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    はるち

    好きなものを好きなように

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    はるち

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    それは、雪が全てを寝沈めた夜に。

    #鯉博
    leiBo

    in a silent snowy night 決まりの良い理由なんて無いんだ、と彼は言った。誰にだって、理由もなく好きなことはあるだろう、と。

    「こんな時間までどこをほっつき歩いてたんです」
     甲板から艦内へと戻ったドクターを出迎えたのはリーだった。廊下の壁に背中を預けていた彼は、その姿を見て紫煙を吐き出す。艦の外で深々と降り積もる雪に言葉を吸い込まれでもしたかのように、二人の間に言葉はなかった。ドクターが黙っていた理由は一つで、ここは禁煙だ、と注意すれば、ますます彼の機嫌を損ねてしまうだろうからだった。
     当て擦るような言葉は夜風に似て、頬を冷たく掠めた。だというのに白熱灯の元で見る金の瞳は気遣わしげに揺れているのだから、思わず表情を緩めてしまいそうになるのをなんとか堪える。
    「ちょっと甲板で雪を見ていてね」
    「あなたがそんなロマンチストだとは思いませんでしたよ」
     手袋を外した彼がドクターの手を掴む。こんなに冷たくして、と責める声は、夜遅くまで彼を一人にした恋人に対してというよりもまるで親のようで、いよいよ笑いが抑えきれない。むすりと眉をひそめた彼は、ため息交じりに外套を脱ぐとドクターの肩にそれをかけた。
    「平気だよ。もう屋内だ」
    「他の男の匂いをさせているのが癇に障るんですよ」
    「……君がそんなに鼻がいいとは思わなかった」
     カマをかけられたらしい、と気づいたのは彼の眉がつり上がってからだった。次はどんな小言が飛んでくるのかと思いきや、冬の夜のように長く重い息を吐いただけで、それ以上の言葉はない。
     誰と、とも。どこに、とも。彼は尋ねない。
    「……最近やってきたオペレーターと、甲板で雪を眺めていたんだ」
     一旦言葉が途切れてしまえば、沈黙は断絶のように二人の間に立ち込める。だからドクターは、切々と言葉を続けるしかなかった。廊下には、二人分の足音とドクターの声が夜の静寂と共に満ちていた。
    「彼はサルゴン出身のリーベリで、見たことがないから雪が好きなのかと思ったけど。……そんな決まりの良いものはないって。誰にだって、理由もなく好きなことはあるだろう、と言われたよ」
    「ドクターが何にでも理由を求め過ぎるんですよ」
    「例えば君が私に告白した時みたいに?」
     彼の歩く速度は、それでも一定だった。ええ、と首肯する瞳はただ穏やかで、生物の気配が立ち消えた雪原を見守る双月のようだった。
     ――あなたのことが好きなんです、と彼に言われた時のことを思い出す。
     それは友愛でも親愛でもないのだと彼は言った。あなたに恋をしているというリーに、ドクターはただわからない、と答えた。
     自分のどこがいいのか、と。どうして好きになったのか、と。そう尋ねた。
     彼は困ったように首を振るばかりで、普段の饒舌さはどこへやら。好きな理由も好きになった切欠も、結局何一つとして明確な答えを与えてくれはしなかった。
    「……もう一つ、そのオペレーターに言われたよ。一番得難いものは何だか知っているか、って」
     彼にとっては、共に雪を静かに眺められる人なのだという。言葉を超えて好きなものを、美しいものを、ただ無言で共有してくれる人。
     ドクターにもいるでしょう、と。彼は言ったのだ。
    「そりゃあ、いい勉強が出来たようで」
     二人はドクターの自室の前へとたどり着いていた。ドクターがカードキーをかざすと、ロックが外れる音がした。
    「寒い中待っていたんだろう。お茶でも飲んでいくかい?」
    「ドクターが気遣いのできる人で安心しましたよ。でもま、次に社会勉強に行くときは教えてくれませんかね。手持ち無沙汰で待ちぼうけを食らうのは、さすがに――」
     ドアが閉まる。それとほぼ同時に、ドクターはリーを抱き締めた。彼が外套を着ていない分。普段よりも距離が近い。常人より少し低い体温は、今この時は自分と変わらないように感じられた。
    「……どうしたんです」
    「恋人を抱きしめることに、何か理由が必要なのか?」
    「はは、そりゃそうだ」
     頭を撫でる手は優しい。胸元に顔を埋めると、今しがたまで彼が吸っていた紫煙の匂いがした。目を閉じると、ただ、彼の存在だけを感じる。夜の内側にいるようだった。
    「寒いんだよ」
    「こんな時間まで外にいるからでしょう」
    「温めてくれないか」
    「……それも、そのオペレーターに教わったんですか?」
     目を開ける。上体をかがめてこちらに近づく金色は、月よりもずっとずっと明るい。
     あの時、彼が答えなかった理由を。そしていつかの自分の愚かさを、今になって理解する。
     何かを美しいと思う感情に、誰かを恋しいと思う感情に。一体どうして理由をつけられようか?
     ここには言葉にできない恋があり、言葉を超えた熱情がある。
    「勿論、君に」

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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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