疲労回復カロリー食 不健康そうな顔色の横顔と、手に持つ丼のギャップに思わず笑ってしまった俺に、笑われた本人は怪訝そうな視線を送る。
「なにがおかしいンすか」
視線を送る同僚兼後輩に謝罪と共に言葉を返す。
「ごめんごめん。でもこの光景なんだかおかしくなんない?」と。
コトの起こりは数十分前に遡るのだ。
「あ、」
「おっと」
夜明けのネカフェで偶然はち合わせたのは、神経質な生真面目を絵に描いたような同僚。まさかこんな所でこんな時間に顔を見るとは思わないようなタイプの。彼女は「オツカレサマデス」といつもとは少し違う覇気のないトーンで俺に告げ、俺は俺で「お疲れサマ」と思わず返す。彼女の名前は笹野葎花と言う。大卒新卒で入ったから、同い年だけれども、高卒新卒で入った俺からしたら4年後輩。今の部署に入ったのは同時だから俺からしてみれば同僚だと思っているのだけれど、彼女は俺を年上だと思っているのか、こんな覇気がなくともデスマス調ははずれなかった。
「笹野さんも飲み会終電逃し組?」
そんな事を問う俺は、昨夜付き合っているのか付き合っていないのかみたいなフワフワした関係の相手に一方的に別れを告げられ一人ヤケ酒の挙げ句に返りたくなくなったという顛末でココにいるのだけれどもそこまで話す間柄でもない。
「あー、私は残業してたんですけど、帰るのが面倒になってしまいまして」
今日休みなんですけどね。なんて付け足しながらそんな話をする彼女に一体何時まで残業してたのか、なんて恐ろしくて聞けない。新入社員なのに何故か彼女は日々忙しくしている。しかも業務内容も多分俺より多い。遠くからハイスペックってこう言うことなんだなーなんて彼女の同期と話しているのだ。真面目人間が消費されていく様を見ているのに涙が出そうになりかけた俺は、ついこんな事を口に出していたのだ。
「朝飯食おう、もう、俺がおごっちゃるから!!」
そうしてそこからネカフェの会計を済ませ、朝営業している店を求めて彷徨けば、彼女が目敏く見つけたのがまさかの牛丼屋。数ある牛丼チェーン店の中でもおっさんのイメージが強い某店。迷いなくその足を店内へ進め、頼むのは特盛。「え、マジ朝から?」と突っ込めば、「寝不足の時って無性に過剰カロリー摂取したくなりません?」と真顔で首を傾げられる。普段モノを食ってるイメージが無い分、「あ、この子ちゃんと食べれるんだ」なんて感想まで抱いてしまう。
しかし牛丼特盛に味噌汁にサラダまで。完全に小食もしくは拒食の気でもあるのか。と思っていれば蓋を開ければそんなことは無かった。ついでに言えば生真面目そうという数ヶ月来の第一印象も少し違う気がしてきた。面白そうな気配がする。
そんな彼女と結構ふわりと世間を渡ってきた俺が、朝方の牛丼屋で色気もクソもない朝飯を食らう。面白いじゃないか。そんな事を思いながら、彼女の横顔を見れば、ミスマッチなその光景に思わず笑みもこぼれてしまうってもんだ。
そうして話は冒頭に戻る。そんな俺の回答に、彼女は面白くなさそうに軽くひと唸りして、最後の味噌汁を胃に流し込めばポケットから青緑色の箱を取り出す。
「え、笹野さんタバコ吸うんだ?」
「……そう言われるのが面倒で会社では禁煙してたんですけどね」
無駄になりました。と平坦に言いながら箱から抜き出したそれにジッポーで火を付ける。その手慣れた所作に、結構長い間吸ってるのかな。なんて感想を抱きつつ俺は俺で自分のタバコに火を付けた。
「ついでに言えば酒も結構好きですし、そんなに真面目じゃないですよ、私。目立たないように生きてたツケですかねぇ、大人しい真面目ちゃん扱いされてこのザマですよ」
ハハと力無く自嘲っぽい笑い声を漏らして彼女は告げる。その「大人しい真面目ちゃん」のイメージで彼女を見ていた俺はそのイメージを180度転換させざるを得ないと直感する。こいつ、結構愉快な部類の人間だ。猫かぶりがめちゃくちゃ上手いやつだ。
「じゃぁ今度は飲みにでも行こうか。大人しい真面目ちゃん抜きで」
「考えときます」
相変わらず淡々と答える彼女にそういえば、と更に言葉を重ねる。
「あとね、俺笹野さんと同い年だからタメ口でかまわないよ」
「それも考えときます」
そんな淡々とした返事しか返さなかった彼女は結局自分の分は自分で払って店を出ていった。
残された俺も会計を済ませながら、いつ飲みに誘おうかの算段を頭の中で組み立てながら帰路についたのだ。
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生真面目系に見える笹野とそれを観察する山崎。
(2015-12-12)