ボル作 美女やじゅパロ(タイトル未定)いつもと変わり映えのない朝が今日も来る。私はいつもの様に紅茶を嗜み、店を開ける準備をする。店といっても繁盛とは程遠い店だ。祖父から受け継いだこの図書館兼本屋は幼い子を持つ親が絵本を借りにごく稀に来るぐらいで基本人は寄り付かない。ここに毎日の様に顔を出すのは「村一番の変わり者」と私と一緒に店番をしてくれる幼馴染ぐらいだ。
「おはよう」
「はよ」
空気の入れ替えのために開けた窓から聞き慣れた声がする。振り向くと幼馴染の二人がいた。
「おはよう。モニ太、ライト。今日はいつもより早いじゃないか」
「昨日お前が少し掃除したいって言うからわざわざ早めに来てやったんじゃないか」
「何自分が提案したかのように言っているんだ。言ったのは私だ。貴様を起こしたのも私だ。まったく・・・知恵熱の前ではカッコつけやがって・・・」
「はははっ!何はともあれ来てくれて嬉しいよ。さあ早く掃除しよう。いつものお客様が来てしまう」
本を綺麗に並べ直し、埃を払って床を拭く。そうしていると段々と村は賑やかになっていく。物を売り買いする人々、朝の身支度をする人々、自身の家畜を追いかけ回す人。そんな慌ただしくしている人々に一切目を向けず本に落とした目を他所に移すこともせず華麗に避けて一人の少年が私の店の扉を意気揚々と開ける。
「おはようございます!知恵熱さん!」
「ああ、おはよう名作くん」
「借りた本を返しに来たんだ。新しい本入ってない?」
名作くんと呼ばれた彼は目を輝かせて本棚を物色する。半袖の白のシャツに明るく目立つ水色のオーバーオールを着て、黄色の髪飾りをつけて、取手が赤いリボンで飾られているカゴを持っている。いつもと全く同じ装いだ。
「あのなぁ、昨日と全く同じことを言わせてもらうけど、この村に新しい本なんてそうそう入ってこねーよ」
「それ昨日と一語一句同じだね、ライトさん」
「お前が同じことを聞くからだ!」
「ところで名作くん、返しに来たこの本・・・すごく分厚いし、昨日借りに来た本だよね?もう読み終わったのか?」
「一日かけて読んじゃった!もうすっごく面白いの・・・!魔法あふれるファンタジーな世界!怖い魔物に攫われたお姫様を助ける物語!道中で勇者が成長していく姿がなんとも言えなくて・・・読み終わったらいつも感動するんだ・・・・!!」
ライト達と会話している最中も本棚から視線は逸らさない。「綺麗に並べ替えたんだね」と一言漏らした。
「ああ。そうだ・・・何か不満だったか?」
「いやぁね、これシリーズ別に分けた方が探しやすいんじゃないかなって。あとは絵本は絵本で固めて、小説は小説。そのなかでも挿絵の有無で分けた方がいいかも。あ、ごめん僕の勝手な意見を・・・あ!今日はこの本にするね!」
一瞬だけこちらに目を向けた後、気に入った本を見つけたのか緑の表紙の本を手に取り私に渡す。
「名作くんの意見はしっかり取り入れるよ。ちょうどいい並べ方がないか考えてたとこなんだ。・・・・今日はこの本かい?好きだね」
「え、そんなに借りてる?」
「通算五十回目だ」
「えぇっ?!そんなに?!」
名作くんは借りた回数に驚きながらも少し嬉しそうにする。それだけお気に入りということだろう。「買っていけばいいのに」とライトが呟く。私も確かにと思ってしまった。うちは基本は図書館として機能するが気に入った本があれば買取も可能だ。だから本屋としても機能する。ライトのつぶやきを聞いていた名作くんは「経営が不安?」と悪戯に聞いてくる。
「まぁ、この店は私たちの趣味みたいな物だから経営とかもないが・・・そんなにこの本が好きなら買っていけばいいのにって話だよ」
「買いたいのは山々なんだけど、家にある本棚は父さんの本でいっぱいだし、一日一冊、借りに来るからちょうどいいんだ。自分で本持っちゃったら家事に手がつけられなくなっちゃうし、買い出したらきっとこの店の本全部なくなっちゃう。そしたら他の子がかわいそうだよ」
「君しか読まないよ」
「今はね。でもきっといつか僕みたいな本好き現れるよ」
そう言った名作くんは少し悲しそうな表情を浮かべ、すぐ笑顔を取り戻し私から本を受け取って店を出ていった。
「普通の本好きは現れても、名作くんみたいに本に執着するタイプの本好きは現れないと思うなぁ」
「そうだな。あれは・・・・異常だ。あいつは普通を装うことができるちょっとどこかズレた人間だ」
「父親のせいっていうのもあるかもしれないが・・・・彼が「村一番の変わり者」と言われる由来はきっと本人のあの夢見がちで空想癖がある異様なほどの本好きってところからかもしれんな」
来た時と同じように本を読みながら慌ただしく移動を続ける人々を華麗に避け、村外れの一軒家に帰っていく少し目立つ背中を私達は三人で眺めていた。
本を読みながら帰路に着く。村の人は僕に否定的だ。「風変わり」「謎めいている子」と僕が前を通る度ヒソヒソと言葉を交わす。はっきり「村一番の変わり者」だと言って仕舞えばいいのに。いくら空想ばかりだと言っても、みんながそう思っていることがわからないような馬鹿な頭じゃない。
「知恵熱さん達ぐらいだ。僕とちゃんと話してくれる人は・・・・」
ふと寂しくなって呟く。僕が変わり者だと知っていても優しく接してくれる。陰でどう思われているかはわからないし、こればっかりは知りたくもないが少なくとも・・・・村の人のように否定的ではないと信じたい。
「あ、」
僕は足を止め、家への道から広場の方へ方向を変える。ゆっくり読みたい大好きなシーンのひとつがやってきたからだ。家までなんて待ってられない。噴水付近に腰掛けじっくり本と向き合う。王子様と彼に仕えていた人達が魔女の魔法で姿形が変えられてしまうシーンだ。チヤホヤされていた少し気性の荒い王子様。優しさを無くしてしまい人を見た目でしか判断しなかったが故に醜い老女に変身していた本当はとても美しい魔女を追い返した。そのせいで呪いをかけられてしまうのだ。王子様は醜い獣に、その他の人は家具などに。その後王子様と結婚の約束をしていたお姫様と鉢合わせることになる。王子様はいつものように接するけれど、お姫様から見た王子様はただの獣。悲鳴をあげて逃げてしまう。
「お姫様も気付かないんだよね・・・あの獣が王子様だってこと。そりゃ気付かないよなぁ、ずっと一緒にいたわけじゃないし、国の為、親が決めた好きでもない結婚相手のことなんてどうでもいいもんね」
読みたいシーンを読み終えた僕はまた家へと向かって足を進める。村の端に来た時ふと大きな影が僕を覆った。その影は僕が持っていた本に手を伸ばし奪っていく。厄介な人に捕まったと内心うんざりしつつ、精一杯の笑顔を向けて振り向いた。
「おはようございます村長」
「ああ、おはよう。名作くん」
村長は僕に見向きもせず、まるで穢らわしいものを持つかのように本を持っている。
「全く・・・・こんなものの何がいいんだか。所詮物語は物語だ。これが現実になるわけでもあるまい」
僕が好きなものを「こんなもの」呼ばわりされたことに腹を立てつつそれが伝わらないように一生懸命言葉を選んで反論する。
「それは・・・そうですけど、でも・・・だからこそいいものがあるっていうか何というか・・・・沢山ある物語の中でもその一つ一つの作品に良さがあるんですよ。現実にあるない関係なくただ、それが僕は、好きで・・・」
「つまらん。この村で生きていくなら家畜の育て方と最低限の家事を覚えていればいい。学問など必要ないだろう」
「それは・・・どうでしょうね」
道の端に投げ飛ばされた本を僕は拾いに行き、砂を払い綺麗にする。「借り物なのに」という悲しい気持ちと、本を粗末に扱われたことに対する怒りをどうにか押し殺してまた村長に向きあう。
「今日は一体どのようなお話で?」
「例の話、いい加減君も腹を括ったらどうだ」
「れ・・・例の話・・・とは・・・・?」
「私の娘との結婚話だ」
その言葉にドキリとする。今一番したくない話だ。
「や・・・お話自体は・・・すごく、嬉しいのですが・・・・まだその件に関しては僕も考えてますし、何より歳の差が親子並みにあるというか、なんというか・・・や、それが原因じゃないです。ただ僕が釣り合うとは到底・・・・あの、でも、ま、、前向きに考えてはいるので・・・・・!では!!」
言葉を選んで喋って後退りつつ、僕は家へ逃げるように帰った。
「ハァッ・・・!ハァッ・・・・!」
扉が勢いよく閉まり、息を切らした愛息子が帰ってくる。
「おーおかえり名作ぅ!村はどーやった?」
「い、いつもと変わんなかったよ。みんな忙しそうだった」
「ところでそんなに急いで帰ってきてどないしたん?」
「なんでもないよ!ところで帰ってくるの遅くなっちゃったね。今から朝ごはんの準備するから、ちょっと待っててね!」
何かを隠すように慌ただしく息子はエプロンを身に纏い、せっせと朝食の準備を進める。数分経った頃には珈琲の匂いが小さな家を優しく包みこんだ。
「ねぇ父さん?・・・僕って、変わってる?」
「名作が?なんでまた。誰に言われたんや、父ちゃんに言うてみ?」
「別に誰かに言われたわけじゃないよ。ただなんとなく・・・そう思って。村の人とちょっと違うなって・・・」
「まあ、ここは村の外れにあるからなぁ、お前と年の近い子もおらんし、それは仕方ないことやと思うが、それを「変わってる」って言うのはちょっと違うやろうな・・・」
朝食を食べ進めながら息子と言葉を交わす。息子は変わってなんかいない。至って普通の男の子や。
「ところでなぁ名作、父ちゃんしばらく家空けるわ」
「え?!また?!今度はどこに行くの・・・?」
「ん?あの山を越えたとこにある町や。論文発表しに行くねん。しばらくっちゅーのは父ちゃんが賞を取るからや。したらインタビューとか色々あるやろ?せやから「しばらく」っちゅーことや。前みたいに遠いとこはもう行かんよ」
息子の頭を撫でようと伸ばしたては息子の頭に触れる少し前で息子に払われてしまう。「そっか」と安心したように呟いた息子はニヤリと笑い、「賞を取る前提なんだね?」と言った。
「当たり前や!父ちゃんのことなんや思ってんねん!」
「ただの親バカ」
「ん〜〜〜〜悔しいけど正解っ!」
賑やかだった朝食を終え、馬に乗って息子のいる家を出る。
「気を付けて。迷子にならないようにね!」
「大丈夫や!一本道やさかい!!」
「それが心配なんだよ!!!」
どんどん小さくなっていく息子の声を背に馬を走らせた。
「・・・しもた。この地図古いやつやったんか・・・・」
一本道と書いてある地図とは違い、目の前には一本道を無理に二つに分けたような分かれ道があった。
「どないしょ・・・でも、戻ってる時間もないな・・・・ええい!こっちや!」
己の勘を信じ、少し霧のかかった道へ進む。奥へ行くとだんだん不気味になってくる。それこそ物語でよく描かれるような不気味さだ。
「うう・・・寒い・・・・」
日もすっかり落ちきって、辺りは真っ暗。森の奥はまだまだ雪が沢山積もっていた。
「すまんなぁ・・・もう少しだけ我慢してくれ」
何かに怯えているような馬を宥めていると、何か生き物の鳴き声がした。馬の鳴き声じゃない明らかに喉を鳴らして唸る声だ。
「ええな・・・合図したら走るんや・・・・・」
しばらくの沈黙が流れる相手は獲物の様子をじっくりと伺っているようだった。
「今や!全力で走るんや!!」
今までとは打って変わった速さで風を切るように走る。そんな我々を追いかけるように「ヤツ」は唸り声を上げてどんどん近づいてくる。パニックになってしまった馬は制御できないほど暴れてワタシは馬の背から落ちた。雪のおかげで幸いにも怪我はなくすぐ背後にまで迫っている奴から逃げるため走る。馬はきっとあの家に帰るだろう。暗闇をただ闇雲に走った。
「オオカミや・・・・あかん・・・喰われるっ・・・!」
絶望の最中にいた時目の前に大きな門が聳え立った。鍵が閉まっているかもしれないと思いながら、門に手をかけてみると、錆びついた不気味な音を鳴らしながら門はゆっくりと開く。不気味な建物の中に入るかオオカミに喰われて死ぬか。
「生きるか死ぬかなら・・・生きるに決まっとる・・・!」
ワタシは門を潜り開いた門を閉めオオカミが入ってこれないのを確認すると、同じように鍵の空いていた扉を開け、迷うことなく建物の中に入った。
「ニンゲンだ、ニンゲンだ。ニンゲンがキた」
「ひさしぶりだネ」
「でもカワイソウ」
「だってココカラデラレナイ」
「ここから生キてはカエレナイ」
「イきてカエレタやつはイナイ」
「イッショウここカラ、デラレナイ!」
微かに聞こえた幼い少し機械的な子供の声は広間に響き渡る。お化け屋敷かどこかに紛れ込んでしまったのだろうか。それにしても随分と恐ろしい雰囲気の城だ。バサッと何かが落ちるような音が聞こえる。それと同時に目の前に鳥の羽が落ちてきた。
「何か・・・住み着いとるんか・・・?」
上を見上げるととても高い天井の暗闇からギョロッとした目がこちらを覗く。そして先程より大きな音を立てて飛び立った。どうやらあの鳥の羽のようだ。窓から差し込む月明かりだけが頼りだった広間を突如天井と同じ暗闇が包む。もしかしたらあの鳥が何かにぶつかってカーテンを閉めてしまったのだろうか。足元さえも見えなくなって、ワタシはその場で立ち尽くした。
「ど・・・どないしたら・・・・・。誰か・・・・誰かいませんか・・・?!オオカミに襲われて迷い込んだだけなんですぅ!助けてください!!」
今出せる中で一番の声量で尋ねるが、返事はない。外で聞いたのと同じ唸り声が聞こえてきた。ここはオオカミの巣だったのだろうか・・・。
「あ、あの・・・!誰か!!」
恐怖で身が固まる中また同じ声が響く
「ドウスル?」
「シラナイ」
「ワカラナイ」
「アノおかたにマカセヨウ」
「「「ソウシヨウ」」」
「あのお方・・・それは一体誰や。やっぱり人住んで・・・?」
突如として暗闇から伸びてきた手に捕まり、ワタシは何処かへ連れ去られてしまった。「アーア」「ヤッパリ」と言う声が聞こえた気がした。
「お父様はご在宅かね?」
父さんを見送ったすぐ後、掛けられた声にビクッと肩を振るわせる。今日はとことんしつこいなぁと思いつつも「今出かけました」と笑顔で答える。
「そうか。少しお邪魔するよ」
「え、あ、あの・・・父はすぐには帰ってきませんが・・・」
「そうだろうな」
「じゃあ、家へ上がる理由はないですよね?」
「君に用事があるんだ」
「そうでしたか・・・すぐにお茶を用意しますね」
突然の訪問をしてきた村長は近くにあった椅子に適当に腰掛け、退屈そうにしている。僕は急いで家にある中で一番美味しいと思っているお茶を用意し、気付かれないように深呼吸した。どうせまた結婚の話だ。
「ところで・・・ご用件は?」
「君と私の娘の結婚の話だ。式はいつがいい。明日でもいいぞ」
「そんな・・・急じゃないですか?それにその件は今朝・・・・」
「ハネムーンはどこがいい。金と馬車なら出してやろう。もちろん御者付きだ」
「それは・・・ありがたいですね〜」
「あはは」と愛想笑いを溢す。大事な娘をどうして変わり者だと言われている僕なんかと・・・と思っていたが、その事について聞かずとも、会話の中でだんだんその謎が解けてきた。要は・・・僕と自身の娘をまとめて厄介払いしたいのだ。
「娘さん・・・何人かいらっしゃいますよね?お話に上がっているのは長女さんでいいんですよね?」
「他に誰がいると言うんだ」
「や・・・確認。確認ですよ!」
村長の娘さん達は皆奥さんに似てとても美人だ。次女以降の子はよその村や町のいいとこの御子息と結婚したとか嬉しそうに言いふらしていたのは覚えている。でも長女さんは・・・・色々難ありな方だ。妹達は美しい母親に似たと言うのに自分だけ父親に似てしまったことに酷くコンプレックスを抱いていて、そして超ヒステリックな人だ。奥さんの方は彼女を可愛がっていたらしいが村長は自分に似た娘に興味さえ示さなかった。なのにそれ相応の年齢になれば「結婚しろ」だとか小言を言ってきて・・・・。ああ、だめだどうしても長女さんに情が湧いてしまう。ヒステリックになったのも正直村長のそう言う態度が原因だと思うから、あの家から出てさえすれば落ち着いてくれるだろうとも思った。その長女さんと僕の年齢が多少なりとも近ければ、まだ僕も今よりもっとずっと前向きに考えたかもしれない。実の父親と十歳ぐらいしか違わないのは正直きつい。だって僕が生まれたのが随分歳をとってからだったらしく、今の僕と父さんで若めの祖父と孫ぐらいの差があるんだから。
「うぅ・・・でも・・・」
「なんだまだ渋るのか。お前もそろそろいい年齢だろうに!」
腹が立った様子で机をバンッと叩く村長に、僕も苛立ちを覚える。あーあ、村長のお願いの仕方次第だったかも。「お前がいいという奴などいないだろう。仕方ないから娘を差し出してやる」という態度がやっぱり一番気に食わない。と言うか・・・いい年齢ってなんだよ。僕は今年の誕生日で十六歳だ!行き遅れでもないだろうに!
「ま、また・・・父が帰ってきた時に話し合いますので、今日はこの辺で・・・」
「いいや。「はい」と言う返事を聞くまで帰らん」
「家の用事がありますので・・・村長だってそうでしょう?」
「ふんっ。家のことなど女にやらせればいい。ほらみろ、嫁がいたらお前だってこんなことしなくていいんだ」
「僕は好きでやってるので・・・」
村長はまた鼻を鳴らしてそっぽを向く。村長の奥さんよ・・・・どうしてこの人が良かったんだ。やっぱり親に言われて渋々だったのかな。ああ言えばこう言われる。こう言えばああ言われる。話がほとんど通じない。そんな人をさて、どうやって帰って貰おうか。と頭を悩ませていたその時、ノックの音が飛び込んできた。
「はーい。どちら様?」
随分と今日は訪問客が多いなぁと思いつつ、扉についているレンズを除くと帽子を外しもじもじ・・・というかビクビクしている少し白髪の混ざった髪をした男性が立っていた。服装から見て、村の人だ。僕は扉を開けた。
「どうしました?」
「村長・・・いらっしゃいます?」
「はい。いますよ」
「嗚呼っ村長・・・!早く村へ戻ってきてください!今日は会議があるから来いと仰っていたじゃないですか!奥様もお待ちです・・・!」
「・・・そうだったな。すまない今から行く」
のそのそと動き出した村長を見て僕は内心胸を撫で下ろし、迎えにきた男性に心の底から感謝した。「この話はまた今度」と小さくいい残し、村長は家を出た。見送った僕はきっと過去一番いい笑顔だっただろう。
「はーーー!帰った帰った!!よっしゃぁ!」
嬉しさのあまり、軽く身を踊らせる。快適だ。詰まった空気が一気に浄化された気がする。楽しい気分で餌を持って家に隣接している飼育部屋へと向かう。
「みんなーー!ごめんねぇ!お腹すいたよね。お待たせ!」
僕が入るや否や、鶏達は駆け寄って餌を寄越せと訴えて来る。飼育部屋には数匹の鶏、ひよこ、牛がいる。家畜として育てているのではなくみんなペット(家族)としてだ。そして牛からは牛乳を鶏からは卵を少しずつもらっている。寿命で死んでしまった時はその命に感謝して食べることはあるが、食べることを目的として育てているわけではないので、家畜ではなく大事な家族で、僕の話相手だ。
「ねえみんな聞いてよ。また僕結婚を申し込まれた。信じられる?まだ十六だよ?!別に娘さんが悪い人じゃないって言うのは知ってるんだけどあの村長が義父になるって言うのが嫌!そして年齢差も嫌!ほんと、どんな冗談だよって思ってたよ。はじめはね・・・」
僕はみんなの手入れをし終わった後、小さくため息を吐き、「厄介払いねぇ」と呟く。
「ううん。絶対嫌!」
持ってきたものを空になったバケツに詰め込み、飼育部屋を出る。
「死んでも村の誰かと結婚なんて出来なーーーーーーい!!!!!!」
村から遠い、家の近くにある草原で僕はそう叫んだ。遠くへ行きたい。誰も僕を知らないような場所へ。そして僕を受け入れてくれるような優しい町へ行きたい。そこでとっても素敵な物語に出会った時のようなワクワクと、ドキドキと、トキメキを感じたい。それを感じれる人と出会えたらどれだけいいか。
「夢物語でも空想でもいいじゃない・・・・」
そこでしか僕は自由に生きられないのだから。
「ヒヒィン」
聞きなれた馬の鳴き声にハッとする。山の方から出てきたのは父さんが乗って行ったはずの馬だった。それなのにそこに父さんの姿ははい上に、馬は興奮して暴れているようだ。
「ちょっ・・・!待って!どうどう・・・大丈夫落ち着いて。僕だよ名作だ!」
馬は暴れつつも僕の声と姿を確認したのか少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「よしよし・・・いいこだね。あ、足怪我したんだ・・・・。おいで、手当てしよう」
馬の手綱をしっかりと持って、家へ連れて帰る。幸い足の怪我は浅く擦り傷程度だった。
「よし。これでもう大丈夫。ねぇ・・・・父さんはどこ?何があったの?」
馬はブルブルと悲しそうに俯く。何か大変なことがあったのは間違い無いだろう。
「動ける?僕を父さんのところまで連れってって」
こちらは少しずつ春に近づいているとはいえどきっと山の中・・・・それこそ山の奥はまだ寒いはずだ。僕は厚手のポンチョに身を纏い、家を後にした。
「え・・・本当にこっちで合ってるの?なんだか・・・明らかに雰囲気がおかしいんだけど・・・・」
二手に分かれていた道を霧のかかった方へ曲がる。奥へ進んでいくと、道はだんだん雪に覆われ、その雪にはまだ新しい馬の足跡がついている。きっと父さんもこの道を通ったんだ。そしてまだお昼にもなっていないと言うのに、だんだん夜の様に辺りは真っ暗になってきた。霧のせいでそう思うのか、高く伸びた木々が火の光を遮ってしまっているのだろうか。
「待って、何かいる・・・」
ただならぬ気配を察知し、辺りを見渡す。遠くに聞こえた唸り声からして、それなりに凶暴な野生動物と判断ができる。ゆっくり歩くように指示し、ただひたすら真っ直ぐ突き進む。途中で足跡も何もかも消えてしまったけれど、僕は少し不気味な大きなお屋敷にたどり着いた。行き止まりだと引き返そうと思ったが、雪の跡を見てここに父さんがいると感じ取ったのだ。歩幅が不規則な足跡と、獣の足跡。きっとこの動物に襲われて父さんは逃げるようにこの建物内に入ったんだ。
「この屋敷の人が助けてくれたのかな・・・?」
そう思ったけれど、とても人が住んでるとは思えない廃れっぷりだった。
「ここで待っててね」
不法侵入かもしれないと思いつつも、後で事情を話して謝ろうと心に決め、馬を敷地内の木の付近で待たせ、僕は屋敷の戸を叩く。鍵が空いているのか、ノックと同時に不気味な錆びついたような音を立てゆっくりと少しだけ開く。
「し・・・失礼しま〜す・・・・」
空いた隙間から少しずつ顔を覗かせ屋敷内へと入る。薄暗くやはりどこか気味が悪い。
「あのー・・・父を探しにきたんです・・・!来てませんか?僕にそっくりで髭の生えたおじさんが・・!」
返事はない。家主などいないんじゃないだろうか。
「父さーーーん!」
好奇心旺盛でどこか能天気な父さんのことだ。はじめはこの空気に怯えたかもしれないが、すぐに馴染んで、この屋敷を探索している可能性だってあり得る。入る足跡はあれど、出ていく足跡がなかったから、屋敷から出ていないのは確かだ。
「父さ・・・」
もう一度声をかけようとした瞬間、ゾクっと背筋が凍る感覚がした。「何か」いる。それも複数。恐る恐る後ろを振り向くが、そこには何もない。でも確かに誰かに見られた気はした。上の方から、微かに音が聞こえる。上を見上げると大きな目が二つ、ギョロリと此方を見ていた。
「ひっ・・・!」
出そうになる悲鳴をグッと堪える。不法侵入したのはこちらの方だ。今僕が叫ぶ資格などない。
「あ、あの・・・!さっきも言いましたが、父を・・・・!探してて・・・!し、知りません・・・か・・・?」
天井にある大きな目に問いかける。一度瞬きしたかと思えば、バサバサと音を立てて何処かへ飛んでいく。
「と、鳥かぁ・・・」
梟か何かが住処にしているのだろう。鳥にびっくりするなんて・・・なんて情けない。声をかけても返事がないことだし気を取り直して、僕もこの屋敷を探索しようと歩みを進めた途端どこからともなく少年に近い声が聞こえた。
「コッチ」
「え・・・?」
「コッチだよ」
「あ・・・りがとう、ございます」
何処に連れて行かれるかなどわからなかったが、光も無い中闇雲に歩くわけにも行かず、声のする方へ僕は歩いた。歩く度響く自分の足音、僅かに聞こえるクスクスという笑い声。「ギィ・・・」と錆びた扉が開くとそこから今までとは打って変わった明るい世界が広がってきた。
「眩し・・・」
突然の光に一瞬目を閉じる。次に目を開けるとそこは大きな暖炉のある部屋だった。暖炉では薪がパチパチと音を立て、暖かくも恐ろしい炎を生み出している。暖炉の前にある大きな椅子を止まり木代わりにした梟が一匹、こちらを見つめている。
「っ・・・」
僕はまた小さく悲鳴をあげそうになったのを堪える。椅子の付近では、狼が丸まって寝息を立てていたからだ。梟はそんな狼など気に留めず、大きな羽音を立て別の扉の前まで飛び立つ。安全な場所を教えてくれているような気がして僕は狼を起こさないように気を付けながら梟のいる扉の前までゆっくりと移動する。
「あ・・・」
通り過ぎるときに狐も一緒に眠っているのが見えた。ここは野生動物の住処にでもなっているのだろうか・・・。扉付近から部屋を見渡すと、ブリキのおもちゃに、宇宙飛行士の人形と言ったような小さな男の子が好むようなものが真新しい状態で落ちていた。屋敷はかなり古びた感じなのに、真新しいおもちゃが落ちているなんて・・・。少し不気味に感じつつも、僕は梟を追いかけ続けた。
「コノ階段をオリル。ソコニイル」
「この下・・・」
道中拾った蝋燭で階段の下を照らす。どう考えても、これは地下牢に続く階段だろう。父さんでも流石にそれはわかるはずだが、好奇心の赴くまま、次のネタになるとか考え、自分で降りていった可能性がある。
「・・・ちょっと待って。君今喋った?!」
「ウン。喋る。ずっと喋っテタ」
確かに少年の声が聞こえたのは決まってこの梟の姿が見えない時。でも声の主だと思っていた少年は僕のいく先をずっと見ているような口振りだった。何処かで見ているんだと思っていたが、まさか真横にいた梟だなんて・・・。
「オドロイタ?」
「そりゃ・・・まぁ・・・」
僕の頭の上に止まっている梟は僕の顔を覗き込む様に体を屈ませそう言う。僕の返事を聞くと小さく鳴いた後、首を傾げた。
「デモ怖がってない。キミ、とても楽シそう」
「え・・・・・」
「ワラッテル」
「笑ってる」・・・?その言葉を不思議に思いつつも僕は胸に手を当て、考える。今の僕はもう、この屋敷を怖がってないようだった。確かに、次はどんな部屋に辿り着くんだろうと、ワクワクしていた気がする。
「楽しい・・・うん。確かに楽しんでるかも・・・・」
今までの日常は窮屈だった。居場所のない村からどうにか逃げ出したかった。父さんのことは心配だし、家へ帰りたいとも思う。だけど、父さんを連れてあの「村」には正直もう帰りたくはない。
不気味なお屋敷。でも、中はとても温かく、喋る動物も居るだなんて、それこそ何処かの物語の中へ入ったみたいだ。
「ココにずっといる?」
「え?」
「ジョウダンだよ。アノ方に見つかる前にお父サン連れて帰りナ」
「あの方・・・・?」
考え込んだ僕の様子を見てか、梟はそう言った。梟の言う「あの方」がこの屋敷の主人ならば、一言挨拶と、父を匿ってくれた礼と、不法侵入を詫びねば。だなんて呑気な事を考えつつ梟に急かされるままに階段を降りていった。
「父・・・さ・・・・ん?」
「・・・名作か・・・・・?」
階段を降り切るとそこは僕の想像通り地下牢で、父さんは罪人のように、不衛生な牢屋の中に閉じ込められていた。
「父さん!!」
僕は急いで父さんの元に駆け寄り、どうにか鍵を開けれないか必死に檻を揺らす。
「酷い・・・・誰がこんなことを・・・・!」
「わからん・・・背後から急に来て、気がつけばココに・・・・」
「そんな・・・」
父さんは「でも、不法侵入したのはお父ちゃんやしなぁ」と笑って誤魔化す。僕は今までのように笑っていられなかった。梟の言っていた「あの方」に一言詫びようと思っていたが、罪人のように扱われている父さんを見ると、見つかる前に早く逃げなくてはいけない。そんな気がした。
「待っててね、今僕がどうにか出すから・・・」
辺りに何かないか見渡そうとしたその時、梟は音を立てて窓の外へ逃げるように飛び立ち、背後から低く唸る声が聞こえた。
「何者だ」
背中に汗が伝う。声色から相当怒っている様子が伝わってくる。僕は深呼吸をし、言葉を紡いだ。
「僕はこの牢屋の中にいる男の息子です。父を、助けに来ました」
「助けるも何も、そういつは罪人だ。不法侵入してきたんだぞ!」
「でも・・・!外は吹雪いて、道に迷って、あなたに助けを・・・!」
「入っていいなんて一言も言ってないまん・・・」
「まん・・・?」
「黙れ!!!!!!」
途中で区切られた言葉の続きを聞き返したら、理不尽に怒鳴られてしまい、ビクッと肩を震わせる。父さんをここから出す気なんてさらさらないようだった。
「何か方法があるはずだよ・・・」
「そんなものはない。帰れ!!」
「待って!!!!」
僕は見逃してくれるのか、そのまま立ち去ろうとする後ろ姿を呼び止める。「なんだ」と小さく聞き返してくれた。聞く耳を持ってくれているだけ、ありがたい。
「僕を捕まえて」
「名作!よせ!!」
「何・・・?!」
僕の一言に驚いたのか、こちらを勢いよく振り向いた。はっきりとした姿は見えないが、月明かりに薄らと映し出されている大きな影の形で、なんとなくの動きがわかった。たじろぐその姿は本当に困惑しているのがとてもよくわかった。
「・・・父親の、代わりに?」
「そうだよ。僕がここにいるから、父さんを村へ帰してください・・・・お願いします」
「永久にここにいると誓えるか?」
「永久・・・・・」
永久にこの牢屋の中にいれば僕はどうなるんだろう。飢え死にしてしまうのだろうか。ずるずるとしぶとく生き延びてしまうのだろうか。もしかしたら、先程見かけた狼の餌にでもされてしまうのだろうか。どれにおいても言えることは一つ。自由を失えど、父と会えなくなってしまっても、厄介払いをしたがっている村長らがいるあの村へ帰るより何倍も楽だということだ。何も考えずに日々を無駄にすればいい。
「貴方の・・・顔を見せて」
「・・・・・」
この先顔を合わせなくとも、屋敷の主人であろう人の顔を一度も見ず過ごすのは、とても嫌だった。暗闇から月明かりの下に来たその人・・・いや、その生き物の姿は・・・・・全身真緑で、何かを背負っていて、ほのかに海の香りがして、僕なんかよりもはるかに背が高く・・・・恐ろしかった。
「っ・・・・・!」
想像のできない生き物に、僕は思わず目を背けてしまった。檻の隙間から、父さんが腕を伸ばし僕を抱きしめようとしてくれるが、届かず、そっと肩に手を置いた。
「名作・・・・」
「お前がそんなことしなくていい」と言いたげに心配している父さんの顔を見ると、泣いてしまいそうだったが、「彼」が誓いを催促してくる。
「ここに居ると、逃げ出さないと誓えるか?」
「・・・・・誓います」
僕は彼の前に立ち、そう宣言した。彼は僕になど構わず、父さんの方へ足音を立てて近づき、牢屋の鍵を開け、父さんを外へ放り出すと、僕の腕を掴んで、牢屋の中へ乱暴に投げ飛ばし、鍵をかけた。彼は父さんの首元を掴んで、外へと向かっていく。その間父さんは床に引きずられながらも、「息子に乱暴はしないでくれ」と懇願していた。
「名作・・・・!」
僕が父さんの声に返事をする間も無く、彼は父さんを連れてこの部屋を出ていってしまった。
「あ・・・・あぁ・・・」
我慢できなくなってしまった僕はその場に崩れ落ち、顔を覆って泣いた。
「この男を村まで連れて行け」
私達の古くからの友人で、私達がお仕えしている主人で、このお城の持ち主のボルトくんは、私が「わざと」案内したあの男の子の父親を魔法の馬車に入れ、送り出すとまた城へと帰ってくる。その時に、不機嫌そうな目で私を捉えた。
「降りてこいホー助」
「・・・そこからでも見えるんですね」
「それで隠れたつもりなら、お前はかくれんぼが下手くそまんねん。それに、あの地下牢にお前の羽が落ちてた」
「あちゃぁ・・・やっちゃいました・・・」
「わざとだろ」と言いたげにギロリと睨まれ、私は身をすくめた。ボルトくんは舌打ちをして、城の中へと入る。私はそれを追いかけるようにして、彼の元へ飛んでいった。城の中へ入ると、動物やおもちゃなど、さまざまな姿の私のお友達兼お仕事仲間が不機嫌そうな表情で、彼を囲うようにして立っていた。
「なんだ・・・・」
彼が声を発した瞬間、火がついたように彼らは口々に不満を述べる。
「もっと言い方があっただろ!」
「人を乱暴に扱っちゃダメよ!」
「優しく丁寧に接してあげないと!」
「ここに人が来るなんて何年振りだと思ってるんだ!」
「大切なお客様ですよ?!」
「これを逃したら次はいつになるか!」
「「どうしてお前はそういつもいつもすぐ怒鳴るの!!!!」」
「うるさーーーーーーい!!!!俺の勝手まんねん!放っておけあんな奴!!!!!」
散々好き勝手言い終わった後、全員のその言葉に苛立ちを抑えきれなくなったボルトくんは城中に響き渡る程の大声で叫ぶ。
「年々酷くなっていくその態度が気に食わないんだ!!友達のよしみで我慢していたがもういい!!痺れを切らした!!!おれらも勝手にさせてもらう!!!」
そう声を荒げたのは駄作くんだった。それに便乗し「長年の不満が爆発しました」と言わんばかりにみんな声を上げていく。
「いい迷惑してたんだ!こんな姿に変えられて!」
「あたし達は巻き添え食らってんのよ!「すまん」って口ばっかり!ちょっとはあんたも元に戻るための努力しなさいよ!」
「時間ももうないんだよ?!焦るに決まってんじゃん!」
「この際男でも女でもいい!同世代ぐらいの人間に縋ってでもオレらは元に戻りたいんだよ!」
内に秘めた思いを最後まで出し切った彼らは城の中に散っていく。申し訳ないと思っているのは本当だろうが、ボルトくんは苦い表情で、彼らの背中を見つめていた。ボルトくんは小さく「俺だって」と呟いた。私は梟に姿を変えられているが、大きさは野生の梟と同じ。他のみんなだって、大きさは変身させられた姿に比例する。が、ボルトくんの場合は違った。亀に姿を変えられているが、若干人型も保っているせいで、二足歩行する大きな亀と言う状態だった。中途半端というかなんというか・・・動物でも、人でもなく、人外という言葉が一番しっくりくる姿をしていて、苦労していたのを私達は勿論知っている。それでもこう言われてしまうのは、この姿になった原因が彼であることと、彼の横暴ぶりにあった。俗に言う普段の行いである。
「ボルトくん、」
「なんなんだ。みんなして・・・そりゃ俺のせいまんねん。俺だって人間に戻りたいまんねん。でも・・・わかるだろ不気味な化け物なんだ。俺は・・・。お前もそう思ってるんだろ?」
「思ってます。当たり前じゃないですか。だけど今私はそう言う話をしたいんじゃなくて、今地下牢に閉じ込めたままの彼の事ですよ」
「お前もなんだかんだあいつらみたいに言いたいことはっきり言って俺の心の傷抉ってくるよな」
その件に関して、私は笑って誤魔化しつつ話を続けた。
「永久に彼を地下牢で過ごさせるんですか?もう少し、住み心地のいい部屋に・・・」
「お前らで勝手にやってたらいいまんねん」
「用意はしますけど、連れていくのはボルトくんがしてくださいよ」
「なんで俺が?!」
「貴方と、彼に、仲良くなってもらわないと。ね?」
私はわざとらしく笑みを浮かべ首を傾げる。彼は気まずい表情を一瞬浮かべた後、顔を背けた。私は「あの日のこと後悔してるんですよね?」「私達に申し訳ないと思ってるんですよね?」「責任取るんですよね?」「ね?」と笑顔を崩さず彼に詰め寄る。
「う・・・・・わかったまんねん・・・・」
「よし!言質取りましたよ!約束守ってくださいね?」
「あ・・・ああ・・・」
未だ目を泳がす彼を私は煽った。
「まさか・・・・こんな小さな約束も守れない男に成り下がってしまったんですか?!うそーーー!前よりもっとタチ悪くなってませんか?!えーーーー?!」
「焼き鳥にするぞ・・・」
「私なんて食べても美味しくないですよぅ」
暗くなっていた彼の顔に少し笑みがこぼれたので私は満足し、散ってった彼らに再度召集をかけ、掃除用具を持ちみんなで一緒に彼が使えそうな空き部屋がないか探しに行った。
「あいつがいいって言ったのか?」
「言うわけないじゃないですか。強行突破ですよ。無理やり「YES」と言わせました」
「なかなかすごいことをやりますね・・・」
「全くだよ。度胸あるね」
ちょうど良さげな部屋を見つけ、全員でせっせと部屋を片付ける。この姿になってから、人間だった頃のように動けなくなっていたので掃除などもかなり適当にしていたからか、埃や蜘蛛の巣が非常に目立つ。綺麗にしても誰かの毛が落ちたりするので完璧に綺麗にはできなかった。
「こんなもんだろ」
「これ以上はもう無理っすよ」
「よっしゃぁ!ほんならあいつに連れて来てもらお!目一杯もてなすで!」
「おい」
俺が牢を開け、声をかけるとあいつはびくりと身体を震わしたが、しっかりとした目つきで俺を睨んでくる。
「・・・て」
「聞こえん」
「さよならも言わせてくれないなんて酷いじゃないか・・・もう一生会えないんだよ?」
「・・・それは・・・」
俺が返答に困っているとあいつは小さく「何?」と聞き返してくる。話を逸らしたかった俺は話題を変え、本題へと移った。
「お前の部屋に案内してやる」
「え・・・」
あまり嬉しそうにせず顔に影を落とし悩むそぶりを見せた。
「一生ここで過ごしたいのか?!」
「いいえ!」
俺の一言に慌てた様に返事をすると俺の前に立つ。俺は「着いてこい」の一言だけ呟き、あいつらが用意した部屋へと案内した。道中点々と隠れるように立ってるあいつらが「声をかけろ」など色々言ってきたがかける言葉など見つからなかった俺は全部無視した。何度かチラチラあいつを見るがずっと俯いた様子で静かに俺の後ろをついてくるだけで、最後には涙を流していた。
「ここだ。西のはずれの塔以外なら好きに出歩けばいい」
「・・・そこには何が?」
「黙れ行くな。命令だ。いいな」
「・・・・・はい」
扉を閉めようとするとしつこいあいつらは飯に誘へと俺に言ってくる。確かに時期に飯の時間だ。誘っても不自然ではないだろう。あいつらに言われて動くのは少々癪だが、これまでも無視すると今後あいつらからの小言がどうなるかわからないので、嫌々誘う事にする。
「あー・・・・飯、一緒に食わないか?」
あいつは無言のままだ。チラリとあいつらに目を向けると「もっと言え」「諦めるな」と言うようなジェスチャーを取る。
「来て・・・くれると嬉しいが・・・・」
自分が人を誘っていると言う事実がだんだん恥ずかしくなってきて俺はついに感情任せに言葉を放った。
「別に来なくてもいいし、なんなら一生出てこなくてもいいからな!」
そしてそのまま俺は思い切り扉を閉めた。中から何度かトントンと扉を叩く音がしたのであいつは鍵まで閉められたと思ったのだろう。ムスッとした表情であいつらは俺を見つめてくる。
「言葉が悪い」
「吠えるなんて最低ね」
「・・・・うるさい。これでも俺は頑張ったまんねん」
そう一言言い返し、俺はあいつらの間を縫って、自身の部屋へと戻った