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    はるち

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    はるち

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    遺書を残すリーのお話

    #鯉博
    leiBo

    testament 遺書と遺言状は区別される。個人が残される家族や友人に向けて意思を伝えるのが遺書、相続などの権利問題について記載するのが遺言状だ。例えば、残された子どもたち三人にこれからも仲良く暮らすよう書いてあるならば遺書、家の相続権は長兄にすると書いてあるならば遺言状、となる。
     そういうわけでドクターの手にあるのは遺書ではなく遺言状だった。リーが任務で命を落とした際の探偵事務所の動向について――意外にも、といえば失礼になるだろうか――詳細な記載がある。ロドスとの業務連携は一旦白紙とすること、所長の権限はウンに移譲されること、業務提携の存続については新所長と所員の意思で決定すること、等々。
     当然のように自分についての記述はない。
     危険度の高い任務に付く前に、ロドスのオペレーターは遺言状を用意しておくことが規定として義務付けられている。今回もその一環だ。やれ面倒な書類仕事がまた一つ増えたとリーはぶつくさ言っていたが、きちんと書いてくれたらしい。提出を忘れて執務室に置き去りにしているのはいただけないが。デスクの上に置きっぱなしになっていた書類を確かめているだけで、決して盗み見ているわけではないのだと、ドクターは心のなかで誰かに言い訳をする。提出期限に遅れていると後方支援部からもせっつかれていたはずだ。早くこれを返してやらなければ、と思ったところで執務室の扉がノックされる。返事を待たずして、ドアが開いた。
    「やあ、リー。忘れ物だよ」
     中に入ってきたのは予想通りの人物で、ドクターがひらひらと書類を目の前で振るとリーはバツの悪そうな顔になった。
    「どうも。こんなところにあったんですか」
    「この前秘書を頼んだ時に内職してただろ」
     いやあドクターの目は誤魔化せませんねえなどと調子の良いことを言うリーの前に、ドクターは紙を突き出す。
    「後方支援のオペレーターが君からの待っていたよ」
     どうも、とリーはそれを受け取り、しかしドクターの予想に反して彼は執務室から出ていこうとはしなかった。まじまじとフェイスシールド越しにドクターを覗き込み、居心地の悪さからドクターはたじろいだ。
    「……何か?」
    「ドクター、紙とペンをお借りしても?」
    「何だ、書き忘れたことでもあったのか」
     二人がいる場所は執務室であり、事務作業に必要なものは揃っている。ドクターが紙とペンをリーに渡すと、来客用のソファに腰を降ろしたリーはそのままローテーブルの上で何かを書き始めた。
     ほい、とリーが書き終えた紙、十数行の文字が書きつけられたそれをドクターに差し出す。ドクターは困惑した表情で、紙とリーの顔を交互に見た。
    「執務室においてある茶の淹れ方です。茶ってのは案外繊細なもんで、温度や蒸らす時間で味が変わってきちまうんですよ。……これがあれば、おれがいない間もひとりでなんとかなるでしょう」
     今回ばかりはちーとばかし面倒なことになりそうですからねえ、と出発する前からうんざりしたように溜息を吐く。ドクターはようやく、自分のために残された言葉を受け取った。
    「そんな顔しないでくださいよ、ドクター」
     フードの内側、フェイスシールドの中を覗き込み、リーは迷子の子どもを安心させるような笑顔を作った。彼に、今の自分はどんな表情をしているようにみえるのだろうか。それはフードとシールドが作る陰影の生み出す錯誤だと、そう言ってやりたいけれど。
    「すぐに帰ってきますから。その時はまた、一緒に茶でも飲みましょうや」
    「……そうじゃないと、困る」
     手渡された紙を丁寧に折りたたむ。早く提出に行くように、とリーのために扉を開けたドクターは、けれども笑顔で彼の背を見送った。
    「いってらっしゃい」
     彼の手の中にある言葉達が、意味を失ってただの紙切れになる日を、自分は待っているのだから。
     
     ***
     
     そんな日は来なかったけれど。
     ドクター、と扉の向こうから遠慮がちに掛けられた声に、すぐに行くと上の空で返事を返す。読み返しているのは、彼が残した茶の淹れ方だ。文字は掠れ、眼を閉じても内容を暗唱できるほどには読み込んである。それでもこうして、読み返すことをやめられない。
     どうして、彼を隊に編成することを許可したのだろう。どうして、自分が戦闘の指揮を取らなかったのだろう。――いや、そもそも。どうして、私立探偵に過ぎない彼を、ここまで重用していたのだろう?
     どうして、どうして、どうして。
     行き場をなくした言葉は、澱のように胸の奥へと降り積もって喉を塞ぐ。口から出ることもなく、ただ死に絶えていくばかりのそれらは、きっといつか自分の言葉と命を奪うだろう。
     デスクの上にはもう一枚、紙が置かれている。手帳の一ページを乱暴に破り取ったそれは、彼が最後に――今際の際に、自分へと遺したものだ。あの作戦を生き延びた、彼に庇われる形で生き延びた隊員が守り通し、自分へと手渡したもの。……その隊員も、作戦に追った怪我が原因で、つい先日亡くなったが。
     ドクターは目を閉じる。執務室の簡易キッチンにはあの日のまま、いつの間にか彼が持ち込んだ茶器と茶葉が手つかずのまま置いてある。きっと茶葉はもう風味が飛んで、彼に教えてもらった通りに淹れたとしても、飲めたものではないだろう。
     思い出すのは、最後に彼と交わした言葉で。
    「嘘つき」
     デスクの上には、最期に彼が遺した言葉が一枚。
     血が滲んで赤黒く固まり、そこに何が書いてあったのか、とっくに読めなくなっていた。
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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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