龍門誘蛾なんだか阿片窟に迷い込んだみたいだ。率直な感想を述べれば、咥えていた煙管を外した彼が、口元に苦さを浮かべる。
「それ、おれ以外の前では言わない方が良いですよ」
炎国と阿片の関係は複雑だ。歴史の暗部であり傷である。迂闊に部外者が踏み込んでいい領域ではない。
勿論、わかっている。わかった上で言っている。
それでも殊勝ぶって頷くと、彼は緩やかに私を手招いた。
見慣れた探偵事務所の一角には、見慣れない硝子瓶が置かれていた。硝子瓶の上には銀の皿があり、煙草の葉が熾火で熱されている。硝子瓶から伸びる管は、彼の手にする煙管へと繋がっている。水煙草――と言うのだという。彼が愛飲している煙草とは異なる、退廃を甘く色付ける香りがした。
「薄荷と巧克力の香りですよ。あなた、甘い方が好きでしょう」
そう言われると子ども扱いされているようだった。けれど長椅子の上に寝そべって、夜霧のように倦怠と紫煙を纒う彼は、この堕落を統べる王だった。私如きの視線には揺るがない。
吸ってみますかと煙管を手渡される。
「深く息を吸ってください。そう――上手ですね」
硝子瓶の中で、ぼこぼこと水が泡立つ。それは溺れゆくものの断末魔のようで、けれども冷ややかな水に抱き止められ、沈みゆく幸福は、陽に灼かれながら地を這う苦痛に勝るのだろうか。
確かに煙は薄荷と巧克力の味がした。いつぞやに、晴天の龍門で彼と並んで食べた氷菓と同じ味。なのに何故、こんなにも異なるのか。この、二人きりの夜の中では。ここには喧騒も陽光も届かない。夜の帷と月光が、この酩酊を支配する。
煙を彼に吐きかけると、双月を映す水面に波紋が広がるように、相貌が歪んだ。
「あなたねえ」
幾度も瞬きを繰り返すのは、煙が目にしみるからだろうか。わかってやっているんですか――という言葉は、吐き出した紫煙と混ざって溶けていく。煙を誰かに吹きかける意味。同じ香りを纏う意味。
勿論、わかっている。わかった上でやっている。
だから。
「嗚呼、――わからないな。だから教えてくれないか」
彼は腕を広げ、私を招く。長椅子に横たわったままの彼に跨っても、もうその双眸は揺るがなかった。髪をすく指先が甘い。煙管を床に転がしても、彼は何も咎めなかった。煙草飲みの舌は苦い――という。その言葉の通りに、彼の舌はいつも苦かった。けれど、同じ退廃を吸い、堕落を吐き出した後であれば。絡む舌先は、砂糖のように甘く、憂鬱のように苦く――阿片のように毒がある。
もう、これ無しでは、生きていけなくなる程に。