溢れる愛を、君に。俺は、嘆きの館のキッチンで、かれこれ1時間近く頭を抱えていた。
...わ、わからない。
明日に迫ったホワイトデー。
考えに考えて、お返しは自分で作ろうと思い、材料だけはD.D.D.で調べて買ってみた...ものの、作り方が分からない。
それも調べてみたのだが、そもそも料理をしたことがないので何をどう使えばいいのか分からない。
食事当番の時は、なんだかんだ誰かが顔を出してくれるので手伝ってもらって出来ることだけやっていたのだが、お菓子作りとなると、見たこともない道具や言葉が出てきて訳が分からない。
キッチンにカチコチと時計の音だけが響き、時間だけが過ぎていく。
これじゃあ、計画が台無しだ...。
その時、キッチンの入口の方から声がした。
「おや、MCではないですか。どうしたんです?こんな所で頭を抱えて」
「...バルバトス!!」
振り向くと、そこには少し驚いた様子のバルバトスが立っていた。
俺は、救世主が現れたと思って思わず駆け寄って抱きしめた。
...いや、実際には歴とした悪魔なのだけれど。
「おやおや、困りましたね。これではシメオンに怒られてしまいます」
困り顔のバルバトスが、やんわりと俺を押し返す。
「神様仏様バルバトス様!どうか私めに、チョコの作り方を教えてくださいぃ!!」
「そのお二人と並べられるのは少々複雑な心持ちではありますが、なにかお困りのようですので、私でよろしければ協力させていただきましょう」
「ありがとーございますぅー!」
確かに、悪魔とは相反する二人と並べてしまったが、今の俺にとってはそれぐらい神々しく光り輝いて見えた。
俺は、前屈レベルで体を折り曲げて頭を下げた。
「で、チョコの作り方でしたね?どのようなチョコが作りたいのですか?」
「シメオンの好きなパラダイス・ブルーをイメージしたチョコを作りたいんだけど、青色なんて食べ物にないからどうすればいいのかわからなくて...」
シメオンの喜ぶ顔が見たい。
そう思った時、最初に浮かんだのが、おいしそうにパラダイス・ブルーを飲むシメオンの顔だった。
だから、それをチョコに取り入れられらいいと思ったのだけれど...。
「魔法で着色すれば楽に出来ますが...?」
「ダメなんだ!どうしても全部自分の力で作りたい!」
それは俺も考えた。
魔界の極彩色の奇抜な料理はほぼ魔法で作られており、着色ももちろん魔法である。
でも、たとえ失敗しても、このチョコは自分の手で作りたいと思った。
変な味や形になっても、シメオンに、この気持ちを伝えたい、そう思ったから。
「でしたら...食紅というものがありますので、それを使ってみてはいかがでしょう?色の調節が難しいですが」
「食紅...?それ、食えるの?」
聞いたことのない名前で、俺にはまったく想像がつかなかった。
「はい、食べられる紅、で食紅ですので。人間界にあったと思いますが。極彩色のお菓子などは、大抵これで着色されています」
「あぁ!舌真っ青になるヤツか!なるほど、それならチョコを青く出来るな」
俺の脳内に、かき氷のブルーハワイを食べた時のイメージが浮かんだ。
確かに、あれは青い食べ物だ!
そうか、そういう物があったのか!
「あと、パラダイス・ブルーをイメージするなら、いっそ、パラダイス・ブルーを入れてみてはいかがでしょう?」
「そんなん、液体なんだから入れられるワケないだろ?」
俺の頭にハテナが飛ぶ。
バルバトスの言っている意味がわからない。
「いえ、煮詰めてシロップにしたものにゼラチンを混ぜれば、チョコの中に入れられます。ウイスキーボンボンなどをイメージしていただければ」
「あの、中からピュッて出てくるヤツ!?あれ、作れんの!?」
「はい、可能です」
「やる!!じゃあ、必要な材料教えて!すぐ買ってくる!」
バルバトスの言っている行程はさっぱりわからないが、ウイスキーボンボンならイメージできる。
あれはプロが作るものだとばかり思っていたが、素人にも作れるのなら、それでシメオンを驚かせたい!
俺はバルバトスに教えてもらった材料をメモし、急いでスーパーまで買いに行った。
帰宅後、隣でバルバトスに手順を教わりながら、チョコを作り始める。
溶かしたホワイトチョコに食紅を少しづつ足していくが、なかなか思った色にならず、食紅がうまく混ざらずまだらなマーブル模様になる。
パラダイス・ブルーを煮詰めると、煮詰めすぎては焦がしを繰り返し、結局3回ほどやり直した。
パラダイスブルーのゼリーをチョコで包むのに手間取り、ゼリーが溶けてビチャビチャにしたり、チョコが溶けてベトベトになったり、最終的に、なんとか形になったのは、いびつな丸の4個だけ。
それをシンプルな白い箱に詰めて、青いリボンをかけた。
――――――――――
『今から家においで』
そんな連絡が来て、俺は足早に恋人の元へ向かった。
一緒に家に行くことはあるけど、呼び出されることは滅多にないので、少しドキドキしていた。
「お邪魔します」
ノックをして部屋の扉を開けると、テーブル前のいつもの場所に座るMCが見えた。
「どーぞ。ま、座って座って」
「う、うん」
床をポンポンするMCに促されるまま、MCの隣に腰を下ろす。
肩先が触れたので、気付かれないようにもう少しだけ近付いてみた。
「さっそくだけど、はいっ!ホワイトデーのお返し」
MCが、後ろから、青いリボンのかかったシンプルな白い小箱を差し出す。
そっか、今日、ホワイトデーだ!
「えぇっ!?当日にもらったけど、今日もくれるの!?」
「あれはサプライズしたかっただけだから。今日のが本命」
俺はすでに、バレンタインの日に、大きな白薔薇の花束をプレゼントされていた。
「世界一早いホワイトデー」とMC自身が言っていたので、てっきり、それがお返しだとばかり思っていた。
なのに、当日にも用意してくれていたなんて、この人は、なんでこんなに、俺が喜ぶことばかり考えてくれるのだろう。
「ありがとう、すっごく嬉しい!開けていい?」
「もちろん!」
早く中身が見たくてたずねると、MCがにっこりと微笑んだ。
リボンを解いて箱の蓋を開けると、中には、青と白のマーブル模様の丸いチョコが4つ入っていた。
「わぁっ!青い...チョコ?」
「そう。食紅?ってヤツで色付けてみた」
食紅。確か人間界にある、食べ物を着色する時に使うもののはず。
料理をしないMCの口からそんな単語が出てくることが少し不思議だった。
「魔法じゃないの?」
「うん。これだけは、魔法使わずに作りたかったから。だからなんか、色もまだらだし形もいびつだけど...」
確かに、よく見れば、マーブル模様は計算されたものではなく、青の濃い部分とほぼ白い部分が固まっていたりするし、丸の形も、まん丸なわけではなく、楕円だったり、指で押し潰したような凹みがある。
でも、そこに、MCが一生懸命作ってくれた痕跡が残っているし、その姿を想像するだけで、ニヤケてくるぐらい嬉しかった。
「ううんっ、一生懸命作ってくれたんだなってわかるからいいの!MC、料理しないから大変だったんじゃない?」
こんな凝ったもの、MC一人の力ではできないだろうと思い、真相を探るべく、やんわりとたずねてみた。
「それが...たまたまバルバトスが嘆きの館に来てて、作り方から何から全部教えてもらったんだ。でも、作ったのは俺一人だから!」
なるほど。
バルバトスなら食紅の存在も知ってるだろうし、スイーツ作りはお手のものだ。
でも、あくまで手伝ってもらわずに一人で作ったと主張するところが可愛らしい。
それに、この見た目からして、それは紛れもない事実なのだろう。
俺に心配させないように嘘や隠し事をしないMCが、誠実で好きだ。
「そっか、バルバトスが。どうりで、MCだけじゃ発想できない見た目なワケだね?」
「...バレてた?」
「うん」
いたずらっ子のように笑うMCのおでこに、コツンと俺もおでこを寄せる。
キスできそうな距離だけど、そこはぐっと堪えた。
「じゃあ、食べたらもっとビックリするよ?」
近すぎて、瞳いっぱいに俺の顔が映るMCの目が、ニヤリと笑った。
まだ、サプライズがあるというのか。
「それもバルバトスに教わったんだね?なんだろ?」
「食べてみて」
聞き覚えのあるやりとりだな、と思いながら、青いチョコをひとつ摘んでパクッと口に運ぶ。
甘いホワイトチョコの層を噛むと、中からジュースのような液体が溢れ出す。
馴染みのあるこの味...俺の好きなパラダイス・ブルーだ!
「ん...んんっ!中から何か出てきた...これ、パラダイス・ブルー?」
「正解!」
口いっぱいに広がるパラダイス・ブルーを舌で転がしながら味わう。
中に好きなものを入れるなんて、バレンタインに送った俺のチョコをそのままお返しされたようで、嬉しいやら恥ずかしいやら、とにかく口角が上がりっぱなしになる。
「んふふー、おいしい」
「喜んでもらえてよかった」
そんな俺の顔を見て、MCがホッとした顔をする。
いつも、色んなサプライズを仕掛けてくれるけど、毎回、俺の反応が気になっているようだ。
俺は、その気遣いだけで充分嬉しいのに。
MCにももっと喜んで欲しくて、ふと、バレンタインの日を思い出し、再現してみたくなったことがあった。
「...食べる?」
俺は、MCの目を見つめながら訊く。
「...食べる」
MCが、俺の目をじっと見つめて答える。
俺は、MCの唇に触れ、自分の舌を差し込む。
さっきまで舌の上で転がして楽しんでいたチョコを、MCの舌に乗せると、MCは器用にそれを受け取り、ついでに俺の舌まで絡めとってしまった。
「んん...」
俺とMCの口内が溶け合ってしまったようで、全身の力が抜けていく。
それでも、MCは俺の口内のチョコをすべて舐めとっていくように舌でくすぐり、ゆっくりと唇を離した。
「...上手にできました」
最後に、名残惜しそうに俺の唇を舐めると、満足そうな顔でそう言った。
「...甘かった?」
バレンタインの日も、交わした言葉。
俺の気持ちが伝わって欲しくて問いかける。
「うん、シメオンの隠し味?」
「...そう...えへへ」
こんなに幸せで、いいんだろうか。
でも、この気持ちは止められないから。
俺に、「好き」を教えてくれてありがとう。
俺を好きになってくれてありがとう。
これからも、ずっとずっと、好きでいさせてね。
こんな幸せな夜を、まだ終わらせたくない...
きっとMCも同じ気持ちなんだろう。
どちらからともなく、互いを強く抱きしめた。