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    kotobuki_enst

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    書きたいとこだけ書く人魚の短い話まとめ。

    ##ひよあん

     じくじくと蝕まれるような下半身の痛みで目を覚ました。そこはずいぶんと暗く、あたりの様子は伺い知れない。わかるのは痛みと、後頭部を包むやわらかな感覚。少なくともいつもの自室のベットではないということしか導き出せなかった思考に正解を与えてくれたのは、まだ耳に馴染むことのない不思議な響きの男の声だった。

    「あれ、目が覚めたの?」

     飛び起きることをしなかったのはひとえにそんな力が出なかったからだ。指一本、瞳を動かすのですら億劫だと思ってしまうほどに全身がだるい。何の反応も返さない私のことを男は特段気にする様子はなく、視界に彼の指がちらついた。

    「まだ終わっていないからもう少し休んでおいで。最後まで寝ていられたら楽だったのに、ついていない子だね」

     ゆるやかに頭を撫でられていた。胸の奥でささくれ立つ不安を落ち着かせるような手が疎ましくて、そんな手にさえ縋りたいと思ってしまうのがどうしようもなく怖かった。握った拳をほんの少しだけ縮こめたことを彼は見逃さず、上から大きな手のひらで包まれる。宥めるように手の甲をさすり、それから親指の付け根に彼の親指を押し込んで手を開かせてすべての指先を絡ませた。手のひら同士がぴったりとくっつき合った。
     温度のない肌を持つ男だと思っていたのに、その手はほんのりとあたたかかった。今まで私に触れるたびにあついあついと言っていたくせに、繋がれた指先は嫌がる素振りを見せない。ほんとうに、私は私ではない何かに変わっていっているらしい。視界の端にちらついた一対の紫はまるで宝石のようで、暗闇の中でもじんわりと光っていた。

    「ゆっくりでいいからね。ここでずっとぼくが見ていてあげるからね」

     シーツで覆われた腰から下に今何があるのか自分でも分からなくて、その答えから逃げるように再び目を閉じる。全部悪夢だったら良かったのだけれど、手の甲を撫ぜる指の腹の滑らかさと時折当たる爪先の擽ったさは、受け入れ難いほどに鮮明だった。



    ┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼



    「——作れないことはありませんが」
    「……そうなの?」

     問いかけると彼はしまったとばかりに露骨に顔をしかめた。今の彼の発言が明らかな失言だったことは私にもわかる。やはりこの男——いばらくんは煽られるのに弱いらしい。気まずそうな顔で「今のは聞かなかったことに」と付け加えられたが、私はその失言を聞くのをずっと待っていたのだ。

    「作れるなら作ってよ」
    「勘弁してください。自分が殿下に八つ裂きにされてしまいます」
    「そこをなんとか」
    「自分まだ死にたくありませんので」

     いばらくんはふいと顔を背けて慌てた様子で資料やら器具やらを抱え込むと、室内にみっちりと詰め込まれた棚や作業机の隙間を縫って部屋の奥へと進んで行った。ひよりさんの何倍もある長い尾を何にもぶつけずに狭い場所を進むことができるのは器用だなといつも思っている。ほんの時々、つっかえてウンウン唸っていることもあるけれど。
     いばらくんの後を追いかけて部屋の奥へ進む。ひよりさんの目を盗んで何度もここへ通っているから迷うようなこともない。ひよりさんよりも立場が下らしい彼は私にもあまり強く出られないことも知っている。本棚やら器具棚やらを抜けた部屋の最奥、まるでおとぎ話に出てくる魔女の作業場のような大釜や色とりどりの液体の入った小瓶が立ち並ぶ一室で、いばらくんはこちらをじっとりと睨みつけていた。

    「しつこいですよ」
    「やっぱり作れないの?」
    「技術的には不可能ではありませんが? あなたにお渡しすることはできないというだけです」
    「どうしても欲しいの、お願い」
    「今日はもう帰ってくださいね。迎えにジュンでも呼びましょうか」

     手元の小瓶をかちゃかちゃと棚に分類しながらそう言ういばらくんは鬱陶しそうに眉をひそめてこちらを見ようともしない。けれど、ここで諦めてなるものか。私だって帰りたいんだ。大切な家族と、仲間たちのいる家に。

    「……なら、帰ったらひよりさんに『いばらくんから元に戻る薬の話を聞いた』って言いつけるよ」

     いばらくんの作業の手が止まる。こちらをじろりと一瞥して、大きなため息もついた。

    「それやってあなたに何かメリットあります? 薬を得る機会を失い、殿下の機嫌も損なう」
    「ひよりさんに怒られたいばらくんにやーいって言える」
    「あなたはそれで何か満たされるんですか?」
    「……満たされは、しないけど。でも今日このまま帰ったところでいばらくんが薬をくれるわけじゃないでしょ」
    「得られるものが何もない策は泥船ですよ。あまりくどいようであればこちらも殿下にあなたが反抗的だと告げてやってもいいんですからね」

     ほらもう出てってください。部屋から追い出すようにいばらくんは私の肩をぐいぐいと押す。嫌だ。ここで引き下がるわけにはいかない。近くの棚にしがみついて、彼の方へ向き直す。

    「なら私も最近いばらくんがやらしい目で見てくるって言う」
    「……殿下がそんな戯れ言を」
    「べたべた触ってくるとも言う」

     いばらくんは私の肩からぱっと手を離して、黙ったまま綺麗な顔を歪ませる。

    「どっちの言い分を信じるか、ひよりさんに決めてもらう?」

     びたん。いばらくんの尾の先が地べたを叩いた。反射的に体が跳ねたけれど、負けじと彼を睨み返す。数秒間無言で睨み合って、先に折れたのはいばらくんの方だった。

    「……一週間後、ここへ来てください」
    「……それじゃあ」
    「殿下にはどうかご内密に」

     それだけ言うと、いばらくんはするすると部屋の奥へ戻って行った。ありがとうとかけた言葉に反応はない。まさか彼が折れるとは想定していなくて、頭がふわふわしていた。一週間後、家に帰れる。半ば諦めかけていた帰郷のチャンスは存外あっさりと訪れた。
     いばらくんの作業場を出ると入口のそばにジュンくんが来ていた。あまり半魚人(?)の姿になりたがらない彼は今日も小さな蟹の姿をしている。泳ぎの下手な私よりも進むのが遅いので、彼と移動するときは彼を手のひらの上に乗せるのが常だった。

    「あんまりいばらとは仲良くしない方がいいっすよぉ。気持ちはわかりますけど」
    「ひよりさん怒るかなぁ?」
    「いやうんまあ、それもありますけど」

     ひよりさんは私の海での交流関係を厳しく制限するので、私はここで気軽に話せる相手がほとんどいなかった。私の足を奪った憎きあの薬の製作者であるいばらくんでさえ貴重な話し相手であり、ひよりさんもそれは黙認してくれていると思ったけれど。
     ジュンくんは警告音のようにはさみをカチカチと鳴らして私の注意を引いた。

    「単純に、いばらはめっちゃ性格悪いんで。普通に仲良くなれると思ったらダメっすからねぇ」

     ジュンくんにしては珍しく険しい顔をしていたそのときの忠告の意味を、私は一週間してからようやく知ることとなる。
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    kotobuki_enst

    DONE人魚茨あんのBSS。映像だったらPG12くらいになってそうな程度の痛い描写があります。
    全然筆が進まなくてヒィヒィ言いながらどうにか捏ね回しました。耐えられなくなったら下げます。スランプかなと思ったけれどカニはスラスラ書けたから困難に対して成す術なく敗北する茨が解釈違いだっただけかもしれない。この茨は人生で物事が上手くいかなかったの初めてなのかもしれないね。
    不可逆 凪いだその様を好んでいた。口数は少なく、その顔が表情を形作ることは滅多にない。ただ静かに自分の後ろを追い、命じたことは従順にこなし、時たまに綻ぶ海底と同じ温度の瞳を愛しく思っていた。名実ともに自分のものであるはずだった。命尽きるまでこの女が傍らにいるのだと、信じて疑わなかった。





     机の上にぽつねんと置かれた、藻のこんもりと盛られた木製のボウルを見て思わず舌打ちが漏れる。
     研究に必要な草や藻の類を収集してくるのは彼女の役目だ。今日も朝早くに数種類を採取してくるように指示を出していたが、指示された作業だけをこなせば自分の仕事は終わりだろうとでも言いたげな態度はいただけない。それが終われば雑務やら何やら頼みたいことも教え込みたいことも尽きないのだから、自分の所へ戻って次は何をするべきかと伺って然るべきだろう。
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    kotobuki_enst

    DONE膝枕する英あん。眠れないとき、眠る気になれないときに眠りにつくのが少しだけ楽しく思えるようなおまじないの話です。まあ英智はそう簡単に眠ったりはしないんですが。ちょっとセンチメンタルなので合いそうな方だけどうぞ。


    「あんずの膝は俺の膝なんだけど」
    「凛月くんだけの膝ではないようだよ」
    「あんずの膝の一番の上客は俺だよ」
    「凛月くんのためを想って起きてあげたんだけどなあ」
    眠れないときのおまじない ほんの一瞬、持ってきた鞄から企画書を取り出そうと背を向けていた。振り返った時にはつい先ほどまでそこに立っていた人の姿はなく、けたたましい警告音が鳴り響いていた。

    「天祥院先輩」

     先輩は消えてなどはいなかった。専用の大きなデスクの向こう側で片膝をついてしゃがみ込んでいた。左手はシャツの胸元をきつく握りしめている。おそらくは発作だ。先輩のこの姿を目にするのは初めてではないけれど、長らく見ていなかった光景だった。
     鞄を放って慌てて駆け寄り目線を合わせる。呼吸が荒い。腕に巻いたスマートウォッチのような体調管理機に表示された数値がぐんぐんと下がっている。右手は床についた私の腕を握り締め、ギリギリと容赦のない力が込められた。
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