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    コウヤツ

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    コウヤツ

    DONE
    りんごひとかけぶんの理性 ネロ晶♀ マグカップを両手で包んで晶は息をふうと吹き掛ける。弾みで耳に掛けられた髪が、丁寧に織られたカーテンのように彼女の横顔を覆い隠した。隣で見ていて、あ、とネロは思ったが彼の指先がその髪に触れることはなかった。
     触れたらいけないような。空夜に触れあいを咎める者はいないけれども、そんな意識が働いてネロの指はこれっぽっちも動かなかった。
    「ネロは私のことを子どもみたいに思っているんじゃないかって、たまに感じるんです」
     拗ねたような響きにどう反応するべきかネロの胸に迷いが生じる。全く思っていないと言えばそれは嘘になる。けれど本当に思っていることを伝える気はさらさらなかった。
    「賢者さん」
     正面、シンクの方を向いていた視線が隣のネロに向かう。乾燥させたりんごは、彼女の、引き結ばれた唇のあわいへ寄せられた。りんご一つ隔てれば触れることは容易かった。それは逆を言えば直接触れられないことの証左であったが。ぱちりと目があったかと思えばりんごのスライスはあっという間に半分が齧られる。手ずからりんごを食べる、その姿はどこか小動物めいていた。もっと躊躇ってくれたらやりやすかったんだけど。かといって拒まれたら拒まれたで傷の生まれることは必定だ。難儀なこと。りんごを味わっている間は目が口ほどにものを言った。
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    コウヤツ

    DONE一周年の話のあと、カインとオーエンの話
    傷跡と焦情 カインとオーエン 1
    「傷跡、残しとく?」
     フィガロの言葉に体を起こしたカインは片眉をひょいと跳ね上げた。
     柔らかな陽光は窓の外を充していたが、直接日差しが当たっているわけではない部屋の中は少しだけ青く薄暗い。カインが横たわるベッドの横、木製の、背もたれのある椅子に座ってフィガロは優しい南の国の魔法使い然とした笑みを浮かべていた。穏やかな午後のことである。
     フィガロは腕の良い医者だ。傷跡を残さず傷を治すことなんていとも容易くやってのけてしまう。とても、容易いことに違いなかった。そんなフィガロが問うている。
     傷跡を、残しておくかどうか。同じく賢者の魔法使いである北のブラッドリーは顔に古傷の跡を残している。人間が自然治癒で傷を治した時に残るような跡。実力にもよるが、魔法使いは綺麗に傷を治すことができる。生存競争激しい北の国で生まれ、短くない時の中を今の今まで生き延びているブラッドリーは力の強い魔法使いであるから、カインは詳しく聞いたことがなかったけれど、おそらくあの傷の跡は自分で選択して残しているものなのだろうと予想している。
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