私の大切なもの「リナリー、誕生日おめでとう」
「何か欲しいものはないかい?今日までの分、いっぱいお祝いしようね」
優しい声と眼差しが私に向けられる。
数年ぶりに会った兄さんは、随分と大人っぽくなった気がする。いや、私がそうさせてしまったのかもしれない。
「私の、欲しいものはーーー」
ゆっくりと口を開く。
ガタンゴトンガタンゴトン。
リナリーは、列車に揺られたまま、静かに目を開ける。いつもの怖い夢でなくてよかった。さっきまで見ていたのは懐かしい記憶だ。恐らく、今日が誕生日だから思い出したのかもしれない。
出発前、「リナリーー!!!誕生日なのにごめんねぇぇ」と兄さんが泣きついてきた。
それほど遠方ではないものの、1週間程度は時間を要する。たまたま誕生日とぶつかっただけだ。「任務だから仕方ないわ」と兄を宥めすかす。
(人手も足りないもの)
後に続けようと思った言葉は胸にとどめた。アレン君も神田もラビも居ない。みんな元気にしているだろうか。任務に行った仲間たちは無事だろうか。身体も充分に癒えぬまま、任務へ、戦場へ、みんなくりだされているのだ。
兄さんだってきっと寝ていない。
ふっと大きな身体に包まれる。兄さんが私を抱きしめていた。安心する。ガーゼが貼られていない方の頬を、兄の肩に埋める。
「行ってらっしゃい、リナリー」「誕生日、欲しいものを考えておいてね」。
ガタンゴトン。車窓からの景色は見知ったものへ移り変わっていた。
(どうしようかな)
夢に見た懐かしい記憶。兄さんと再会して、初めての誕生日。あのときは、そう。そうだった。
私の欲しいもの、大切なものは何ひとつ変わっていない。目を瞑って、世界を思い浮かべる。
教団に戻ると、兄さんが大きく手を広げて待っていた。リナリーは、兄の胸に飛び込む。
「おかえり、リナリー。そして誕生日おめでとう。」
「ただいま、兄さん。ありがとう。」
リナリーは身体を少し離し、顔を上げる。
「ねぇ、兄さん、誕生日なんだけどね」
「うん、なんだい?」
「…忙しいと思うから、無理にとは言わないわ。半日、数時間でもいいから、今日は一緒に居て欲しい。眠かったらお昼寝でもいいわ。」
目があった兄は、一瞬驚いた顔をしたが、「リナリーらしいね。それだと僕がもらってしまうみたいだけどいいのかい?」と目を細めた。
「それがいいの」。
私の欲しいものは兄さんとの時間。大切なのは兄さん。今日は一緒に居てほしい。
数年前の誕生日、確かにこう言った。
誕生日を迎えたというのに、子どもっぽいかしら。でもいつだって大切なものは変わらない。
「じゃあ、まずは一緒にケーキを食べよう。ジェリーにお願いしていたんだ。コーヒーは、リナリーの方が上手だけど、たまには僕が淹れてもいいかい?」
兄さんが笑いながら頭を撫でる。
「うん!」
チョコレートケーキと、いつもよりやや渋いコーヒーを囲みながら、兄妹は柔らかな表情でソファに座っていた。