恋敵 行動課の仕事が激務だということは分かっていた。大型機の操縦訓練の日まで設けられているくらいだから、仕事が入っていない日は鍛錬の日とされている。ボクシング、プール、ランニング、ありとあらゆるトレーニングのための機械が行動課にはあり、俺たちはそれを少ない人数で回していた。そして今日の俺のメニューはティルトローターの操縦訓練だった。もちろんあの空を飛ぶ船を動かすわけではない。操縦桿を握りこそすれ空は飛ばない。全てドローンパイロットのように小さなコックピットに入って行われる。今日それをするのは俺の番で、昨日は須郷だった。須郷は元ドローンパイロットということもあり操縦が上手く、今は俺の倍先を行っている。そのためには距離を少しでも縮めねばならない。今日でそれが上手くいくかは謎だが、するしかないのは確かだった。
「あら、ため息? 珍しいわね」
「俺だってため息ぐらいつくし苦手なものもあるんだ」
そう言って俺はコックピットに入った。そこに入れば、俺はもう一人のパイロットだった。
「お疲れ様でした。今日はずいぶん調子が良かったんですね。スコアも最高ですよ。このままじゃ俺も追い越されちゃいますね」
ビルの間を飛び、銃弾の雨の中を通り抜けて護送対象を公安局ビルまで送るという仮想ミッションをこなした俺は、須郷に褒められて喜びながらもどっと疲れていた。このままじゃあ帰っても飯を食ってシャワーを浴びれば一日が終わってしまう。それは考えただけでうら寂しいことなのだが、仕事なのだから仕方がなかった。これは俺が選んだことなのだし。
でも、たまにこれが俺の恋敵なのでは、と思うことがある。狡噛と付き合い始めてもう二十年近く経ち、二人を遮るものなんて何もなかったが、その時々で障害となったのはいつだって仕事だった。そう、俺たちの恋敵は仕事だったのだ。そう思うと操縦桿を投げ付けたい気分だった。
それでもデバイスにコールが入って、それが狡噛のものだと知れると、俺はすぐに駆けつけたくなってしまう。今回のスコアを褒める花城の元を飛び出してしまいたくなる。あぁ、早く終わってくれ。今日くらいは勘弁してくれ。恋敵よ今日くらいは俺に狡噛をくれやしないか。俺はそんなことを思って狡噛の誘いにイエスと返した。