「・・・」
「KKおはよう、朝ごはんできてるよ」
暁人の声で目を覚ます。これが日課になっている。ここに住み始めた時は勝手に洗濯物が片付けられてたり、ご飯もできてたりと、一人暮らしにない快適さに驚かされた。
「今日は、ピザトーストか」
「うん」
暁人は俺が寝ている間もご飯を作ってくれたり、洗濯をしてくれていたりと色々やってくれている。俺はこの恩を返したいが何もできず、暁人の世話になっている。
「なあ、お前なんでそこまでしてくれるんだよ。家事をやってくれるのはもちろん助かるけどよ」
「またその話?何度も言ってるけど、僕はここに住んでいる人の役に立ちたいと思っているだけだよ」
「俺の前に住んでた人にも同じことをしたのか?」
「まあ、ね・・・」
暁人の顔が一瞬暗くなり、目を伏せる。何か聞いてはいけないことを聞いてしまったのか申し訳なくなってくる。場をどうにかしようと朝食を食べようと思い、ピザトーストにかじりつく。
「うまいな」
そう言うと暁人の顔が明るくなった。暁人の料理はどれも美味しくて毎日の楽しみになっている。暁人といると家族といるような安心感があり、この生活が終わってしまうと考えたら寂しくなってしまう。でも、いつまでも世話になりっぱなしでいるわけにもいかないし、この生活が終わる日もそう遠くはないだろう。そんなことを考えながら朝食を食べ終える。
「なあ、暁人」
「なに?」
「お前がいてくれて助かった」
「え?」
「俺はそんなに自炊もうまくないしましてや家事すらまともにできるかどうかも怪しかったからな。お前がいて助かった」
「そうだったんだ。そう言ってもらえて嬉しいよ」
暁人が微笑む。食べ終えると暁人と共に食器を洗って片づける。
「今日はお仕事なんだよね?」
「それがどうした?」
「いや、スーツじゃないから」
暁人が俺の服装をまじまじと見る。まあ、黒のジャケットとズボンだからな。
「今日は別の仕事なんだ」
「副業?」
「そうだな、昼頃には戻ってくる」
「リクエストは?」
「暁人の好きなものでいいよ」
「それじゃ、気を付けてね」
「ああ、行ってきます」
玄関で暁人に見送られながら家を出る。暁人は俺の事を何だと思っているんだろうか。
****
「KK、一人暮らしはどう?」
「まあまあってところだな」
アジトで凛子に近況を話す。
「家事ができるかどうか怪しいと思っていたけど、その様子じゃなんとかなってるみたいね」
ほとんど暁人に頼りっぱなしだけどな。
「今度家に行っていい?」
「はぁ!?」
凛子の発言に思わず驚いて声が出る。
「・・・そこまで驚く?」
「いきなり俺の家に行きたいって」
「ちゃんとした生活をしてるかどうか見たいからね」
「って凛子に言われちまって」
「ほうほう」
自宅に戻り、暁人に今日のことを報告する。家に地縛霊がいると知られたら、言い寄られるのは目に見えている。
「で、何すればいい?」
「凛子にバレないように隠れてくれ」
「どうやって?」
暁人は幽霊でありながら姿を消すことができず、前に大家が部屋に入ってきたときには壁にセミのように張り付いていたのを思い出す。幸い大家は見えない人だったから意味はなかったが。
「だって地縛霊で家からでられないし」
「それなら押し入れ・・・」
押し入れの襖を開けるが、布団がギチギチに詰まっているため使えなかった。
「KK仕舞うのヘタクソ」
「悪かったな!!」
その後も考えるが、暁人共々途方に暮れる。
「どうする・・・」
「家事教えようか?」
俺は暁人の言葉に甘えることにした。教えてもらった通り、飯を自炊してみたり、洗濯もやってみた。でもどれも上手くいかず、完全に頼りきった弊害を味わう羽目になった。
「まあ、最初はこんなもんじゃないかな」
「すまねぇな」
暁人に教えられながら家事をこなしていくうちに、少しずつだができるようになっていった。
****
「来たか」
「待ってた?」
「別に」
凛子がアパートにやって来る。手にはビニール袋を提げていた。
「とりあえず部屋は片付いてるわね」
「本当に確認しに来たのか、俺が嘘ついてるように見えるか?」
「見える」
「言い返せねぇ」
「おつまみ買ってきたから食べる?」
「くつろぐ気満々だな」
「本当に一人暮らしできてるかどうか見に来たんだから」
「マジかよ・・・」
「それよりここ、いい部屋ね」
「事故物件だけどな」
「お祓いした?・・・っ」
「祓う程のものじゃないけどな」
「へ、へぇ・・・」
「今ビール持ってくるから待ってろ」
冷蔵庫から缶ビールと茹でておいといた枝豆を二つ取り出す。凛子が買ってきたおつまみにはイカや鮭とばが入っていた。
「チータラは無かったのか?」
「あ、あぁ、高かったからな」
「最近いろいろ値段も上がってるしな」
「卵も大きいサイズに手が届かなくなって」
「こっちは小さいサイズで妥協してる」
「・・・」
「凛子、どうした?」
凛子がやけに挙動不審になり部屋を見渡す。
「そんなに部屋見ても何もないぞ」
「なんか変な視線感じない?」
その言葉に一瞬ドキッとするが、平静を装う。
「何言ってんだ、ここには悪霊はいないぞ」
「・・・そうよね」
「さっきから視線が泳いでるがどうしたんだ?」
「な、何でもないわよ」
視線がやけにある方向を向いている気がする。凛子が気になっているところを見てみると、天井の隅に忍者のように張り付いている暁人がいた。
「ダイジョウブ、ダイジョウブ」
何が大丈夫なんだろうか。バレてるぞ。
****
「地縛霊?」
「ぶっちゃけ家事とか全部任してる」
「やっぱりね。あなたが一人暮らしなんて無理だと思ってたし」
凛子に暁人のことを話すと納得してもらえた。
「家事を任せるなんて、まるで夫婦ね」
「ごほっ・・・!!」
「KKどうしたの?」
凛子が真顔でそんなことを言うものだから思わずむせてしまった。
「・・・」
暁人を見ると満更でもない顔をしていた。ここで否定したら絶対凛子に怪しまれるしな・・・ここは黙っておこうか。それに暁人と一緒にいて安心感を抱けるのは事実だしな。と自分を納得させることにした。
「KK夕飯のリクエストある?」
「なんでもいい」
「それ一番困るやつ。凛子さんは?」
「暁人くんの好きなもので」
「はーい」
エプロンを着けてキッチンに向かう。Tシャツと短パンだけという寒そうな格好で前に聞いたときは寒くないと答えたが見てるこっちが寒いんだ。
「そういえば暁人くんはいつからここにいるの?」
「うーん、10年くらいなか?あんまり自分でもそこのところは覚えてなくて」
「家族はいるの?」
「両親はもう他界してて、妹が一人・・・いました」
暁人の顔が暗くなる。10年もここにいるということは、もしかしたら亡くなったのかもしれない。凛子はあんまり他人の事情に首を突っ込むのも良くないと察したのかこれ以上は聞かなかった。
「できました」
完成したのは肉野菜炒めに卵が乗っているやつだった。
「いただきます」
一口食べた瞬間口の中に広がる旨味にびっくりする。美味いのだ。まさかこれほどまでとは・・・店で食うより全然うまい。
「美味しい・・・」
凛子も同じ気持ちなのか思わず感想が口からこぼれていた。そして無言で食べ続ける二人。あっという間になくなったのでおかわりをよそってもらうことにした。