十二月二十六日。私たちは夕食を食べ、プレゼント交換をした。その後、久方ぶりに交り、身体を洗い、寝間着に着替え、就寝の準備を整えていた。
私が布団に入ると、「あ、そうだ」と北村さんは部屋の隅に置いてあった紙袋を引き寄せた。中から、手のひらほどの大きさのキャンドルが出てきた。
「せっかくだから、少しだけアロマキャンドル焚いてもいいかなー? クリスマスマーケットで買ったんだー」
「構いませんが、クリスマスマーケットとは?」
「クリスマスのグッズとか食べ物を売る屋台が並ぶイベントだよー。たまたま通りかかったんだー」
そう言いながら北村さんは火を付けた。
「本当はクリスマス前に焚けたらよかったんだけどねー」
「なかなか予定が合いませんでしたからね」
「駆け足で、走り抜け行く師走かな。多忙はありがたいことだよねー」
しばらくすると、柑橘系の匂いが漂い始めた。
「オレンジの香りでしょうか?」
「うん。あとシナモンだよー。この二つはクリスマスの香りなんだってー。お店の人が教えてくれたよー」
西洋文化に疎い私だが、その二つがクリスマスに結びつくのは容易に想像できた。オレンジとシナモンを使った異国の、クリスマスに食べるためのお菓子があったような気がする。
北村さんが部屋の明かりを消すと、橙の灯が浮かび上がった。彼の頬が、香りと同じくオレンジ色にじわりと染まる。
「今日から一気に、街は年末ムードになってたねー」
「ええ。クリスマスに引き続き華やかでしたが、どこか物寂しさを感じました」
「今年ももう終わりだねー」
「北村さんは、何かやり残したことはありますか?」
「やり残したことかー……」
私が問うと、北村さんは宙を見つめて考え込んだ。
キャンドルの焔は、ゆらりゆらりと身をくねらす。それに合わせて、布団や家具の影が揺れる。
「九郎先生と海へ行っていないこと、かなー?」
海へ。北村さんとそんな約束をしていただろうか。
「クリスさんの誕生日に、クリスさんと雨彦さんと、三人で海へ行ったんだー。夕焼けの海があんなに綺麗だったなんて知らなかったよー」
私が記憶を辿っていると、北村さんが説明した。
「それで、九郎先生と一緒に見られたらいいなーって思ったんだー」
「それほど美しかったのですね」
彼は笑みをこぼして頷いた。蝋が溶けだすような、柔らかい表情をしていた。北村さんは海に沈む夕日を、このような眼差しで見つめたのだろう。その時に、彼の隣にいなかったことが惜しく感じられた。
「では、年明けのオフは初詣から変更して、海へ行きましょう」
「えっ、いいのー?」
「初詣は七日の松の内までが基本ですが、立春まででも良いそうですよ」
「そうなんだー。それじゃ来年、よろしくお願いしますー」
それから私たちは、ぽつりぽつりと他愛もない話をした。
瞼が重くなってきた頃、北村さんが「そろそろ寝ようかー」と、キャンドルを消し、後片付けをした。窓を開けて換気もしたが、部屋にはまだ甘い匂いが立ち込めていた。
その夜は、北村さんとお菓子を作る夢を見た。私も彼も洋菓子作りはさほど得意ではなく、ところどころ焦がしてしまった。それでも出来立てはおいしいと言いながら、二人で食べた。
来年もこのような思い出を作れたら良いと思った。