初恋は美しいままに。 昼休みに会社近くのカフェに入り、イヤホンを付けた携帯画面を見つめる。その画面は来年には賞金レースで月の上を走っているというローバーのお披露目会見が流れており、司会の女性やその賞金レースに参加する企業の代表や、それを支援する企業の代表達が挨拶をしていくのだ。
そんな画面を見つめながら一人ランチをしていれば、視界の端にテーブルを叩く指。片方のイヤホンを外し、その指先から指先の持ち主を辿ればいけ好かない仮面の様な笑顔を張り付けた男が一人。
「清藤、何見てるの?」
私の視線の先にある携帯画面をチラリと見てから男は私に断りを入れる事も無く私の向かい側に当たり前のように座る。
「宇崎には関係ないと思うけど」
そう言ってやりながらも、答えなければ答えるまで煩い事は今までの経験で知っている私はその画面を彼に向けて差し出す。コメントの流れるネット中継の画面を見て「清藤ってこういうの興味ないと思ってた」なんて言って、流れるようにタバコを取り出しそれに火を付けながら、店員を呼ぶ。
「別に好きって訳ではないけど」
「ふぅん、じゃぁどうしてそんなに食い入るように見てたワケ?」
面倒くさいのに捕まった。そんな感想しか抱けない現状に私はため息しか出なく、宇崎はそんな私のあからさまな態度を気にする事なく呼びつけた店員にサンドイッチとコーヒーを頼む。可愛い女子店員にリップサービスと笑顔を忘れない如才なさに苛立ちを感じながら「別に」とぶっきら棒に答える。
「別にってさーあ、分かった。好きだった男がそういうの好きだったんだ。健気だねぇ」
ニヤニヤと笑う恐らくこの男の素であろう笑みに更にその苛立ちは増して「何言ってんのこのヤリチン野郎」と私は冷たく返す。
「酷いなぁ、恋多き男と呼んでよ」
「何が恋多き男よ。穴があれば突っ込みたい癖に」
「清藤ならいつでもオッケーだよ?」
「こっちからお断りよ」
何の因果か同期で入社し、この数年ずっと同じ部署で働き続けるこの男は正直引くレベルで下半身が緩い。流石に会社では少しは大人しくしているみたいだけれど、酒を飲みながら宇崎が話す限りでは女が切れることは無いし、二股どころか三股四股どころの話でもない。顔さえ良ければ良いのかとこの男と付き合う女の子達に問い質してみたい。ただ、そういう事に関わらないようにすれば、話の引き出しは多いし仕事は出来るし同部署同期としては仕事を進めやすい相手でもある。
いつの間にか所属部署の名コンビと言われているのには閉口したけれど。
そして、この男の言う事はあながち外れていないのだ。
違っているのは「好きだった男」という部分だけで。
「それにしても、クールな清藤が昼間のカフェでそんな暴言吐くくらいには的を得てたのかなー?」
相変わらずニヤニヤ笑う宇崎に「それがどうしたのよ」と私は開き直る。
「そこまで開き直られちゃ根掘り葉掘り聞きたくなっちゃうな。どんな男? 付き合ってたの?」
宇崎のペースに乗せられて思わず男じゃない。と口を開こうとして、言葉を飲み込む。
「高校時代に付き合ってた相手」
それだけを答えれば、宇崎は少しだけキョトンとしてより一層笑みを深める。
「もしかして清藤ってめちゃくちゃ純情?」
高校って少なく見積もっても10年近くじゃん? どこ高? などと更にほじくり返そうとする宇崎に「うるさい」と返す。
「まだ時間あるじゃん、もうちょっと話そうよー」
彼が頼んだサンドイッチとコーヒーが届いた所で自分の頼んだ皿を開けた私は席を立つ。
「これ以上話してたら思い出が穢れるから戻る」
不満そうな宇崎のブーイングを背中で流して私はレジへと足を進めた。
「宇宙開発ってさ、やっぱりロマンだよね。私も数学を愛せたらなぁ」
そう言って笑った彼女との思い出を宇崎ごときに汚される訳にはいかないのだ。何だかんだ言ったって、きっと私の初恋は彼女だったのだから。
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ウサキ氏はうざい(確信)
清藤さんはコピー本のあの人です。
暑くて何もやる気にならなかったけれど、やはりこの話は今日やらねばと思った。
(2016-08-29)