泳ぐ夜目が合ったのは、手中のホカホカの鯛焼き。
某有名鯛焼きの歌をご存知だろうか。
作り手のオッサンと喧嘩して海に飛び込む向こう見ずな焼き菓子野朗の歌である。
あの歌、オチが意外と切ない。空腹で釣り針に食いついて哀れにも釣り人のオッサンに食われてしまうのだ。
中学在学中在籍していた合唱部で初めてその事実を知り、まず思ったのは『オッサン登場率高いな』と、『結局喰われてまうの、可哀想やな』だった。
純真なのかシュールなのかは自分でも判断がつかないので放っておいて欲しい。
今、僕はあんこ味の鯛焼きを手にしてそんな事を思い出してしまった。
何となく食べにくくなるのが人情というものではないだろうか。
バイト先のファミレスは珍しく客がおらず、エアコンが良い仕事をした結果、身体はキンキンに冷え切った。
生憎この後待ち合わせがあり、『もうすぐ着くヨン』というふざけたライン通知も既読を付けてしまった。
何がしかの回復を試みたい。ついでに疲れた身体に糖分も入れたい気がする。目に入ったのは季節外れの鯛焼き。重畳重畳大喝采や。
そして、目が合った。鯛焼きと。
そんな顔で僕を見るな。
実のところ、お前の気持ちもわからんでもない。
僕にも、鯛焼き屋のオッサンとか、いじめてくるサメとか、釣り人のオッサンとか、似たような奴がおるよ。
まあ、全部同じ人間やけど。
僕もお前と同じ、食べられる側や。
多分この後、そういうの全部足して割らない輩においしくいただかれる予定が確定してる。
ああ、見てみ、鯛焼き。
向こうから歩いてくる男。
背が高くて、圧が強くて、真夜中みたいな背広を着てる。
こっちに気付いて大型犬と狼の合いの子みたいな顔して笑って手をヒラヒラさせてる。
あれが、獲物を見つけて嬉しそうな僕だけの捕食者。
腹の奥の奥に、ジンジンとした熱が生まれた気がした。
……誰が喜んで喰われに行ってる、やと。
うるさい、そんな顔で僕を見るな。
少し冷めてしまったそいつを三口で飲み込んで、包み紙を丸めてリュックの奥に放り込んだ。