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    はるち

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    はるち

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    二人で春用のコートを選びに行くお話

    #鯉博
    leiBo

    流れる血だけが龍のもの「いやあ、やっぱりよく似合いますねえ」
     おれが見立てたとおりですよとリーは満足そうに頷いた。鏡越しにそれを見ながら、私は腕を上げたり裾を引っ張ったりと、今着ている服、彼の選んだ春用のコートが本当に自分に合っているのかを確かめていた。よくお似合いですと彼の後ろに立つ店員も礼儀正しい笑顔を浮かべているが、それを追従と呼ぶべきかは悩ましい。客観的に見ても、彼が見立てたこの服は悪いものではなかったからだ。少なくとも普段着ている白衣よりは、余程人間的な服装だ。
    「これを着たまま帰りましょうよ。ね、いいでしょう?」
    「私が着てきたコートは」
    「おれが持ちますから」
     私が自分で持つからと言うより先に、彼が店員に何事かを申し付ける。服を選んでいたときから彼の手足のように忠実だった店員は、すぐさま私の上着を折りたたんで店のショッパーへとしまった。
     店員が恭しく店のドアを開け、私達は外に出る。訪れたときとは対照的に、今はもう日も落ちている。けれども龍門の街を照らすネオンは昼間の日差しよりも鮮やかで眩しかった。夜になれば春の気配は遠ざかり、冬の名残が私達を包む。けれども外套の内側は春めいて暖かく、私はこれを与えた人間を見上げた。
    「ありがとう」
    「どういたしまして。大事に着てくださいよ?」
     彼は戯けたように肩をすくめた。落ち着いた色合いのコートは私に良く馴染んだ。彼が店員と色見本や生地の一覧を見ながら、ああでもないこうでもないと話し合っていたおかげだろう。私はといえば、何でも良いと言って、ただ着せ替えられるままだったが、やはり余計な口出しをしなくて正解だったかもしれない。
     この色の名前は何というのだろう。尋ねれば、彼はリュウセンと答えた。
    「龍が戦うと書いて、龍戦です。炎国の伝統的な色の名前ですよ」
     リュウセン――龍戦。その色は彼に聞かなければ、茶色や鳶色という形で括られていただろう。しかし風雅と言うにはいささか激しい名前だ。
    「龍の血が大地に染み込んだ色なんですよ、これは」
     思わず足が止まる。それに倣って彼も足を止め、鬱金色の輝きが私を見下ろす。その明かりは悪戯めいているけれど、嘘を吐く素振りはなく。私達の間を吹き抜ける風は、冬と同じ冷たさを宿していた。だからこそ、私の手を取った彼の手は手袋越しでも暖かく、その体温が頼りない。吹けば、消えてしまいそうで。
    「いつかその日が――いつか、おれの血が染み込む日が来たら。あなた、泣いてくれますか?」
     彼はそっと、誓いでもするように、何かを伺うように、夜の大気に剥き出しになった私の手の甲へと唇を落とす。袖口から覗くのは、金継ぎのような傷跡だ。何が彼をそこまで傷つけたのかを、私は知らない。けれど、これだけはわかる。いつか、私と関わったことが原因でついた傷も、彼の身体に増えるのだろう、と。ロドスのドクターを身内に置くということは、つまりはそういうことだ。
     けれど。
    「――まさか。君のために零すじょうなんてないよ」
    「薄情ですねえ、あなたは。おれがこんなに貢いで尽くして愛と情を注いでるのに?」
    「何なら脱いで返そうか」
    「この場で随分と情熱的なことで」
     彼の脛でも蹴ってやろうとしたが、尾に足を絡め取られただけだった。足を引かれ、そのまま肩を抱き寄せられる。おれはそれでも構いませんよ、と囁いて。
    「あなたのじょうを、これ以上この大地に注いでやるのも癪ですしねえ。――それに」
     彼が人差し指を唇に押し当てて、私の言葉を封じる。指は喉を伝って鎖骨へと落ち、胸の上へと降りていく。彼が今まで、私に与えて注いだものの在り処を辿るように。
    「おれが与えたものを、ずっと抱えてくれるんでしょう?」
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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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