ハイスペック人間の末路「笹野、蛍光灯切れたんだけど!」
「るせぇ黙れ私に振るな!!」
丁度電話対応を終えた隣の席の先輩は、他のデスクから飛んだそんな言葉に低い声で唸るように吠えた。
私の先輩は変な人だ。
「コレそもそも私の仕事じゃないスよね?」
何処からか持ってきた脚立を担ぎ蛍光灯を竹刀か何かのように持つ先輩、笹野さんは蛍光灯が切れた、と言った先輩に口端だけ上げた嫌味な笑みを浮かべて軽い口調で問う。
「でも笹野がやった方が早いだろ」
サラッと返す先輩に笹野さんは口端をヒクリと痙攣させつつも脚立に登り手慣れたように蛍光灯を取り替える。
「じゃ、コレ返して来ますンで、笹野そのまま昼入りますー」
蛍光灯を取り替え終わった笹野さんは脚立を担ぎ、オフィスから姿を消す。
「あ、もうそんな時間か。瑞原ちゃんもお昼にしなね」
当初私を笹野さん2号と呼んでいた先輩もやっと私の名字を呼んでくれるようになったと謎の感動をしつつ、笹野さんの後を追うように私もオフィスを後にした。
とりあえず一服、と喫煙所に足を運べば笹野さんもそこに居る。「瑞原か」とさっきの嫌味な笑みとは違う笑みを浮かべ私を迎え入れる。
「ったく、本当意味わからんよな。何で私が蛍光灯変えなきゃならんのよ」
ないわーと言いながら煙を吐き出す笹野さんに、今まで疑問に思ってたことを口に出す。
「何で笹野さんって色々とやってるんですか?」
今日みたいな蛍光灯の取り替えから他部署のヘルプ、更に長時間の残業も。それでいて自分の仕事には穴を開けてない。このハイスペック社畜は何で出来ているのかというのは笹野さんと出会ってからずっと抱いてた疑問だ。
笹野さんは苦笑いを浮かべながらタバコに口をつけ、少しだけ考えるように沈黙する。
「猫被ってたしっぺ返しかな」
苦虫を噛み潰しまくりました、という顔でそれだけ吐き出した笹野さんは短くなったタバコを揉み消し、「昼メシ食って来る。今日は高萩さんからの弁当なんだ」と言って喫煙所を出て行った。私はもう一本、タバコに火を付ける。笹野さんは同年代の女性社員から日替わりでお弁当を作って貰っているのた。相変わらず意味のわからないモテ方をする人だ。そうして私も遅れて昼ご飯を食べに外へ出た。
「あ、瑞原ちゃんお疲れー」
仕事が終わって、喫煙所で仕事終わりの一服をしていれば、山崎さんがやって来る。
「山崎さんお疲れ様です」
そう挨拶をして暫し世間話をしていれば、ふと昼間の事を思い出し、互いに二本目のタバコに火をつけつつも山崎さんに昼間笹野さんに投げたものと同じ問いを投げてみる。
「笹野さんって何であんなに働いてるんですか」
その疑問にそれなーと山崎さんは笑う。
「笹野は何て言ってた?」
「猫被ってたしっぺ返しって」
昼間の笹野さんを思い出しながら、山崎さんの問いにそう返す。ふうん、と煙を吐き出しながら山崎さんは苦笑する。
「ま、それも有るんだろうけど。アイツ新入社員の時NOを全く言わなかったんだよ、糞真面目な奴でさ」
「笹野さんが……真面目……?」
嫌味な笑みを浮かべながら皮肉を混ぜて話す笹野さんに真面目という言葉がマッチせずに首を傾げる。確かに仕事に対しては真面目なんだろうけども。そんな首を傾げる様子を見る山崎さんが堪えきれずに笑う。
「確かに真面目に見えねぇよなぁ、あと、アイツ合理的で仕事出来るからこなしちまうんだよ。それが更に悪循環」
成る程、と私は納得する。
「瑞原ちゃんも本当の意味で笹野2号にならないように気を付けろよ、瑞原ちゃんも仕事出来るタイプなんだから」
そう山崎さんが言って喫煙所を出て行った。それと入れ違いに笹野さんがやって来る。
「お疲れ、まだ居たのか」
そう言って笹野さんは隣に座る。
「山崎さんと世間話を少し」
「アイツまた無駄な事吹き込んだんだろ」
ムカつく笑顔ですれ違ったからな、と付け足して笹野さんはタバコに火を付ける。
「今、笹野さんを尊敬してる所です」
「本当アイツ何言ったんだ」
笹野さんは苦笑を浮かべつつも口の端を上げるいつもの笑い方をする。
「お前は私みたいになるなよ」
その笑い方のまま、私にそう言って笹野さんは私の肩を2度叩き、お疲れさん、とオフィスへ戻っていった。
いつものように、ヒールの音を鳴り響かせながら。
—————————————————
笹野が何故社畜なのか篇。
笹野はなんだかんだでお人好しなハイスペック社畜だよな。
瑞原も地味にスペック高そう。
(2015-03-10)