パンケーキになったら…立ち上がった朱雀は画用紙を頭の上に掲げて、庭で洗濯物を干している母親の元に駆け寄った。
「かあちゃん!できたー!」
裸足のまま庭に飛び出してきたことを注意しようとしたが、あまりにもニコニコと得意気なので、叱るのは一旦置いておいて、画用紙に大きく描かれた絵を見た。
黄色とオレンジのクレヨンで描かれたそれは、昨日小さな喫茶店で食べた物だとすぐに分かった。
「これは、昨日のパンケーキ?」
「うん!」
分かってもらえて嬉しいのか何度も頷く。
昨日、買い物の帰り小さな喫茶店に入り、朱雀と母親は大きなパンケーキを半分ずつにして食べたのだが、ホットケーキとはまた違うふわふわの食感やその見た目にすっかり心を奪われたらしい。
昨日からずっと絵を描いたり、自作したパンケーキの歌を歌ったり、帰ってきた父親に食べた時のことを話したりと、パンケーキに溢れているのだ。
「そんなに美味しかった?気に入った?」
「すき!いっぱいたべたい!よるごはん、パンケーキがいい!」
おねだりのつもりかぴょんぴょんと跳ねる息子の目線に合わせるように、母親はしゃがんだ。すると朱雀は母親の体をゆすりながら、パンケーキ、パンケーキと連呼し始めた。
「えー、ママは夜はお肉食べたいなぁ」
「じゃあ、おにくとパンケーキたべよ!」
栄養バランスも食べ合わせも何も知らない子供らしい考えに母親は思わず吹き出す。
「アンタは本当にパンケーキ好きねえ。そんなに好きだと、いつかパンケーキになっちゃうんじゃない?」
そう軽い冗談を言って、パンケーキのようにふわふわしている朱雀の頬を人差し指でつつく。
「おやおや、ほっぺがパンケーキになってますねえ」
怖がるかと思ったのだが、朱雀は嬉しそうにバンザイして見せた。
「やったー!パンケーキになる!オレ、パンケーキだ!」
無邪気に喜んでいる姿を見ていると、その可愛らしさにあてられてついつい意地悪したくなってしまう。
「朱雀、本当にパンケーキになっちゃって良いの?」
「ふぇ?」
幾分が声のトーンを落として息子にそう問いかけると、喜びが一変し不安げな表情になる。その変わりようを見て、しめしめ引っかかったぞ、と母親は内心ほくそ笑んだ。
「朱雀がパンケーキになったら、ママ、朱雀のこと食べちゃおうかな?ホイップクリームいっぱいのっけて、イチゴとブルーベリーもいっぱいのせて、あ、バナナものせちゃおう!ママの大好きなものたくさんのせて」
自分の上にホイップクリームや、果物がどさどさと降り掛かってくるのを想像したのか、朱雀の顔は青ざめていく。
「ナイフで小さく切ってあーんってしちゃうぞー!」
とどめように母親が口を開けて食べる真似をすると、朱雀はわっと泣き始めた。
「食べちゃダメ!!!食べても美味しくないよ!!」
必死で母親を止めようと体を揺らしてくるのが面白く、涙で濡れた頬を親指と人差し指で、軽く摘んだり離したりを繰り返して刺激する。
「朱雀は美味しいなー。もぐもぐ」
「かあちゃんのばかー!」
食べられてもないし痛みも無いのに朱雀は本当に食べられているのかのように、びえびえと泣き続けた。
「っていうこともあったのよ」
母親はフライパンの上でひっくり返ったホットケーキをペシペシとフライ返しで叩きつつ、隣の玄武を見た。
「それはなんとも朱雀らしいな」
生クリームをかき混ぜる作業のお供にと幼少期の思い出を聞いた玄武は思わず笑ってしまった。