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    em7978

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    雨の日のkbnz。

     「お洒落は靴から」などという文句はもはや時代遅れでナンセンスだと言う者もいるけれど、靴を愛するキバナは一家言持っていた。それ故に、彼には憎むべきものが一つあった。それは雨の日のデートである。
     身嗜みを整えることはキバナにとって苦では無かった。寧ろ、会う相手やこれから向かう場所に合わせて頭の天辺から爪先まで過不足なくかつ美しく揃えるのはパズルのようで楽しい。共に時間を過ごす人が好意を持つ相手ならば、とびきりのアイテムを用いて臨むのが正しい姿勢だろう。ファッションに並々ならぬ情熱を注ぐキバナにとって要とも言えるのが靴だ。コツコツと集め続けてコレクションは今や数百とある。特注のシューズクローゼットはディスプレイも兼ねていて、それはまさに彼の宝物庫であった。
     だからこそ雨の日は悲しい。愛する人のために完璧な装いで臨みたい気持ちと、大切なコレクションを汚したくないという気持ちでいつも揺れた。時に二時間も悩んで恋人を優先した結果、デート中気もそぞろでその日にフラれた事もあった。そんな話をポロリと零したとき、共感してくれたのが今の恋人だった。彼もファッションには強い拘りを持っていて、キバナの靴を愛する感情を決して馬鹿にはしなかった。
    『おれは服が汚れることは構いませんが、スタイリングが崩れるのが嫌です。それを軽視されるのも気分がいいものじゃないね』
     そうした小さな価値観の合致が積み重なって好意に転じ、現在二人は交際している。

     一月前からスケジュールを擦り合わせてようやくもぎ取ったデート当日の天候は生憎の雨。しとしとと音も無く降り続ける雨模様にもキバナの機嫌は快晴の日と変わらない。それどころか鼻歌まで歌いながら支度をしているものだから、彼のポケモン達は顔を見合わせながら遠目で主人の様子を伺っていた。
     ナックルシティから隣町スパイクタウンへは空飛ぶタクシーで向かう。二人はそれなりの有名人で一応はお忍びの体を取っているからだ。スパイクタウンはタクシーの乗り入れが出来ないので、ルートナイントンネルを出た辺りで下ろしてもらう。そこまで来れば町はもう目と鼻の先だが、町の入り口までは未舗装の道が続いている。傘を広げたキバナはぬかるんだ土の上を一歩一歩踏みしめて歩いた。町のシャッターをくぐりアーケードの下まで来ると、ようやく足を取られるような感覚からは解放された。
    「キバナ、待たせてすみま……」
     待ち合わせ場所のポケモンセンター前で傘の雨粒を払い終わったちょうどその時に現れた恋人は、キバナの様子を一目見て「しまった」と顔を顰めた。キバナは口角を緩ませる。
    「すみません、また傘を忘れました。今から取りに帰ってきます」
    「いいよ。出たとこにタクシー待たせてあるし、ちょっとの距離だから」
    「でも濡れるでしょ。それに靴だって……」
     ネズの瞼が伏せられる。下へと降りたその視線を辿り、キバナはああと足先を眺めた。
    「気付かなかった」
    「んなワケ無いでしょ。またそんな高そうなの履いてきて」
    「ネズとデートだってのに半端な格好出来ねえだろ」
     それに、とキバナは心の中で続ける。キバナは今日この日が楽しみで仕方が無かった。確かに心まで晴れやかな気持ちになる快晴の日は恋しいけれど、そんな日は目の前の彼がぐったりとしてしまう。どうせなら二人揃って気分良く出掛けられる日の方が良いし、ネズと交際してからというもの、キバナはそれほど雨の日を憎んでもいなかった。
    「傘、大きいの持ってきたから」
    「それにしたって」
    「二つ並んで歩くより嵩張らねえだろ」
    「一番嵩張るやつがよく言う」
     皮肉を零すネズもどこか楽しげで、彼も今日のデートを心待ちにしていたことが分かった。傘を広げると何も言わずにピタリと寄り添う彼のパーソナルスペースが、本来とてつもなく広いものであることをキバナは知っている。だからこそ恋人が日常的にやらかしてしまうというこの“うっかり”が楽しみで、キバナは雨の日のデートが嫌いではなくなっていた。
    『この街は全体がアーケードだから、時々外に出るまで傘の存在を忘れてしまうんです』
     天候の移ろいやすいガラルでは俄には信じがたい話であったが、実際ネズはよく傘を忘れた。スパイクタウンに通うようになって、傘を取りに走る人の姿を何度も見かけた。それはきっとこの街の日常の風景なのだろう。皮肉屋で偏屈で常識人、そして世話焼きな彼の意外と抜けた一面が見られるのが楽しみで、彼と一本の傘を分け合う距離が嬉しくて、雨の日の憂鬱はいつしかキバナの中で薄らいでいった。
    「また帰りに汚れちまいますよ」
    「今日のはネズ用のだからいいの」
    「おれ用って?」
    「傘を忘れる恋人のために、泥だらけで迎えに来る健気な彼氏を演出する用」
     大きな傘がガクリと揺れ、キバナは美しいエルボーの入った脇腹を押さえる。
     持ち手を引ったくったネズのせいで、キバナはタクシーまでのあと数歩を屈んで歩かなければならない。
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