わかっていると君は言う(大丈夫、じゃない) ギノは物分かりがいい。俺が何も告げずに数日消えても、全て任務だと思って一言も聞こうとしない。ギノは物分かりがいい。俺が口元を赤い口紅で汚しても、ため息をついて飛行機の備品のクレンジングで洗ってくれる。ギノは物分かりがいい。俺が誰かの香水の匂いを移しても、そのまま抱かれてくれる。けれど俺は寂しくなる時がある。そんなに何もかもを誰かに捧げてしまって、お前は本当に幸せなのかと。
「ん……狡噛、まだ朝早いぞ」
「急に任務が入ってな。そろそろ出なきゃならないんだ」
母との面会を詮索されたくなくて、俺はそんな嘘をついた。母は先日から出島にやって来ていて、俺が取ったホテルで暮らしている。仕事を始める前に会っておきたかった。ただそれだけのことなのに、俺は彼に言えないでいる。
俺は何もかも失ったようで、彼ほどは悲しみを味合わなかった。もとよりいない父はともかく、母は強い人で息子が潜在犯堕ちしても、海外に逃亡しても、外務省に籍を移しても動揺は見せなかった。その度に厚生省から取り調べを受けてもだ。母とこうやって会うのは二日目だ。昨日は赤い口紅を散らされて大変だったし、出島で評判だという香水を移される羽目になった。それだけ聞けば女との密会もいいところなのに、ギノは大丈夫、分かっていると言って聞かないのだった。全部分かっているから、答えなくていいと。
俺はそんな彼に何も言えなかった。でも、このまま進んでいい訳がない。だから耳元で「嘘だよ、母さんと会ってくる」とささやく。するとギノは驚いた顔をして、今までの不自然だったこと全てを思い出して、俺に向き合う。
「狡噛、もしかして、昨日の……」
「全部母さんのだよ。お前に会わせるのはくすぐったくってさ。なぁ、時間を作ってお前も会いにくるか? 何度か会ったことがあるだろう。懐かしがる」
「大切な息子を潜在犯堕ちさせた男の顔なんて見たくないに決まってる」
ギノはわざとそんなことを言う。物分かりがいいくせに、こんな時に不機嫌になってしまうんだから可愛らしい。耳たぶが赤くなっているの、気付いているのか?
「ほら、ゆっくり用意して……」
耳たぶに口付け、俺はギノの腰をさする。そして結局は不安がっていた恋人に、何度も愛している愛しているとつぶやくのだった。