灰色の時間(あなたがいるということ) 恋をすれば世界がばら色になるなんて嘘だ。だって私は長いこと恋をしているというのに、今も灰色の時間の中にいるし、それがいつか花が開くように美しいものになるという保証はない。きっと私の世界は灰色のままだ。もし色がついたとして、王陵璃華子が描いた極彩色の絵がいいところだ。
私はまだあの犯罪者に囚われていて、もういい大人なのに怖くて泣きながら目覚める時がある。そんな時誰かがそばにいてくれたらと思うのだけれど、恋をした人は近くにいてくれない。想いを伝えてもいないのだから当たり前なのだけれど、それでも私はあの人に、常守朱に側にいて欲しかった。言葉にしないでも、心細い時はそばにいて欲しかった。私は幼馴染すら見捨てた女だから、あの人は相手をしてくれないかもしれない。でも犯罪者を対等な人間として扱うあの人なら、私のこの灰色の世界を、ばら色にしてくれるかもしれないと思った。
常守朱が事件を起こし収監された時、両親は私の仕事を悪く言った。早く家の都合した相手と一緒になれとも言った。そちらが本当に言いたいことだったのかもしれないけれど、あんな犯罪者と共に働いていたなんて外聞が悪いと喚き立てたのだ。私はデバイスで連絡を受けながら、ただ「はい」を繰り返していた。そしてそれにも飽きると消してしまって、朝が来るのを待った。デバイスは鳴り続けた。けれど、そのどれもが私が欲しかったものではなかった。
先輩が帰ってきたのは春のことだった。ホロではない桜が美しい季節のことだ。私の時間はまだ灰色で、けれど先輩の配属先が私の元と聞いて胸が苦しかった。また気持ちを隠して生きていかなきゃいけないって思うと、とても苦しかった。
「美佳ちゃん、ただいま」
先輩の一言目の言葉に、私は何も言えなかった。世界はばら色じゃなかった。それでもほのかに色づいた。薄化粧をした世界は、まるで死化粧のようで、私は最期に見るならこの人の笑顔がいいと、そんなふうに思ったのだった。