green&purple似合わない色の服を着てみた。
きっかけは、マントだった。
パプニカの城の長い廊下を、ポップは歩いていた。
両側にいくつかのドアが並んでいる。
その中の一つをノックした。が、返事がない。
「おーい、ヒュンケル」
「いねえのか…?開けるぞ」
鍵は開いていた。しかし、ヒュンケルの姿はない。
レオナから、午後の会議の場所が変更になったことを知らせるよう頼まれて来たのだ。この更衣室兼休憩室にいるはずだったのだが。
部屋を見回すと、フックにヒュンケルの白いマントがひっかかっているのが見えた。ソファの上には、いつも着ている紫の布の服が几帳面にたたんで置かれている。すでに着替えてから出て行ったということだろうか。
「まぁ、マントがあるってことは、そのうち戻ってくるだろ。待たせてもらうとすっか」
どっかりとソファに腰を下ろした。
「暇だな…」
ポップはふと、いたずら心を起こした。フックから
マントを取り、羽織ってみる。真っ白いマントを纏うヒュンケルは、男の目から見ても格好良かった。
「やっぱ長えな…」
長いマントの裾を翻して歩いてみたかったが、さすがに長すぎた。
姿見に映してみるが、真っ白な布をズルズルと引き摺る己を見て、
「ねぇな…」
目を眇め口元を尖らせる。
「花嫁さんみてえになってんじゃねーか」
そそくさと脱ぎ、ソファにかける。
次に目に入ったのは紫の服。
あいつこれよく着てるよな…てか、持ってる服紫ばっかだよなぁ。マニアか?紫着てないと死んじゃうのか?
なんとなく手に取り、肩に当ててみる。ついでにちょっと羽織ってみる。ついでにズボンも履いてみる。
「でけえ…」
はっきり言ってブカブカだ。
「そうだ!」
ポップは思いついて、モシャスを唱えた。
体格だけヒュンケルになってみたのだ。
「バッチリじゃん!」
が、
「なんか気持ち悪い…」
筋骨隆々のヒュンケル風の体に、ポップの顔では違和感があるのだ。かと言って、顔も体もヒュンケルにしたら、ただのヒュンケルである。ポップは再度呪文を唱えた。
今度は筋肉は控え目に、身長を伸ばしてみる。
「うん、いんじゃね?」
胸板の部分の布がやはり余るが、気になる程ではない。丈も丁度良い。ポップは悦に入った。
「でもなんか違うなぁ…。やっぱ色か?」
ポップは常に緑の法衣を愛用している。人のことを言えた義理はなく、はっきり言って緑一辺倒である。
「紫って高貴なイメージあるしなぁ。俺にゃ合わねーか…」
悔しいが、ヒュンケルにはよく似合っている。
薄明の空の色。尽きることのない闘志の色。紫水晶の色。深く吸い込まれそうな、あの瞳の色…。
(いやいや、なに考えてんだ、おれ!)
顔を赤らめ、ポップは自分を戒めた。
(平常心、平常心…)
深く深呼吸をする。
いつからか、こんなことが増えていた。
あいつといると、知らないふりが上手くなる。
瞼に宿る光の眩しさ。
後ろ手に隠された好意。
密やかな熱。
気持ちに蓋をして、それらにずっと気づかないふりをしていた。
でも、もうそろそろ限界、かも…。
その時、足音が聞こえた。ドアの前で止まる。
「誰か、いるのか?」
ヒュンケルの声だ。ヤバい!ポップの心臓が早鐘を打つ。
(そうだ、鍵!)
素早く施錠呪文を唱える。
ノックの後、ドアノブが回されたが、開かない。上手くいったようだ。
モシャスを解き、大急ぎで服を脱ぐ。
ところが、ガチャリ、と鍵穴に鍵が差し込まれる音がした。
(鍵持ってんのか!)
ポップの焦りは頂点に達した。よく考えれば、ルーラで逃げれば良いのだが、ポップは慌てすぎて頭が回らない。
(やべえ、間に合わねえ!)
ガチャ、と音がしてドアが開いた。
「ポップ…?何してるんだ」
「よおー、ヒュンケル。会議室が変更になったんで知らせに来てやったぜ」
ポップは、顔だけ出して、ブカブカのヒュンケルのマントをすっぽり被っていた。
「こ、ここ寒いなぁー。待ってる間ちっとマント借りたぜぇ」
ポップは引き攣った笑顔を浮かべた。マントの中は、上半身裸である。なんとかズボンは履いたが、ボタンははまっていない。上衣はマントの中の足元に転がっている。
「ほぅ…」
ヒュンケルは、疑わしげにポップを眺めた。
見ると、部屋を出た時はきちんとたたまれていたはずの自分の衣服が、無造作にソファに投げ出されている。ヒュンケルは人の悪そうな笑みを浮かべた。
「それは悪かったな。確かに冷えるようだ…どれ、温めてやろう」
そう言うと、ポップの後ろに回り、背中から覆い被さってきた。
「なっ…?!何すんだよぉ!」
「何って温めてる。寒いんだろう?」
と頬を寄せてくる。
「ちょちょ、近いって!」
ポップはくるりと回転し、後ずさった。
「遠慮するな」
ニヤニヤしながら近づいてくるヒュンケルの顔は、まるで不死騎団長時代のような極悪さだ。ポップは冷や汗を浮かべた。
(こいつ、まさか気づいてやがるのか?)
何か言い訳はないかと考えるが、半裸で兄弟子のマントを羽織っている状況を説明するうまい言い訳など、ポップの小賢しい頭でも持ち合わせていない。
と、ヒュンケルが意地悪そうに告げた。
「だが、俺もそのマントが必要だ。返してもらいたい」
(なんだってぇ…!)
ヒュンケルにマントを脱がされるのだけは勘弁だ。
(ああもう、面倒臭え!)
ポップは開き直った。
自らマントを剥ぎ取り、言い放った。
「ちょっと暇だったからおめーの服借りてみたんだよ!ちょっとした可愛いいたずら心だ。大目に見ろっての!」
「ほぅ…」
ヒュンケルの表情は変わらない。
「で?」
「で…?」
「どうだった」
「どうだったとは…」
「興奮したか?」
ニヤっとヒュンケルの口端が上がる。
「!」
興奮…した。ほのかな汗の匂いと、ヒュンケルの匂いとが鼻腔を掠めて、まるでヒュンケルに包まれてるみたいで…。
ポップの顔がみるみる赤く染まる。
ヒュンケルは見透かすようにポップの顔を覗き込んできた。
「したよ!しました!わりーかよ!」
ポップはやけくそになって叫んだ。
「いいや…」
ヒュンケルはさらに距離を詰めてくる。
「むしろ歓迎だ」
ポップは後ずさったが、背中にドアがぶち当たった。
ヒュンケルが壁に手を突く。
破壊力のある顔面が眼前にある。その顔にはさっきよりも優しげな笑みが浮かんでいた。
アメジストが迫ってくる。
ポップは観念して目を閉じた。
片手で握りしめていたマントが、ポップの手のひらからこぼれ落ちた。