若い旦那さん堪らん(大ヘキ)「月島ぁん」
鯉登さんが俺をこう呼ぶ時は、だいたい甘えたな時だ。この声でねだられると弱い。それを知っていてこんな声を出すのだから悪いひとだ。あるいは今日のように弱っている時にもこの呼び方をする。
鯉登さんは今も昔も芯の通った性格は変わらず、どんな時も俺を引っ張っていく。しかし彼も人間。特に今は未成年の子供だ。いくら前世の記憶があろうと、心が揺れ動くこともあれば不安を抱えることもある。思春期であれば尚のこと感情も動くというものだろう。
酒のように林檎ジュースをあおった鯉登さんはかたんと音を立ててグラスを置いた。普段きっちりと着こなしているブレザーは傍に脱ぎ捨てられている。実際に酔っ払っているわけでないが、ワイシャツを捲り上げて項垂れる様子は酔っ払いに見えた。
「どうして今世でもお前はうんと歳上なんだぁ」
「でも十歳差に縮まったでしょう」
「まだまだ、差があるだろう……」
十三歳差が十歳差に縮まったのだ、十分ではないか。俺はそう思っていた。歳上だからどうというよりは、このひとと過ごすことができる時間の長さが気にかかっていた。人生何が起こるかは分からないが、年齢差が小さければ共に過ごせる時間も長くなるだろう。しかし鯉登さんはそうでないらしい。彼からすれば十歳という年齢差は未だ大きいものだと。
「生まれる時期を決めることができたなら、貴方と同時に生まれてみたかったですよ」
「ん」
艶のある髪をすいてやると、鯉登さんはゆるりとまぶたを閉じた。どこか優雅なその様は上等な猫のように見えた。
「貴方と一緒に学校に行ったり部活したり、そんなのも楽しそうですね」
「……うん」
「それができない俺は、おきらいですか」
「っ、そんなわけなか!」
分かっている。けれど、その口から否定して欲しくもなる。俺の我儘だ。
萎れていた鯉登さんは勢いよく跳ね起き俺の両肩を掴む。形のいい唇は固く引き結ばれている。
「……私の勝手な我儘だ。お前のことを近くで支えてやりたいが、子供にはそれができん。私はまだ社会的に何の力も持っていない。もちろん家族のことは大切だが、早く……お前と一緒になりたい」
「その気持ちだけで十分です」
「私が、それでは足りないんだ」
そうだろう。貴方の考えていることは大抵分かる。
「俺はこの年齢差も悪くないと思っています」
「なぜ」
「貴方の成長を見守ることができますので」
「……子供扱い」
「まさか」
顎の下を指でくすぐってやると、視線がこちらに戻ってきた。面白くなさそうにしていた目に小さく火が灯っている。
「ご家族に負けないくらい、貴方の成長を大切に見守りたいんです。それに何歳だって俺の伴侶ということに変わりはないでしょう?ゆっくり待ってますよ、閣下」
お前、本当にずるい男だ。耳まで真っ赤にした鯉登さんは俺の両手を握り、頬擦りした。肌も吐息も何もかもが驚くほど熱かった。