名前を呼ぶ日(言霊) 名前には言霊が宿っているのよと祖母に言われたことがある。だからみだりに名前を呼ばせてはならないし、伸元も呼んではいけない。沖縄の風習を受け継ぐそんな祖母の言葉に、幼かった俺は少し恐ろしさを感じて、しばらくの間友だちの名前を呼べなかった。俺が死んじゃえって言ったら目の前の友だちは死ぬと思っていたし、そんなふうに恐れていたから、初めてのガールフレンドにつまらないから嫌いって言われた時はどうしていいかわからなくなった。でもまぁ、それでもどうにか来ている。
言霊信仰は廃れてしまったが、かつてこの国は言霊の幸ふ国だった。シビュラシステムが歴史を閉じ込めてしまってからは、そんなことを知る者も少ないが。けれど俺は時折祖母の言葉を思い出しては、狡噛が一人任務に赴く日、「無事に帰って来いよ」と言葉を送ることにしていた。そうしたらきっと、彼が無事に俺の元にも取って来てくれるような気がして。
「ギノはよく喋るようになったな。今までなら飲み込んでたろうに、心境の変化でも?」
ベッドで寝転びながら明日の用意をする狡噛を見つめていると、彼はそんなことを言った。俺は最初何を指しているのか分からず、最中の言葉が面倒だったかと思ったが、俺が明日任務に出かける彼に、どうか無事に帰ってきてくれと何度もねだったからだと最後には気づいた。でもセックスの最中にそんなことをねだるなんて、少しばかり恥ずかしい。
「歳をとったんだよ。言わなきゃ分からないってわけじゃないが、言わなきゃ変わらないこともある」
俺がそう言うと、狡噛は解いた髪を撫で、丁寧に額にキスをしていった。そして彼は言う。大丈夫、戻って来ると、お前の元に必ず戻ってくると。今までもそうだったように必ずお前の元に戻ってくると。
それが彼の言霊だと気づいたのは、キスが深くなってゆく時のことだった。俺はそんなことを思いながら、彼が帰ってきたらとびきりに愛してやろうと、そんなことばかり考えて、「待ってる」と答えたのだった。