを入れた。梅干しも、二か月前にゼットと一緒に漬けたものだった。
酸っぱいのか口を梅干しに当たるとゼットは口をすぼめた。
麦茶を飲んで、唐揚げを頬いっぱいに頬張る。ブロッコリーを食べてそれからまたおにぎりにかぶりつく。
頬はずっと食べ物が入って膨らんだままだった。
お昼を食べた後、またゼットは波を追いかける仕事に出かけた。
それから少しすると、波と一緒に来た小枝を手にしてエースの近くにやってきた。
砂浜で絵を書きたいとのことらしい。
最初に、星を書いた。それから空を飛ぶウルトラマンとエースを書いた。その横にゾフィー、セブン、ジャック、タロウと続いた。
他にも知っているウルトラマンを書き始めた。
頭の形が難しいだろう兄弟を書き始めた時は、思わず感心した。
そうしているうちに、波が近づいているのが分かった。
ゼットもたくさん遊んだせいか表情の半面、元気がなくなっていた。
もう、帰りの時だった。
帰りは電車だった。
ゼットは帰りの道中、遊び疲れたのか風景を見ながらもすぐにエースにもたれかかって眠ってしまった。
手には首からかけた水筒がある。
ー次があるなら、きっと磯遊びが良いだろう。
潮だまりでいろいろな生き物を見つけるのも楽しいだろう。きっとゼットの大きな瞳で岩間を覗き込んだら、生き物たちは驚いて奥深くへ逃げてしまうだろう。バケツにヤドカリをいっぱいにしてーそんな風に過ごすのもいいだろう。
エースはそう考えながら、眠るゼットの膝を撫でて、目を閉じた。