ねえさんに相談しよ「禁煙してるんで」
お裾分けのタバコを差し出す女を手で制して、成田狂児は微笑んだ。
「え?」
「今タバコ辞めてんねん。だから気ぃ遣わんでええよ」
「あ、そうなの」
古いご贔屓さんなので今更取り繕うこともない関係ではあるが、知り合ってから十数年、禁煙なんて初めての事だった。スナックのママという仕事柄タバコライターはもはや営業マンにとっての名刺、会計士にとっての電卓のようなもので、相手にあわせて控えるような遠慮は見せず手元の煙草をくわえて火をつけた。自分の店だし、カラオケ練習で騒がしい他の連中に場所を提供しているし、これぐらい許されるだろう。
「…できたん?」
ぼそっと尋ねると、不思議そうな顔でこちらを見た。
「なにが?」
「禁煙なんて珍しいやんか」
「はぁ、まぁ」
「赤ちゃんでも出来たんかなって」
ふ、と成田狂児が笑った。
「女の子扱う仕事してるとそう思うんか」
「いや、今時パパさんも禁煙するやんか」
「んー、そうか」
「そうや」
「いやぁ、できてへんよ。俺の腹にもおれへんし、女の腹にも」
「そうなんや」
「長生きしたいやん」
そういってソファに身を沈めた。若い組員たちが店のカラオケで盛り上がっている中、酒も飲まず、タバコも吸わない男はぼーっとした顔で空を見つめている。つんと高い鼻筋、男らしい眉目、中年とは思えない体躯。スーツのモデルが何かの手違いで紛れ込んでしまったように見える。今は職業上のスイッチが切れているからか余計にそう見えた。
「そんなん言うたらあかんのちゃう」
「え?」
「そちらの界隈、長生きしたいなんて言い出したら終わりやろ。そんなんでやっていけるん」
「あぁ、そう」
「…なんやねんその、気のない返事は」
「長生きしてもええことないしなぁ」
「ええことない事無いけど」
「そう?」
「未来の方が確実にいろいろ進化して便利やからね。食べ物もどんどん美味しくなるし。それに最近の男の子かわいい子ばっかりやんか。お化粧したり、体を鍛えたりして」
「そやな」
「そうやぁ、昔の若いのは肌も汚いし、歯も汚いし、乱暴なんがかっこいいと思って。そんなんと比べたら今の子らはかわいくてかわいくてたべちゃいたいくらいや」
ははは、と今度は少し大きめに笑った。
「食べたい、なぁ。食べたらもう会えへんやん」
「なんやねんそれ、物のたとえやんか」
タバコの灰を灰皿に捨てる。禁煙をしている、というやつを何人も見てきたがたいていは隣に喫煙者がいれば物欲しそうに見つめてくるしそわそわと落ち着きがなくなるものだが、この男は微動だにしないで座っている。まるで吸ったことがない人間のように、タバコに全く興味が無いようだ。
「相変わらず、風船みたいな男やなぁ」
「でかい風船やな」
「ほんまやで。何考えてるのかよぉわからへん」
「ここにいるみんなが分かりやすすぎんねん。俺、けっこう普通やと思うけど」
「まぁここにいる連中は頭ン中に筋肉詰まってるんかって男ばかりやからね。そいつらに比べれば、まぁ」
「最近の、若い子みたいな感じ?」
「…は、いやそれはないわ」
「うそん」
「最近の子みたいな繊細さが足りてないねん」
「せんさい?なにそれ」
「ほら、そういうところや」
狂児は手元のグラスをもってグイっとウーロン茶を飲み、また静かに空を見つめ始めた。
「なんかあったん」
「ん?」
「魂でも盗まれたんか?たまとられた?」
「たま…タマは取られてへんけど」
「ぼーっとして」
「ぼーっとしてるか?」
「してるやろ」
「そうか」
「…取って食うたら怒られるやろか。若くて、きれいで、賢い子」
急に飛び出してきたその言葉に、おどろきすぎて固まってしまった。
「はぁ?」
かろうじて出てきたこんな言葉も特に気に留めず、成田は話を続ける。
「かわいくて、きれいで、賢い若い子を食うてしまったとして、その子がその日から変わらずにかわいくてきれいで賢い子でいられるんやろか」
「…え?」
突然何を言っているのか、とか、怖いこと言うな、とか思いつく言葉はいくらでもあるけれどぼーっと宙を見つめる成田狂児にはなにも届かない気がして、とりあえず口を閉じていることにした。
「例えばやけど、“若いかわいい初心な女“が大好きなおっさんがおったとするやろ。若い無垢な女の子がきったないおっさんと援助交際をしたとして、おっさんが欲しい純真無垢な女の子っていうのはおっさんと関係を持った時点でいなくなってしまうはずやん。そしたら、その日から女の子を金で買ったおっさんと、金で体を打った女、に生まれ変わるわけや。そしたら、おっさんは一人の女を理想の存在から忌み嫌う存在にかえてしまう訳やな」
「はぁ」
「その女の子が、他の男と寝てるかとかおっさんの事を財布としてしか見てへんとか、そういう女側の視点は一度置いといて。おっさんは、おっさんの理想を自分で壊してしまう訳やん。でも、金を払わないで理想のオンナとつながれない以上、支払うしかない。支払った瞬間、その女は肉体関係を金に換える女ってことになるやろ」
「はぁ、まぁ」
「理想の相手と理想的な関係を築きたいと思えば思うほど、自分がしょうもない人間であるせいで相手を貶めてしまうっていうジレンマがおこるわけやな」
だんだんとめんどくさい話になってきたので、新しいタバコに火をつけた。
カラオケが盛り上がり、フゥ!フゥ!と合いの手が聞こえてくるので指笛を吹いて気を使ったふりをしておいた。
「せめて、匂いとか、空気とかそういう悪いもんが俺から移らないように気ぃ遣ってんねんけど、根本的に、まぁそういう話しちゃうよな」
若い男が酒のオーダーを持ってきた。カウンターに入り、水割りを4つ作って持たせた。
「若頭補佐、次、歌いませんか?」
男が成田に声をかけた。首を横に振って視線を落とすと、男はその場を離れていった。カウンター越しだと声が届かなそうなので、成田の隣に座りなおし、少し考えてから口を開いた。
「なんや、おとぎ話みたいな悩みやな」
カラオケの曲はアイドルソングに切り替わり、若い男がふりつけを踊りながら歌っている。成田狂児は不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。この男が何を考えているのか、昔も今もよくわからないけれど、根はまじめで単純な、よくいる欲望に忠実な男であることは知っている。なんでやねん、と突っ込みたくなるような発想を持っている割に、とても慎重に現実的な方法で推進する姿は外側の人間から見ても面白いと思う。そんな男が珍しく悩んでいるかと思えば、ひどく女々しい些末なことだったのがすこしおかしい。思いつくままに口が滑る。
「あれやろ、身分違いの恋に悩む男、みたいな話やろ」
「身分違い…」
「中身は同じ人間なのに、立場や育ちがちがうって理由で愛し合えないことの不条理さ、とか。服を脱いで愛し合えばただの男と女なのに、一歩外に出ればまるで違う人生を歩まなければならない、引き裂かれた関係、みたいなことちゃうの。おとぎ話っていうか、三文恋愛小説やな」
「うーん」
「んなもん、私に訊かれたってええ年して『気にせず食うてまえ』なんて言えへんし、ほな諦めたらって見捨てるほど馬鹿にもなりきれへんやろ」
「そう、なんかな」
新しい煙草に火をつけた。ゆっくりと吸い込む間に、なんて言葉をかけようかと少し考えたが、まぁ失礼なことさえ言わなければいいか、と思い口を開いた。
「相手がどうしようもなくなる前に助けてあげたり、落ち込んでる時に美味しいもの食べさせたりしてさ。ほんでほだされてきたなぁって思ったらガッといって食ってしまってええんちゃう」
「ねぇさん、悪いなぁ」
「悪いことあるかい。かけひきやんか」
「かけひきか」
「これが仕事やったらうまいことできるんやろ」
「できるけど」
「ほな、若い子だまくらかすなんて朝飯前なんちゃう」
「あー、あかんあかん!」
はぁあ、とおおきなため息をついて頭を抱えうずくまった。
「あかんねん」
「何が」
「俺みたいなのにだまされたら台無しや」
「はぁ?」
「あの子の前で嘘ついたり、だましたりそういうの絶対イヤやねん。嫌われたくないからぼやかしたりはするけど、嘘はあかん。俺らはそんなんちゃうねん」
「へぇ」
「あの子なら、嘘つかんでも俺のこと受け入れてくれる…というか、ちゃんと人並みに接してくれんねん。だます必要ないねん!あの子だけはわかってくれてるから。ほんまに」
「ふぅん」
「まだまだ子供から、とかカタギやからとか、はじめはそんな理由で適当やってたけど、俺そのこと後悔してん。いや、正確に言うとあの子に適当やってんの見透かされて怒られて気が付いたっていうか…」
小さい子供みたいだ。180以上たっぱのあるいいおっさんが、泣きごとを漏らしているのは正直言ってあきれてしまう。しかも反社の幹部で、そこそこの色男のくせに。
「はぁ」
「でも、ホンマに俺のそばに置いておこうと思ったらある程度汚いことも飲んでもらわんとやっていかれへんし。でもあの子が染まってしまうんがたまらなく嫌やねん、わかる?」
「ほぉ」
「俺が汚してしまうんが嫌や。俺の中のきれいなところだけで付き合っていきたい」
ぐぅっと体を丸めてそうつぶやく男が、泣く子も黙るヤクザだと誰が信じるだろうか。こいつがこんなことを言い出すなんてとても珍しいことだが、まぁ、根が真面目な男なので路頭に迷ってしまうとこうなのだろう。
若い衆が古い歌を歌っている。騒がしいそのメロディーに合わせて「それでいいんだ、生きていくんだ」という歌詞が聞こえる。サビに入ると合唱のように声が集まり、徐々に解散し、またサビ近くで集まっていく。祭りのようだ。
「なんや、私らみたいな女は綺麗ちゃうんか」
「えぇ、そんなん言うてへんやん」
「ほな、綺麗なところだけで付き合ってくれてんのかいな」
「いやそんなわけないやん」
「なんでやねん」
「ねぇさんには申し訳ないけど、月とスッポンや。こう、いるだけで感じる、なんちゅうか…出てきてんねん、キラキラしたもんが。雰囲気?とか匂いとか、その子の周りの空気とか、もうすっごいねん、キラキラしてて。そんなん汚したらあかん!って思ってまうやろ」
「うわ」
「なんやねん」
「きしょ」
「きしょって」
「成田さん、そんな人やった?」
彼の以前の恋人を思い出してみた。自分でも知っている相手はただ一人。その人は界隈では広く知られていて、しっかり者で気が強くて彼より少し年上だったはずだ。とにかく綺麗な人で長い間誰のものにもならなかったのに、成田狂児とはかなり長い期間付き合いがあったと記憶している。二人の関係は広く知られている割にとてもドライで、付かず離れず、という印象だった。ただ、女の方とは何度か話をしたことがあり心から惚れているような事を口にしていたので、周りにはわからないところでうまくいっているんだと勝手に思っていたが、その長い交際期間の割にあっさりと終わりを迎えたようだ。驚いたが、まぁ成田の稼業を考えればわからないでもない。女の方は田舎に帰ったとかなんとか、とにかくもう会うつもりはないのだろうという終わり方だったと聞いた。
「もっとクール…っちゅうか、あっさりしてるとおもてた。そんなんなると思わへんかった」
「…そんなん俺が一番そう思ってたわ。こんなんなるて知らんかった」
「はぁ」
「きれいなところだけで付き合いたい、とかさっき言うたけど…実際俺の全部を知って欲しいとか思ってしまうことが一番、反吐が出そうや。知られたらあかんことばっかりやしあの子が染まってしまったら最悪やとか思ってるくせに。都合のええことばっかりや」
この男のわがままで凝り固まったグロテスクな要望は、果たしてかなえるのが吉なのか否か。その若い子のことをよく知らないから何とも言えないけれど、年を取ってから純愛に目覚めてしまったことには同情する。情欲に突っ走るにはこの男は酸いも甘いも知りすぎてしまったのだろう。
カラオケの映像が切り替わって、昭和歌謡曲からポップなアニメが流れ始めた。懐かしいアニメソングのイントロが聞こえてくる中、ふと画面に映る虹色の道路ときらびやかなペガサスに目をやった。クレヨンで書いたような絵柄の中を妙にリアルなペガサスが一頭、ぎこちない動きで駆け抜けていった。
「ペガサスって知ってる?」
成田狂児が不思議そうな顔を向けた。自分の頭の中の薄らとしたペガサスの知識を掘り起こしながら3本目のタバコに火をつけた。
「ペガ?」
「ペガサス。白い馬で、頭に一本ツノが生えてるやつ」
「あぁ、うん」
「ペガサスってめちゃくちゃ気が荒くて凶暴なんやて。喧嘩っ早いし、馬みたいに人間と仲良くするとか絶対にないのに、唯一懐く相手が”処女”やねんて」
「へぇ?」
「処女の匂いを嗅ぎ取って、近づいてきて腹見せて甘えつくらしいわ。膝枕してもらったり、腹撫でてもろたりして。その代わりにその子のこと守ってあげんねんて」
「へぇ…」
「でも処女って嘘ついて近づく女がいたら激怒して殺してしまうんやて」
「うわ」
「成田さんも、ペガサスみたいやな」
ここで少し驚いた顔をしてこちらを見た。言葉を飲み込んだようだ。視線が彷徨い始め、徐々に顔色が曇っていく。
「成田さんとお付き合いして一番気にせなあかんのは、その子が汚れてしまうことっていうより、汚れてしまったその子の事を成田さんが嫌いになってしまう事なんやろ。処女で無くなった女をペガサスが殺してしまうみたいに、その子の本質とか汚いもんとか見てしまったら捨てたくなるから嫌なんやろ。嫌いになる前提なんやから、そら先に進めへんわ」
「いや、いやいや、それはちゃう」
「何が」
「違う違う。全然違う。嫌いになることなんてない」
「ほな食うてしまえばよろしいやん」
「え、ちゃうねん。あかんねん。あれ」
「何」
「あの子の嫌なところとか、汚いところを見てもそれは全然気にならへん…ちゅうか、あの子の汚いところってたかが知れてるやろ」
「ほぉー」
「平気や、平気。ぜんっぜん平気。捨てたくなるとかありえへん。そんな理由がないもん」
「何を焦ってんねん」
「だって、そんな…俺が処女大好きなクズ男みたいなこと言うから」
「クズなんて言うてへんやん」
「あの子との関係は、別に、その…変な欲かいたり打算があるわけやない。シンプルやねん。シンプル」
「シンプル?」
「ペガサスみたいな気持ち悪いもんと一緒にせんといてぇ」
「…まぁ、テレビに映ってたの見てちょっとそう思っただけやし」
「はぁ、頼むわ。勘弁してくれ」
ソファの背もたれに寄りかかると身を沈めて大きく息を吐いた。
「腹を撫でるとか、膝枕するとか、それだけの関係なら別にええやんか」
「はぁ?」
思わず聞き返してしまった。
「別にそれだけならええやん。ペガサス悪ないやんか」
「な…なんやねん急に」
狼狽えてたばこの灰をテーブルに落としてしまった。慌ててお絞りで拭き取ったが、急な方向転換に驚きが隠せない。
「ペガサス、別にええやん。処女が好きって言うのは気持ち悪いけど、まぁ、好きな女に嘘つかれてたら殺したくなるやろ。そもそも気が荒いて分かってて近づいてきてんねんから」
「うわ」
彼の口からこぼれた本音に思わず本音が漏れてしまった。
「その若いこ、消したらあかんよ」
「だーかーらー、ありえへん!嘘ついたり騙したり、怒ったりケジメつけたり、あの子とはそんなことにならへんねんて」
「わからんなぁ」
「もう、大丈夫やて。こっちの常識とはかけ離れたとこにあるから、あの子との関係は」
「そうですかぁ、失礼いたしました」
「…会いたいなぁ」
手元のスマホを眺めながら、つぶやく大男を見ながら思いついた言葉をグッと飲み込んだ。
”抜けたいの?”
これは言うたらあかん気がする。そうだったとしてもこの男は決して口にしないだろうし、もしこれで気付かせてしまったら最悪だ。ここまでうじうじ悩むってことは、まだ極道の成田を辞めるつもりはないということなんだろう。少し可哀想だ。こういう男は今まで何人も見てきたが、この男が持つ天性の人タラシの魅力が同情心を煽るのかも知れない。応援したいような、支えてあげたいような情がむくむくと膨らんできたその時、
「せめて、高校卒業まではなぁ」
この言葉を聞いて背筋が凍った。
「こう、…こう?」
全身の毛穴が開き、心臓が急に鼓動を早める。
「ん?」
「え、未成年?」
恐る恐る口にすると、成田狂児は困ったように笑って言った。
「あぁ、うん。言うてへんかった?」
「はぁ?!ちょ、待って、聞いてへん!高校生なんて」
「高校生ちゃうで」
「へ⁉︎え、中学生!?」
「そうそう、やから変な関係にはなりようがないねん」
「あ、あた、当たり前や!」
「やっぱり成人するまで待たなあかんかなぁ」
「ちょ、待って…頭が追いつかへん」
「俺としては、親元離れたらもうええかなぁとおもてんねんけど」
「そ!それって二十歳…いや、就職待って22とかやんな」
「ハハハ、いつの話ししてんねん。もうすぐ成人年齢は18歳やで」
「じゅうっ…!」
驚きすぎて、少し目眩がしてしまった。目の前の男が先程口にしたことを脳内で反芻し、反芻すればするほどその内容の異様さが際立って動揺が広がっていく。
「まだまだ子供やんか!」
「え、なんやねん今更。さっき子供やって言うたやん」
「ええ⁉︎そんなん言い回しの問題で20代やと思ってた。あかんやろ!」
「あかんか?あかんかなぁ。ペガサスやったら中学生でもセーフやろ」
「あ、あほちゃう!さっきペガサスとはちゃうわ!言うてたやん」
「そら、変態的な趣味はないからな。そもそもプラトニックな関係やし。あの子の恋愛とか普通に応援してあげたいなって思ってるよ」
「いやいやいや」
「なに」
「そんなん、今までの会話聞いてたら信じられへん。…あ!わかった。あれやろ、その『応援してあげたい』って、綺麗な成田さんの意見やろ。汚い成田さんはなんていうてんのよ」
「ええ?いやいや」
「いやいややなくて」
「そら、変な女が近付いてきてたら、厳し目に牽制するくらい…」
「ちょちょちょ!!待って!」
手を挙げて話を制した。女?女が近づいたら?女がって言うた?
「なに」
「一つ聞きたいんやけど…え、相手ってもしかして、男の子なん?」
成田狂児が不思議そうにこちらを見た。その表情に腹が立つ。
「あれ、言うてへんかった?」
「は、初耳や!なんやねん、若い子って男子中学生かいな!あかんあかん、話が違ってくるわ。私てっきり20代前半くらいの女の子やと思ってた」
「あれ?はは、言ってると思ってた。あ、ちゃうわ。この前みんなに紹介したから知られてるとばかり…」
「はぁあ?!みんなに紹介って、みんなって組の?!みんな⁈」
「驚きすぎやって。別にカラオケに連れてっただけで変なもん見せたわけちゃうし」
「は、まさかカラオケ大会に…?」
「いやいや、まだ大会前やからね。その練習に」
「練習…」
「今週末やもんなぁ、カラオケ大会」
「あぁ、頭いたなってきた」
「おいおい、大丈夫か?」
「成田さんこそ、中学生の男の子のことでそんな…はぁ。意外すぎてこっちの魂が抜けていきそうや」
「気ぃ付けて」
「よぉ言うわ。誰のせいやねん」
成田がふふっと鼻で笑った。こんな成田狂児は初めて見る。
「ほんまに気ぃつけて。一度魂抜けたら、もう戻って来られへんから」
「はぁ」
心当たりでもあるんかい、と言いかけたけれど辞めておいた。きっとあるんだろう。しかも、ここ最近の話なんだろうなという無駄な女の勘が働いた。
「あぁ、取ってくうたら無くなってしまうし。目を離したらきっとどんどん離れてまうし。どうしたらええんや」
ふざけているのかと思いきや、存外真面目な顔でため息混じりにそう言う姿を見てたまらない気持ちになってしまった。もはや成田がまるで興味を示さないタバコに火をつけ、深く吸い込んだ後、ソファに背を預けて私は考えることをやめた。