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    はるち

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    はるち

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    選んでいるようで、その実、選ばされている。

    マジシャンズセレクト「プレイスユアベット」
     緑の天鵞絨の上にカードが置かれる。チップ代わりに使っているのは彼が持ち歩いているスティックキャンディだ。配られたカードをめくる。ダイヤのジャックと3。カードとしては悪くない。
     テーブルを軽く叩き、カードを寄越せと催促する。彼は金の瞳を赤く烟る雲に似た硝子の向こうに隠したまま、ディーラーのようにカードを渡す。
    「随分と手慣れているんだね」
    「ハロウィンに向けて練習しましたからねぇ」
     ハロウィン、という行事はロドスの中でも特別な位置を占める。今年はどんな仮装をしようかと色めき立っている中で、どうやら彼はマジシャンのような格好をすることに決めたらしい。カゼマルたちと一緒に新しい衣装を見せに来たときは、一瞬面食らってしまった。シルクハットに燕尾服、ベストと炎国風にアレンジされたシャツ。服のセンスは悪くない、とは言っていたが。
    「子どもたちとカジノをするわけでもないだろう」
    「ええ、でも子どものための行事というわけでもないでしょう?」
     私は手を振り、手持ちの札で勝負することを彼に伝える。今度は彼がカードを開く番だ。
    「あなたとの賭けに、こうして役に立ちましたから」
     ああ、と彼が残念そうな声を上げた。彼のカードは十九、私は二十。今回は私の勝ちだった。晴れて私のものとなったスティックキャンディを掴み、包み紙を破って中身を加える。がりがりと噛み砕くと、冬の風めいた薄荷の香りが広がったが、それでも胸の裡を燻る炎は消えてくれない。
    「……あのさあ、リー」
    「どうかしましたか?」
    「……このままだと私、勝ってしまうよ」
     それは、と彼は言う。美しい弧を描く口元は三日月に似ている。嗚呼、月を狂気と結びつけたのは、果たして誰だったか。仮に月の輝きを日夜浴びたとして、人は果たして正気でいられるのか。
    「良いことでしょう?」
     カゼマルたちと一緒に衣装を見せに来た彼は、彼女たちが去った後にこういった。トランプを弄びながら。
     ――今からちーとばかり遊びませんか?
     ――ああ、ただ遊ぶだけじゃつまらないですね。おれたちはいい大人ですから。何かを賭けた方が盛り上がる。
     ――そうだな……。お互いを賭けていくのはどうですかい?
     私はテーブルの上に置かれたものを見る。私がこれまでの勝負で得た戦利品、彼から奪い取ったもの。シルクハット、ジャケット、ネックレス、ステッキ、ベスト。スティックキャンディはもう私の胃の中だ。
     勝ったら、と私は思う。勝ち続ければ、このまますっかり彼は私のものになるのではないかと。
    「どうも今日のおれは幸運の女神に見放されているようですからねぇ」
     嘆くように彼が首を振る。芝居がかった仕草だった。
    「ただ、捨てる神あれ拾う神ありと言いますから」
    「私は神様じゃないよ」
    「おやおや、巻き上げるだけ巻き上げて捨てられるんですか?」
     ブラックジャックというゲームには、実のところ攻略法がある。カウンティングと呼ばれるものだ。乱暴に言えば、場に出たカードを記憶して次の一手を考えるというものだ。通常のカジノであれば対策がされているので正攻法では使えないが、しかし二人きり、手慰みとしてのゲームであればやりようはある。
     だから。
     私はこのゲームで勝てる。勝ち続けることができる。
     ドクター、と彼が私を呼ぶ。次のゲームをしましょうと。
     心臓が煩い。握りしめた拳は痛いほどで、指先からは血の気が失せていた。
    「次は何を賭けましょうか?あいにく、キャンディの持ち合わせはもうありませんよ」
    「……。次は、そうだね」
     その眼鏡か、あるいは。
     私の心を読んだように、彼が赤い色硝子の嵌った眼鏡を外す。久方ぶりに金の瞳が私を見据え、背筋が震えた。見透かすような瞳だった。――いや、本当はきっと、初めから気付いていたのだろう。彼は人の心を読むことに長けているから。誰よりも、何よりも。
    「次で最後にしよう」
     だから、と続ける声は震えていた。テーブルに乗せるチップは、今の私に差し出せる全てだ。
    「私自身を賭ける。――だから君もすべてを掛けてくれ」
     思えば。彼は私からこの言葉を引き出すために、このゲームを仕組んだのではないだろうか。初めから全て彼の手の内で、私も彼の手の中で踊る紙片の一枚に過ぎないのでは?
     どうだっていい、と私は掠れる喉で言葉を紡ぐ。今目の前にあるもの、この一瞬、手に入るかもしれない輝きに比べれば、そんなことはどうだって。
    「私は、君が、欲しい」
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    はるち

    DONEドクターの死後、旧人類調技術でで蘇った「ドクター」を連れて逃げ出すリー先生のお話

    ある者は星を盗み、ある者は星しか知らず、またある者は大地のどこかに星があるのだと信じていた。
    あいは方舟の中 星々が美しいのは、ここからは見えない花が、どこかで一輪咲いているからだね
     ――引用:星の王子さま/サン・テグジュペリ
     
    「あんまり遠くへ行かないでくださいよ」
     返事の代わりに片手を大きく振り返して、あの人は雪原の中へと駆けていった。雪を見るのは初めてではないが、新しい土地にはしゃいでいるのだろう。好奇心旺盛なのは相変わらずだ、とリーは息を吐いた。この身体になってからというもの、寒さには滅法弱くなった。北風に身を震わせることはないけれど、停滞した血液は体の動きを鈍らせる。とてもではないが、あの人と同じようにはしゃぐ気にはなれない。
    「随分と楽しそうね」
     背後から声をかけられる。その主には気づいていた。鉄道がイェラグに入ってから、絶えず感じていた眼差しの主だ。この土地で、彼女の視線から逃れることなど出来ず、だからこそここへやってきた。彼女であれば、今の自分達を無碍にはしないだろう。しかし、自分とは違って、この人には休息が必要だった。温かな食事と柔らかな寝床が。彼女ならばきっと、自分たちにそれを許してくれるだろう。目を瞑ってくれるだろう。運命から逃げ回る旅人が、しばし足を止めることを。
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