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    彰冬

    #彰冬
    akitoya

    春休み間近の図書室は人もまばらで、いつにも増して静かだ。

    純粋に読書しているのはカウンターに座る図書委員の女子くらいで、残りの生徒のほとんど、ここの机に向かっているのは数少ない国立大の後期試験を控える三年生だった。
    とはいえ彰人はまだ二年生なので、受験とは全く関係のない補習のプリントを机の上に乗せたまま、ガラス越しに受けるあたたかい日差しの下でうつらうつらとしている。

    カタン、とシャーペンの落ちる音がして彰人はまどろんでいた意識をはっきりと取り戻す。顔を上げて辺りを見回すと、机に向かい始めた時とほとんど変わらない光景が広がっている。変わっているのは、紙上に半ば眠りながら書いたミミズのような文字が弱々しく浮かんでいることくらいだった。

    どのくらい眠っていたのだろう。わざわざ図書室まできたのに、日当たりの良い席をとったのがいけなかった。このまま提出してやり直しを命じられても面倒なので、ミミズ文字に消しゴムをかけ、さほどかわりばえのしない字を改めて濃く書き直す。

    無理をして入ったから当然といえば当然だが、必死の受験勉強が功を奏することもなく、成績は一向に振るわなかった。この高校はそれなりに教師の手も厚く、怠惰な彰人はおかげさまで課題の溜まる一方だった。さらに次々と課される追試やら補習に追われて、帰宅部の割には毎日せわしなく過ごしていた。

    定期テストの前後はもちろんのこと、カレンダーと出席番号の関係で当てられそうなときの予習や、全問解ききらないと答えがもらえない意地の悪い数学の課題なんかは相変わらず一人ではやりきれなかったが、たとえば今日のような、教科書の後ろを丸写しするだけの古文の助動詞の一覧を埋めるプリント、なんてものは一人で集中して片付けてしまうことにしていた。教室では部活動の準備やら、女子達が聞かなくてもいいような会話に興じていたりするので、図書室でやるのが一番効率が良かった。

    「よし」

    小さく呟いて、ペンを置く。20分ほどで完成した適度な赤丸と青丸で埋められた表に満足する。

    ーー教科書を見ないで書いてみましょう。

    記名欄の横にある女性教師の丁寧な文字をまるで無視して、それでも授業後に名指しで念を押されてしまえば無駄な抵抗はせず早々にやってしまおうと思えるくらいにはごく普通な高校生である彰人は、職員室に向かう前に教室に寄ることにする。そこに冬弥が待っているからだ。

    放課後、図書室に行ってくると伝えた時、彼は「わかった」とだけ答えた。
    委員会もない日なので終わるまで待っているのだろう。流石に待たせているのは申し訳ないので、教師よりも先に冬弥に一声かけて行こうと思ったのだ。

    騒がしい教室にいることを好まない冬弥が、それでもそこにいるとわかるのは、彰人が一番見つけやすい場所だからだ。わざわざ探させるようなことを彼はしない。彰人は足早に渡り廊下を通り、職員室とは反対の自分の教室へと向かう。

    出会ったばかりの頃は、表情がなく、彼の言うことすることが本意なのか不本意なのか図りかねていた。生真面目なアイツは、嫌なことだって頼まれたらやっちまうんだろうと思っていたからだ。それでも付き合っていくうちに彰人だけが知る冬弥が見えてきた。表情は同じでも、分かるようになってきた。

    それなのに、今の冬弥には、あの頃にはない表情があった。

    教師や同級生に笑顔を向け、女子に対しても一年のうちにその好意から生ずるほとんど全てを「ごめん」「気持ちは嬉しいけれど、応えることはできないな」の二パターンで片付けてしまい、いまや遠巻きに視線を送られる程度に収まっている。

    相変わらず制服はキッチリ着こなしていたし遅刻や無断欠席も一切ない真面目だったが、ただ生真面目というだけでは当てはまらないようになってきた。成績はわざと調整しているようで、突出するようなところは見当たらなくなった。端から見れば、彼はこの高校生というちっとも合わない型に無理やり押し込まれてしまった不運を適当にやり過ごしているかのようだった。

    教室にたどり着くと、彰人の予想した通り冬弥はいた。だが予想に反してそこに騒々しさはなく、他の生徒の姿はなかった。

    教室の後方にはもう夕日が差しかかっていて、窓際の一番後ろの席で彼の青の髪を反射していた。光の加減で目鼻立ちの整った顔が余計に際立って見える。
    ぼんやりと校庭を眺める姿は、何でも無いことのはずなのに彼がすると何か意味を持つワンシーンのように見えてしまう。
    どんなに地味に目立たないように生活していても、彼の容姿はこの教室に馴染みようがなかった。

    「彰人、もう終わったのか」

    彰人が思いを巡らせている間、窓際の彼はこちらの気配に気づき、クラスの他の誰にも向けたことのない笑顔で言った。

    冬弥の「と」の字を発しようとしていた口をそのまま飲み込んで、あぁと頷く。

    「待たせて悪い。あとこれ提出するだけだから」

    そう言って右手に持つプリントを胸元に上げてひらひらと見せる。すると彼はそうかと答えて席を立ち、こちらへ近づいてくる。自分の背も伸びたはずなのに、1年で身長差は広がっていた。彰人の前で立ち止まった彼の視線が、そのまま左手へと落とされる。

    「彰人、鞄はどうしたんだ」
    「あ」

    言われてはじめて、自分がプリントしか持っていないことに気がついた。なんとも間抜けだ。これを提出したらそのまま帰れるはずだったのに。

    「俺がとってこようか」
    「いや、いいぞ別にそんくらい自分でやる」

    彰人のゆるい拒否を、冬弥もやんわりと制止する。

    「図書室から昇降口に向かうから、彰人も職員室から真っ直ぐ来てくれ」

    廊下を通っていく女生徒達の甲高い話し声が聞こえて、彼は器用に応える。

    いつからこんなに変わったんだろう。

    前よりずっと笑顔が増えた。何を考えているのかわからなくなった。
    いつの間にか長期休みに海外に行く頻度が増えて、隣にいない日が多くなった。知らない言葉で電話していることもしばしばだ。その一つ一つをどうして、寂しいと感じるんだろう。

    こんな風に落ち着き払った態度で接してくれるお前は、前より、ずっと、

    「お前さ、なんか格好良くなったよな」

    ふいに口からでた、あまりにも脈絡の無い言葉にすぐに違和感を覚える。古文のプリントより、いかに早く帰るかより、いま自分は冬弥のことしか考えていなかった。そうとわかると今度は顔に血が上ってくるのを感じる。きっとお前だけが先に進んでいくみたいで悔しかったんだ。これじゃ八つ当たりみたいだ。
    思って謝ろうとした。

    ごめん、今のなし。

    自分の発言に戸惑う彰人をよそに、冬弥は一瞬目を見開いたのち、目元を綻ばせ、大人びた表情をして言った。

    「ありがとう」

    尚も赤面している彰人はどこに視線を合わせればいいのかわからなくなる。恥ずかしいのが自分だけなのが恥ずかしい。顔を隠すために下を向いて視線をそらしてしまいたかったが、何故だかもったいないような気がしてそれもできなかった。

    「俺はまだ、お前の前では少し格好つけていると思う」

    図書室に行ってくると何でもないようにさらりと続けて彰人の横を通り抜け、彼は教室から去っていった。

    すぐに行ってくれてよかった。心臓の奥がギュッと縮んだような気がして、もう一瞬たりとも普通の顔ではいられなかった。彰人は固く目を閉じ、頬に手を当ててみる。その熱さからまだ赤いのがわかる。思わず反芻した、彼の表情。声。言葉。

    あんな、本当に格好良い奴しか許されない台詞はなんていうか反則だ。ルール違反だ。

    自分の顔が未だ熱を持ち続けている意味もわからないまま、彰人は心臓が落ち着くまでの間教室に誰も入ってこないことを願った。




    冬弥はずっと俯いたまま廊下を歩いた。段々とその速さは増していって、しまいには走り出していた。途中何人かの生徒とぶつかりそうになったが、すんでのところで避けていった。
    けれどついには図書室を通り過ぎ、ひとけのない突き当たりの科学実験室の扉に両手をついてぶつかると、そのままずるずるとしゃがみこんだ。

    「……それって、どういう意味なんだ…、彰人、」

    たぶんきっと、深い意味はない。それでも何かを期待してしまうのは、言った相手が特別だから。

    いつからか、彰人への感情は信頼信用、親友という言葉には収まりきらなくなっていた。

    自分が相手を一番に思うように、相手にも一番に思って欲しい。

    誰彼構わず自分らしく接する彰人だからこそ魅力に感じたはずなのに、我ながら浅ましい欲求だった。
    そしてこの気持ちを形容するものを自覚するのと同時に、そのどうしようもなさに絶望した。

    何がどう転んだって、叶うはずがない。
    ならばいっそ隠し続けたままで、できるだけ近い存在としてありたかった。

    そばに居ることができるのはもちろん嬉しかったが、最近ではこれで良かったのか疑問に思うこともある。
    いつまでこんなことが続くのか、逆にいつまで続けていけるのかと思うと苦しかった。

    この間に、どれだけの我慢をしたことか。
    もともと自分には、恋心なんていう難しいものを扱えるわけがなかった。
    冬弥の苦労は多岐にわたり、気持ちを隠すためには全ての発言や行動に気をつけなければならなかった。そして次第に努力が実を結んで、行き場のない想いはずっと胸の奥にしまって、その蓋を厚くしていけるはずだった。

    だのにこのザマはなんだ。たった一言で、こんなに心をかき乱されてしまうなんて。

    瞳は閉じたまま、大きく息を吸って荒い呼吸を整える。顔を赤くしている先ほどの彰人の姿が浮かんでくる。おそらく今の自分も同じようなものだ。それどころか耳までもがじかじかと熱いので、何度も両手を頬や耳に当てては赤みを抑えようと試みる。

    思い返してみれば、発言そのものより目を泳がせて慌てふためく様子の方が破壊力があったのかもしれない。そのまま衝動にまかせて抱きしめてしまいたかった。

    俺のことを、どんな風に思っているんだ。

    心のなかで幾度となく重ねてきた言葉を、薄暗い廊下の隅でひっそりと呟く。とても本人の前では声に出来そうもないのだった。

    ほどなくして、顔を覆っていた手を左右に引っぱって口を真一文字にし、それから両頬を叩いて緩みきった表情筋を引き締めようとする。ただ鞄を取りに来ただけなのに、あまり遅れるのは不自然だ。胸に手を当て、平常心平常心と言い聞かせながら立ち上がり、振り返っていま来たばかりの方向へと戻っていった。

    17歳という年齢が人生の一大決心をするにはまだまだ未熟で、有り余る感情を押し殺しながら生きていくには時間があり過ぎるということを、この時の冬弥は知らなかった。
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    【類司】新年早々、君って人は…『類…今から、その……お前の家に泊らせてもらうことって、できるだろうか……?』
    「はい?」

    そんな連絡が来たのは、年が明けてすぐのことだった。



    年末年始。子供たちは冬休みだとはしゃぎ、大人たちも子供と遊んでやれる少ない休みだから、とフェニックスワンダーランドにやってくる家族連れも多い。
    だから、僕らもショーを披露しようと休み前から計画を立てていた。

    「なんていったって客がたくさん来るんだ! 未来のスターたるこのオレが、みんなを笑顔にしないで誰がするー!?」
    「お~! いいぞー、司くーん!! みんながキラキラの笑顔に…わんだほいだね!!」
    「フフ、楽しそうだねぇ。そしたら後ろの方のお客さんにも見えるように、いつもよりも派手に爆発させて…」
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